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【読書メモ】『運転者』(喜多川 泰)

先日、本を読みました。

喜多川泰さんの『運転者』

Amazonの商品ページに書かれている紹介文を以下に引用します。

報われない努力なんてない!
累計80万部 喜多川泰、渾身の感動作!
「……なんで俺ばっかりこんな目に合うんだよ」
思わず独り言を言った、そのときだ。
ふと目の前に、タクシーが近づいてくるのに気づいた。
***
運が劇的に変わる時、場というのが、人生にはあります。あなたにも。
運はいいか悪いで表現するものじゃないんですよ。
使う・貯めるで表現するものなんです。
先に貯めるがあって、ある程度貯まったら使うができる。
運は後払いです。何もしていないのにいいことが起こったりしないんです。
周囲から運がいいと思われている人は、貯まったから使っただけです。―――本文より

「やればできる」とか、「努力は必ず報われる」という言葉が苦手です。例外だってたくさんあるじゃない。50人が定員の試験に対して、100人が努力したら、50人は報われない努力をしていることになる。

いや、頭では分かっている。努力の過程に意味があるんだって。それを通して成長することができる。

でも、努力して、努力して、それでもダメだったときには、そんな言葉を受け入れる余裕なんてない。実質的な自分の立ち位置は変わってないんだもの。

だから、次の言葉にハッとした。

誰かの努力、ひたむきな姿勢は、他の人に幸せをもたらす力があるということです。

喜多川泰『運転者』

努力している姿は人の心に火をつける。「がんばれ」って言われるよりも、ひたむきな姿勢を見せられる方が「自分もがんばろう」と思える。自分のためになっていると感じられなくても、他人の幸せのためになっている。

努力はすぐには報われないかもしれないけど、ずっと先の他の誰かの幸せにつながっているのか。

努力を通して幸せを授受すると考えたとき、どうしても前職のことが頭をよぎる。私は教員という仕事が好きだった。子どもたちと一緒に歩を進めることができる。

教員と生徒、という立場も大事。だけど、それと同時に一人一人が自分の課題と向き合う姿を見せ合えることも大事。

あの子たちがいるから頑張れた、と思えた。
そして、あの学級担任、教科担任だから頑張れた、と思ってもらえるといいな。

生徒たちの願いをすべて叶えられる教員ではなかった。私が目指した姿を自分で獲得できたわけでもなかった。

だけど、そこには確かに数年の歳月と、立派に学校を巣立った生徒たちの姿があった。

学校で過ごした時間があって、例えばそこでは夢が叶わなかったとしても、その経験を活かして、あの子たちが次の世代に繋いでくれたらいいなと願うのです。

僕たちの人生は延々と続く物語の一部だという話をしました(中略)
あなたがその物語に登場した時よりも、少しでもたくさんの恩恵を残して物語を去る。

喜多川泰『運転者』

そっか。誰かと関わり、幸せを与える機会が得られるという意味では、無数の可能性を持つ子どもたちと関われる教員という仕事は、本当にすばらしい仕事だった。

だけど、その仕事から離れるという決断をしたのは事実。だから、今いる場所で少しでも恩恵を残せるようにしたい。

noteもその視点で書けるようになればいいなと思う。今は好きなように書いているけれど、いつか誰かにとってのプラスになる文章を書けるようになりたいな。

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