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「経済神経力学(EconoNeuroDynamics)」という学問の可能性について

よく経済は「社会の血液」であるというアナロジーが用いられるが、実際には「社会の神経」であると言った方が自然だ。なぜなら、2008年のリーマンショックのような「ブラック・スワン」現象は血液に関しては起こらず、ニューロンの雪崩のようなバーストによる「てんかん症状」と本質を共有しているからだ。経済主体同士の驚くほど緊密な相互交流と情報伝達、ネットワークのスモールワールド性などにおいても、血液循環系よりも神経系の方が「マネーの動き」を表すための適切なアナロジーだと言えるだろう。

脳科学と神経力学の交差する分野として、「ニューロエコノミクス」(神経経済学)という分野がある。ところがこの分野は、現時点では脳科学の知見を生かして人間の経済行動の性質を研究しようとする行動経済学の一分野に過ぎない。

「経済神経力学(EconoNeuroDynamics)」は、「神経力学」(ニューロダイナミクス)と「経済」の融合分野であり、我々のマクロ経済システムそのものを、多様な経済ミクロ主体=「経済ニューロン」の結合体たる「経済脳システム(Economic Cerebral System)」として扱う点で、従来の「ニューロエコノミクス」(神経経済学)と異なる。

「経済脳システム」の特徴は、ジェルジ・ブザーキによる「脳のリズム」で詳述される我々の脳のシステムと本質を共有する。
その本質とは、絶え間ない「興奮系」と「抑制系」ニューロンの非線形相互作用によって恒常的な自己組織臨界状態を実現し、それによって外界からのノイズに対して常に柔軟に「予測可能」な振動状態を創造する役目を果たしている、というものだ。

ピンクノイズの準安定状態から、高度に予測可能な振動状態に速やかに移行する能力こそ、脳の皮質のダイナミクスの最も重要な特徴である。

ジェルジ・ブザーキ「脳のリズム」

この研究は、インターネットによる情報伝達の高速化によって金融経済が今後どのような方向に向かうかを予言する力を持つことになるだろう。なぜなら、そのような情報伝達の高速化は、大脳の成長に伴う神経情報伝達のレイテンシの克服などの知見と関連してくるからだ。レイテンシが縮減するほど、脳内のリズムの同期は効率化する一方で、厄介な問題も生じてくる。このような脳科学の知見は、急速に相互連携を緊密化する経済において破滅的な結果を避けるための知恵を提供するだろう。

「経済神経力学」はFXをハックするか?

もし「経済神経力学」によって、外界(金融経済を取り巻く様々な外的要因)の刺激に対して「経済脳」がどのように反応するかについての理論的解明が進めば、精密なコンピュータ・シミュレーションによってFXやビットコインをはじめとした金融価格変動から常に一定の利益を生み出す「ハッキング」は可能になるのであろうか。

この興奮系と抑制系の複雑なメカニズムについて、未だコンピュータで精巧に再現することはできていない。複雑なニューロンの挙動を微分方程式やカオス写像によって模倣する努力はなされているが、多くの場合それは「バースト」か「沈黙」の二極反応を示し、それが現実世界で実際に観測されるような「予測可能」と「予測不可能」の間を行ったり来たりするような「いい塩梅」のカオスを示すことは珍しい。

何らかのノイズを外から供給されることなしに真に自発的なパターンを生み出すことはない。(中略)イジケヴィッチの大きなモデルでは、システムを雪崩のような活動パターンから不規則なパターンに移行させるには、ノイズの強度を5倍にする必要があった。しかしその際の最も深刻な問題は、全ての活動電位の10%が、外から与えられたノイズに反応して起こったということだ。

ジェルジ・ブザーキ「脳のリズム」

これはここ数日にかけて筆者が行った、Rulkov mapを用いた様々なノイズに対する単一ニューロンの挙動の観察実験を通しても実感することが可能であった。この状況を打開するには、単一ニューロンだけでなく、興奮系ニューロンと介在系ニューロンによる抑制の相互作用をもう一段精巧に織り込んだコンピュータ・モデルが必要になると推測される。

おまけ:宇宙の本質とは「ノイズ」である

もし現代脳科学のこのような知見を生かしてカントを現代的に解釈するとすれば、以下のような考察が可能になるだろう。

カントの「物自体」とはすなわち「ノイズ」である。私たちの脳は、この宇宙に遍満するノイズを純粋なノイズとして把握するのではなく、そのノイズに対して柔軟に対応できるように生物学的な進化を経て形成された。その結果として、私たちは「ノイズ」を「時間・空間」というアプリオリな感性形式に落とし込んで理解し、その上に同一性・差異性や原因・結果などの認識カテゴリーを置くことで論理的な思考を行うようになった。

しかし私たちは本質的に、世界の本質がノイズであることを知っている。拡散モデルに基づく生成AIが、単なるノイズから私たちの思い描きうるあらゆる画像を生成できること自体が、私たちの「美的感覚」というものが、対象そのものの持つ内在的性質というよりも、ノイズを処理する主体の側の処理機構にその本質を持つものであることを明らかにしている。

しかし私はこの主張を行うことで、唯物論・唯脳論の提唱者になろうとしているのでは毛頭ない。むしろ、カントが行ったような形で、理性そのものの限界を規定することによって、私たちの脳が知り得ない=処理し得ない現実の在り方というものの広大さというものが暴かれるように感じている。脳科学が解き明かすのは、我々がいかに現実の宇宙を「擬人化」しているかであり、それが必然的に醸成するのは、この宇宙の「本当の姿」がいかに奇妙奇天烈なものであっても驚かない心的態度である。

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