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起きると耳元に怖いおじさんが出現した朝のこと
わたしが小学生のころ、世の中には変態というものがうようよおりました。いやもちろん今だって絶滅してはいませんが、あの当時はもっと堂々と存在していたように思います。
自動販売機と壁の間に全裸ではさまっているおじさんがいたり、わざと道端にいかがわしい本を捨てて子どもの反応を見つめているおじさんがいたり、わざわざ家に電話してきて下着の色を尋ねるおじさんがいたり、子どもながらに「また変な人がいる…」と思っていたものです。
変なおばさんもいたはずですが、わたしが発見した変態は、なぜかみんなおじさんでした。
いま娘たちがそんなものに遭遇したら、もちろん即通報&つきっきりで送迎スタイルに切り替えますが、あの頃は春の風物詩のように感じておりました。
そんな懐かしい変態節を、先日わたくし、いきなり枕元で聞いたわけです。
目が覚めたら、突然左の耳から「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」と荒い息遣いがするんですよ。かつて電話のむこうから聞こえた、なんとも不快なあの息遣いです。
何事?!と飛び起きようにも、体がなんだか動かない。金縛り?!と思いつつ、目だけで娘を探すとすやすや寝ている。そして私の左側には誰もいない。
じゃあ、この、はぁはぁ言ってるのは誰なの?今もずっと絶え間なく聞こえる、この息は誰の息なのよ?
おば…け…?
いえ、違うんですよ。
もっと恐ろしいものだったんですよ。
こたえは
わたし。
わたしだったんですよ。
なんだか不調が続いていたわたし、耳管という耳の管(そのままやん)が何かの拍子に開いてしまって、閉じなくなっちゃったらしいんです。
すると恐ろしいことに、自分の呼吸音が最大音量でひたすら切れ目なく聞こえる、という地獄にひきずりこまれるらしいんです。
よくよく聞くと、なんだか心臓の鼓動みたいなものも聞こえます。要は体の中の動きが、いつもは気にもしていない音たちが、ぜんぶつながっちゃって聞こえちゃう、ということみたいです。
(症状は様々らしいですが)
「耳におじさんがいる」
そんなこと言われても……と、さすがのGoogle先生もお答えになりませんでしたが、
「耳から息の音がする」
と尋ねなおしたらば、便利ですねぇほんと。耳管開放症というのが検索できまして、ほっとした……わけないですよ、めちゃくちゃショックでしたよ。
この気持ち悪い、はぁはぁ言ってるの、わたしかーーーい!!!!
起き上がれなかったのは、平衡感覚がちょっと狂っていたから、のようで、落ち着いてゆっくり動けば立ち上がることはできました。
そして主人を起こして泣きながら伝えました。
「なんかわたしの息が、おじさんで、それが耳からするの……」
「……よくわからんけど、耳鼻科いっておいで……」
まぁもっともな返答なんですが、絶望しました。だっていま、朝の5時。耳鼻科あいてません。
この会話のあいだもずっーと耳元でわたしが囁くわけです。興奮した息遣いで。いやほんとに怖いんですよ。止めたいけど、息止まったら死にますから、聞き続けるしかないんですよ。
あぁ狂うってこういう感じなのかも、と思いました。いつも見ている世界、聞いている世界が、とつぜん崩れていく。
たったひとつ、左耳がちょっと不調なだけでこのストレス。首を切り離されても跳んだモロや、片腕落ちても笑うシャンクスと凡人の差をひしひしと感じます。
そして、変態、だなんて、あのおじさんたちを切り離してきたけれど、わたしだって息遣いは変わらないんだな、まぁ人間だもんな、となんだか愉快な気持ちになったりもしました。
長々と書きましたけれど、お伝えしたいことは。
もしも朝起きて、姿のない変態が耳元にいたら、すみやかに耳鼻科を受診いたしましょうということです。落ちこまなくてよいのです。
そして耳鼻科の先生がた、耳管開放症を発見してくださった研究者の方々、心から心からお礼申し上げます。おかげさまで、もう元気です。
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