小説妄想 空港編3

「椎いぃぃ!また私変なことしちゃったよぉぉ!」
「大丈夫、大丈夫。なんにもゆずちゃん悪いことしてなかったわよ」
 服の裾を
「ゆずちゃん言うなぁ…」
 柚はどうにかこうにか保安検査を乗り越えたものの、思うように行かなかった柚は椎名に泣きついていた。
 椎名はといえば、柚よりも1つ先に保安検査を終えじっと柚の様子を見守っていた。
 「担当の人、優しい人で良かったわねぇ」
「…うん」
 というのも保安検査員が優秀だったおかげでちょっとしたトラブルがあっても滞りなく終えることが出来た。そしてその事を、柚もよく理解している。
「係の人に感謝しないとね」
「うん」
 柚と椎名は、保安検査員達が知るか知らぬか、ともかく彼らに向けてペコリと頭を下げてから搭乗口近くへのベンチへ向かった。


「うあ」
 思わず声が漏れるような柚の声。
 久しぶりに感じる離陸前の強い振動。忘れていたのではなく、むしろ覚悟まで決めていた。それでもこの振動と、これから自分たちはしばらくは帰って来られない上空に向けて離陸するという事実は少なからず柚の身体を竦ませた。
「――んっ、」
 轟音の中で突然やってくる浮遊感。お腹の真ん中のところがくっと浮いてお腹がひんやりするような感覚。ちょっと怖いけどいつか嫌いじゃなくなるのかもしれない。
 今は夜9時。飛行機はいまだ轟音で唸りながらぐんぐんと高度を上げていく。
 椎名は柚のために窓側の席を取ってくれた。暗闇の中、夜空のように増えていく光の点達はそのまま柚の目に焼き付いた。

新千歳→羽田で見える海沿いの苫小牧市街地

「…すごく綺麗」
 地上に伸びる道路。それに沿って並ぶ街灯達。走っている車が小さすぎて、感じたこともない距離感に少し戸惑ってしまう。
 今度は大きな星団と海との境界が見えてきた。飛行機が海へと出てしまう前に、柚は急いで機内モードにしたスマホで地図アプリを開いた。機内モードでも地図は粗いながらも表示されてくれた。目の前の光と地図の地形を見比べて、柚は自分が見ている地点を探し出すことができた。
 街がこんなに小さいなんて。海がこんなに大きいなんて。
 知っていたけど、知らなかった。自分でも何といえばいいのか分からない、気体のように掴みどころがないけれど、胸の内側からじわじわと染み出てくるような激しい感動を柚は感じていた。
 飛行機が海へ出ると、景色が黒一色になった。ポーンと音が鳴って、シートベルトを外しても良いというようなアナウンスが鳴った。
「柚ちゃん、どうだった? 離陸の時」
 椎名は背もたれを少し後ろに倒し、ゆったりとした姿勢。柚も真似して後ろに座っている人に気を付けながらゆっくり背もたれを倒した。
「…すごかった! もう飛んだと思ったらどんどん高くなって! ほんとに街の光が綺麗だったの!」
「ならよかった~。でも今日の天気はくもりだから、もうしばらくは飛行機は雲の上なの。」
「じゃあずっとしばらく景色は真っ暗なんだ」
「また東京に近づいて、高度が下がるまではしばらくね」
 周りには寝ようとしている人が何人かいたので、柚と椎名は顔を近づけて、小声のひそひそ話。

 2人は1万メートル以上の上空で星々に見守られ、夜空は2人の出発を祝福していた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?