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第1話【逃亡】

「マオ、兄さんの言うことを、よおくお聞き」

兄の手は震えていた。両肩にあった兄の手の重みが消えて、首のうしろにそっと何かが触れた。マオは黙ってうなずき、たった今兄から譲り受けた首飾りに触れる。すべすべとした木片。その両側に並ぶいくつかの小さな木の実と、ビーズ。

「ルツという女の人を覚えているかい。その人のところへ行くんだ。マオ、ひとりで行くんだよ。あの道を通って。大丈夫、兄さんも後から向かうから」

陽の光を受けて青緑に鈍く光るビーズの色を思い出す。夜が明ければ、自分の胸元にその色が見られるはず。つけてみたいと何度もせがんだ首飾り。本当なら、祭壇の前で神官たちに見守られて譲り受けるはずだった。祭壇に立つ私はどんなに誇らしい気分なんだろうと想像していた。

ミツは二本の指を自分の額に当て早口に祈りの言葉を唱えた。

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『木々の恵み』イトスギの章を読んでいて思い浮かんだ物語。

マオとミツのイメージは、アレキサンダー大王がペルシャを進軍しているときに出会った、聖所の木立にある雌雄のイトスギ、雄木のミトゥラ(太陽)雌木のマオ(月)から。
アレキサンダー大王はそこで木の神官から、インド侵攻の成功とバビロンでの死のお告げを聞いたって伝説がある。

古代ギリシャのペロポネソス半島にある、フリウスという町では、イトスギの木立がアジールとなっていた。アジールってのは、政治や司法といった統治権力の及ばない神聖な領域のこと。こういう聖域は無縁所や、避難場所として機能していた。
時代が下るにしたがって木立は切り開かれて、その役割はキリスト教の境界が果たすようになった。古代の自然崇拝や樹木信仰の類のものは、異教や邪教として排除されていったって背景もあると思う。

ミツがマオに渡した首飾りも、多分そうした自然信仰に由来するもの。なんらかのイニシエーションのシンボルかな。

アレキサンダー大王のお告げがきっかけなのか、宗教対立が背景なのか、わからないけど、なんらかの理由で聖域を追われることになった兄妹。ミツは首飾りを妹マオに託して、別行動をとる。

イトスギの木立が駆け込み寺の役割を担っていた時代、聖域のイトスギの小枝が次の避難地までの安全を保障する通行手形のようなアイテムになっていたらしい。もしかするとこの首飾りもそういう役割があるのかもしれない。

北米の先住民、ナヴァホ族は乾燥したイトスギの実に糸を通してネックレスをつくる習慣があった。イトスギの実って、丸くて可愛いよね。

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この物語の場面は首飾りの色が目視できない暗い時間帯。きっと、イトスギと星の見える道を通って、マオはルツという女性のもとに向かう。

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ゴッホ「糸杉と星の見える道」

聖域と神官の儀式、信仰形態は古代ケルトの樹木信仰をベースにしてみよう。古代ケルトは1年のサイクルを、シンボルツリーで描いている。イトスギは生命力、不死、復活の象徴でもある。古代の人々にとってイトスギは「光の木」。神の光と天国に結び付けられ、墓地に多く植えられたり葬式で用いられることも多かった。

古代ギリシャのシキオニアではイトスギの木立は医療の神アスクレピオスに捧げられていた。WHOのシンボルにもなってる「アスクレピオスの杖」にはヘビが巻き付いているけど、ヘビはこの地で神聖な生き物だったらしい。マオの相棒として物語に登場させようかな!

聖職(信仰)と医療ってのは、今はぶっつり切れているけど、もともとは同じ根っこから分かれた「術」だった。医療、信仰のファンタジー小説と言えば上橋菜穂子さんの『鹿の王』は凄まじい。

ギリシャ神話に出てくるキュパリッソスという美少年は、金色の角を持つ大親友の雄鹿を間違えて殺めてしまう。キュパリッソスは永遠に嘆き悲しむことを神々に誓い、彼を愛したアポロンはキュパリッソスをイトスギに変えてあげた。アポロンは「私はお前のために嘆く。だからお前は悲しみにくれる他のものたちの心に寄り添いなさい」と語りかけたそうな。

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イトスギはアロマの精油だとサイプレス
私、針葉樹の香り、大好き♡

サイプレスは「地」のエレメント、山羊座のエッセンシャルオイル。天体で言えば土星と結びつきが強い。女性ホルモンのエストロゲンに似た作用(子宮収縮を促す)を起こすから、妊婦さんはNGなんだけど・・・エストロゲンって、肌や髪の調子を整えたり女性らしさをアップする嬉しい働きもする。更年期と月経不順の強い味方。

サイプレスの、組織を収縮させて引き締める収斂作用、制汗作用、咳止めなんかはとっても土星チックな効能だなぁと思う。
目の前の現実に意識を向ける、グラウンディング、自己修養の意識を強くしてくれる。落ち着いた集中力って感じかな。

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ルツという女性の名前も、『木々の恵み』のある樹木のイメージからとってるんだけど、彼女についてはまた今度。(さてなんの木でしょう!)

もりもり書くエネルギー(''◇'')ゞ燃料投入ありがとうございます!!