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「自分に責任がある」ってのは「自分に問題がある」って意味じゃない

昨日、ZOOM英会話タロットの〆で出たカード

Completion - Mystical Shaman Oracle Cardより

自然の営み、人の営み、すべてに
「始まり」「経過」「終わり」があります。

このカードはその一瞬、一瞬を満たすように、というメッセージを含む。これって易の「時に中(あた)れ」って教えに通ずるなぁ!

時を見定めよ。流れを追うのでも乗るのでもなく、「中(あた)る」のだ。時流ではなく、時中。一瞬一瞬の「今」を見極めて、その「今」にふさわしい自分でいること。

常にHAPPYラッキーうふふふふー♡でいる必要はない。というか、それは自然の法則から外れる。自然の法則から外れると何が起こるかって、「禍い」が起こる。

冬には冬の過ごし方、夏には夏の過ごし方がある。どっちがアカンとか、どっちかをなくそうとすることは、ただただ状況を悪化させる。

時流に乗るものは時流に滅ぶ~「流れに乗ろう!」は滅びの言葉(笑)~

そんでもってこれは《満月祭》でお伝えしたメッセージにも重なるのです。

易や古典的な「叡智」を絡めた満月のトキ読み&1年の振り返りポイント(ワークシート付)ですぞ(^_-)-☆

そしてこのカードは、「あなたはresponsibleである」と言う。日本語にすると「あなたには責任がある」になって、ちょっとニュアンスが違う。

私たちは基本「責任がある」ことを「問題の原因がある」と読み違えるから。違うよ、責任は責任であって、問題ではない。

responsibleは、response(応答)+able(~する能力がある)ってこと。あなたには、自分自身に問題に応える(解決する)能力がある。責任を自分の手に取り戻そう。それはパワフルなチカラなんだから。

ただし、相手の行動(感情)の責任は相手にあるってことも忘れずに。自分の力を手放さないのと同時に、他人の力を奪わないことも心に留めておこう。

そして「問題はその問題自体が、解決策を必要としている問題」なんであって、「その人(わたしやあなた自身)の性格や人格、存在が問題」なんじゃないってこと。これは、絶対に剥がして考えておかないと、キツイ。

私は何度かたずけてもぐちゃぐちゃになるリビングのテーブルにむちゃんこ腹が立つわけなんだが、それは「リビングのテーブルの上がぐちゃぐちゃであること」が問題なわけであって、主人や息子の性格や態度が責め立てるべき問題なんじゃないってこと。

これは、なかなか、受け入れにくい考え方でもある(笑)
だって、腹立つもん。(笑)

でも、「お前らのせいだ!!」と相手自身を問題にするんじゃなくて、「テーブルを綺麗な状態でキープしたいんだ!!」と伝えることができれば、それは相手と敵対することなく、協働で解決できるテーマになる。

この違いは、大きい。

ありとあらゆる対立は、もしかしたら、「問題と責任」の捉え方さえ変えれば解決するのかもしれない。自分の思い描く解決策とは違う方向に進むかもしれない。というか、きっとそうなる。

私は今「主人(息子)が使った道具を逐一元の場所に戻す」ことでそれが解決できる、と信じている。だからそれをしない彼らに「こんな簡単なことなんでできんねん!!」とか「すべきだろう!!」という気持ちを向けちゃうわけ。

でも「テーブルを綺麗な状態にキープするにはどうすればいいだろう」というテーマで自分以外(主人や息子)の視点からも見て見ると・・・

それは唯一の解決策じゃない、ってことがわかるかもしれない。もっといい方法が見つかるかもしれない。そもそも問題だと思っていたことすら、問題じゃなくなるかもしれない。

(ここで、いやいやこれは問題だ!と問題にギュッとしがみつきたくなるのが人のサガなんだけど)

思いがけない解決策って、まさに「道開き」「岩戸開き」。
アマテラーーース

これまで全く見えてなかった領域に光が指す、ってこと。

それは「創造性」「インスピレーション」「直感」「偶然の発見」の性質と同じ。第三の道は、まだ気付いていない道。そんでもってそこは、創造的な未知の道。

どうしてそんなことが起こるのかって、それは自分一人で一方通行だったエネルギーが循環したから、ともいえるし、Big Magicに触れた、ともいえる。

循環するエネルギーは、それ自体が「生命力」となって大きなチカラを生む。

Big Magicは、動いているものに引き寄せられる不思議な存在。

今こうしてブログを書き出したきっかけになったのが、内村鑑三の『寒中の木の芽』という詩だったんだけど、これが冒頭で紹介したカードのメッセージにぴったりでね、びっくりしたの。

春の枝に花あり
夏の枝に葉あり
秋の枝に果あり
冬の枝に慰(なぐさめ)あり

花散りて後に
葉落ちて後に
果失せて後に
芽は枝に顕(あらは)る

内村鑑三 『寒中の木の芽』より一部抜粋


ちなみにみなさま、クリスマスいかがお過ごしでしょうか。

私はクリスチャンでないので、文化的な感動はそんなでもないんですが、この季節(クリスマス前)の空気感は大好きです。

私の場合、冬至過ぎたらこの高揚感はスンッと下がるようだ。。。今はしっぽり2021年の整理整頓をしております。ノートをひっくり返したり、ブログ読み返したりね。

年末に向けて、ぽこぽこ、過去記事を引っ張り出して更新していくかも。

ブログ【STAR SHIP★星読み航海図】より「あなたには”あなたの”責任がある


もりもり書くエネルギー(''◇'')ゞ燃料投入ありがとうございます!!