休みなき「母親」に、すこしくたびれたときのあれこれ

母親になって驚いたことのひとつが、「母親じゃない時間」が一切存在しない、ということであった。

もちろん夫が娘たちと外出してくれたり、家事を外注したりで、ひとり時間を確保することはできる。昔からの友達に会えば母親以外の顔に戻れるし、好きな本や映画に没頭することもできる。
けれど、そういうことじゃないのだ。
束の間の自由を得ても、結局は「そろそろフッ素の予約しないと」「夏の制服の丈みなくちゃ」「コンクールの申込したっけ」「上履き洗っとくか」「きっとランチは小麦系だから夜はごはんかな」「漢字テストのリマインドしとこ」とか、ずっーーーと思考が母親のままなんである。

つまり、母親というのは一度なったら片道切符、家族から完全に解き放たれることはないし、私の代わりにそのすべてを引き受けてくれる存在はない、という当たり前の事実に、私は愕然としたんである。
娘たちの母親は私しかいないのだ。当然ながら。

嫌だ、という気持ちとはちがう。
うんざり…は時々あれど、捨てたい役割ではない。
なんというか、社運をかけた大型案件を覚悟もなく担ってしまった感覚に近い。
要するに、時々ひよるのだ。

だって私には、どうしようもなく何もかもめんどくさくなる時がある。
いや、時がある、というのはうそだ。おおむねいつも、そうである。
できることならばベッドに寝転んだまま、次女のぷっくりしたすべすべのほっぺをなでていたい。とりたてて熱心に読むでもなく、アプリでマンガをダラダラながめていたい。
需要がなくて残念ながら成立しないけれど、ネコとして飼われたい。自己実現とかゼロでいい。

それでもまぁ私はお母さんですので、ちゃんと5時にむくりと起きあがって顔を洗い、家族の食事をあれこれつくりながら、夫と娘たちをひっぱり起こして朝をむかえさせ、お弁当をもたせて忘れ物のないよう送り出すんである。

洗濯機だって毎日回すし、掃除機だって毎日かけるし、何度言っても水はねをだーれも拭かない洗面所の鏡をキュキュッと拭きあげるんである。

のびきった帽子のゴムをつけかえたり、階段の手すりについた謎のネバネバ汚れをとったり、足が生え揃ってきたオタマジャクシの水をとりかえたり、排水溝にからんだ髪の毛を取ったりするんである。

そうして、やらねばならぬことをなんだかんだ終えると、なんと次女がもう幼稚園から帰ってくるのだ。そしてピアノを弾いてヴァイオリンを弾いて、本でも読んだら、今度は重いランドセルを背負った長女を迎えにいかねばならぬ。
おやつをつくると、もうお風呂。宿題をみて夕飯をたべさせ、また楽器のお稽古につきあったら、もはや夫と話す間もなく寝る時間なのである。ママ聞いて、ママ見て、を一日三千回くらいくりかえした娘たちは、すやすや夢の世界へと旅立つ。

せわしない日々の中で、私は不安になる。

この暮らし、続けていけるんだろうか。
毎日ぎりぎりで気づいたら夕暮れ、こんなので、夫は、娘たちは、しあわせを感じてくれているだろうか。
食っちゃ寝大好きな私が、あと何十年もがんばれるんだろうか。

何もかも放り投げて、夫にも娘にも責任をもたず、南の島で裸のまま踊り呆けて、浜辺で星空をみあげて眠りにつきたい。
そんなことを夢想する私が、母親になって果たしてよかったんだろうか。

……とまぁ、こうしてくたびれたとき、どうすればいいんだろう。
深刻にしんどいわけでもなく、明確な不満があるわけでもない、そんな日々の澱をどうやって解消して、みなさん母親をつづけていけるのか。

そんなことを、美容院で私の髪の毛が床を黒くふさいでいく間、つらつら考えていたのだけれど。

まぁ、どうもしない。
というか、どうもできない。
という結論に至った。

オタクの私には、気晴らしは山ほど思いつくけれど、どれも解決策にはならない。
たとえ南の島に逃亡したとて、裸踊りをしたとて、私はこの先もひたすら母親なのだから。
たまには解き放たれたいと願いながらも、どうせ家族を忘れることはできないのだから。

折り合いをつけて、ずっーと母親をやっていくしかないんだろう。
それはおそろしくも、誇らしいことである。
社運をかけた大型案件とおなじだ。私に任された、私にしかできないプロジェクトなのだ。

そしてすこし救われるのは、私の母もまだそのプロジェクトを遂行中であり、なんだかんだ幸せそうだということである。

私は母より、かなり、かなり、かなり未熟な母親なのだけれど、願わくば娘たちがもしも母親になったとき、そしてくたびれたときには「まぁでもママもなんか文句いいつつ楽しそうだったしな」と、ひとかけらの元気をおすそわけできますように。

こんなことを書いていたら、おやつまだぁ?と次女の声がする。あぁ、めんどくさい。めんどくさいけれど、娘たちの大好きなキウイスムージーを、バカでかい音のジューサーでつくろうか。夫にはコーヒーでもいれてあげよう。
雨降りの日曜の午後は、ばたばたとすぎていく。

※はじめて、みんなのフォトギャラリーを使わせていただきました。クリエイターのyukiさん、可愛い作品をありがとうございます。


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