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【イギリス留学体験記】「やまとことば」としてのイギリス英語。

 ロンドンの街を歩いていると、イギリス英語の独特な表現に心をくすぐられる瞬間が何度もある。

 同じ物事を表すにも、イギリス人はあえてアメリカ英語とは微妙に異なった表現を用いてアイデンティティを確保するのである。

 例えば地下鉄を指すのに、アメリカではファストフード店の名前にもなっている「SUBWAY」を用いるが、イギリスでは「UNDERGROUND」。聞いただけでは一体何のことかわからず、何か密売でもしている場所なのだろうかと怪しみたくなるような名前だ。エレベーターも、アメリカではその名の通り「ELEVATOR(持ち上げるもの)」だが、イギリスでは「LIFT」。「出口」は米語では「EXIT」、英語では「WAY OUT」。挙げていけばきりがないが、どれにおいてもイギリス人の表現がフィットするような気がするのはどうしてだろう。

 
 一つ言えるのは、イギリス英語には、日常での具体的な実感を伴う多義語を組み合わせた表現が多いということだ。

 渡部昇一先生の言葉を借りれば、「やまとことば」を用いているのだ。その結果、生み出された表現は常に生活のリアルな実感を伴って相手の胸に迫る。「新鮮な魚」は「FRESH(新鮮な) FISH」ではなく、「WET(濡れた) FISH」なのだ。それは単に「ストレートな表現」を指しているのではない。単刀直入さで言ったらアメリカ人の方が得意だ。アメリカ英語はある事物とそれを指す言葉を、一対一対応でダイレクトに結びつける。

 「ELEVATOR」と言ったら、あの四角い箱の形をした機械のことだ。「DRUGSTORE」と言ったら薬屋だ、ところが英語では「LIFT」と言い、「CHEMIST」と言う。どちらも多義語であり、意味に深みと広がりがある。一つ一つの単語が長い英国の歴史の中で辿ってきた、確かな歩みを感じさせる。

 
 もちろん例外はいくらでもある。イギリス英語にも、大和言葉と呼べる表現もあれば、外国から受容してきた日本でいう漢語に当たる表現もある。ところがアメリカ英語と比べてみると、やはりイギリス人の表現の方が「根が深い」ように感じられるのだ。

 
 街の中には英語ばかりではない、日本語もかなり頻繁に目撃できる。

 日本食のファストフード店はかなり人気のようで、「WASABI」や「WAGAMAMA」と言った、日本人が見たら「ん?」と一瞬立ち止まりたくなるようなチョイスの単語がスタイリッシュに看板を飾っている。

 イギリス人がどういうチョイスで単語を選んでいるのかはわからないが、アサヒの「SUPERDRY」が「極度乾燥(しなさい)」と和訳されて高級アパレルブランドになっているくらいだから、彼らのセンスにはなかなか理解し難いものがある。


 言語には不思議が尽きない。外国人がいかに多くの表現を学んでも、ネイティブ特有の「肌感覚」に近い言語センスを身につけるには、一生かかるのかもしれない。
 

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