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Diversity is Beautiful 〜Kamasi Washingtonが教えてくれたこと〜

#いまから推しのアーティスト語らせて

2019年9月。ロサンゼルスのダウンタウンに位置するThe Theatre at Ace Hotelにて。最前列ど真ん中に座っていた僕は涙を堪え、立ち上がって拍手したい衝動を必死で抑えていた。
僕の目の前では、サックスを持った大男が次に演奏する曲に込めた思いを語っていた。

「誰もがみんな美しいんだよ。互いを愛し合うために見た目が似ている必要はないし、風習や考え方が同じである必要もない。人々は違ったままでも愛し合える。多様性があるということは祝福すべきことなんだよ」

「これからやる”Truth"という曲は5つの異なるメロディが重なり合ってできている。異なるものが重なりあったときに生まれるハーモニーの美しさを知ってほしいと思って書いた曲なんだ。みんな違ってみんな美しいんだよ」

そういうとバンドは静かに美しいメロディを奏で始める。5つの異なる主旋律が重なり合い、1つの曲として調和していく。この曲が収録されたEP「Harmony of Difference」(※)のタイトルに込められた意味を噛みしめると、我慢していた涙が溢れ出た。

ライブはまだ中盤だったにも関わらず、この曲が終わった途端にスタンディングオベーションが巻き起こった。右隣にいた白人のおじさんとその家族も、左隣にいたドレッドの兄ちゃんとその彼女も、その真ん中にいたアジア人の僕も、みんなが立ち上がって拍手喝采を送った。多種多様な人々が同じ感動を共有していた。ステージに立つ大男が何度も繰り返した「Diversity is beautiful(多様性は美しい)」という言葉を、そこにいた観客が体現していたように感じた。

Kamasi Washington。

多様性の街、ロサンゼルスで生まれ育ったサックス奏者、作曲家である。
僕が彼の名前を初めて知ったのは2016年のフジロックフェスティバルの出演者として発表されたときであった。残念ながらその年のフジロックには仕事の都合で行けなかったのだが、評判を聞いて手に入れたアルバム「The Epic」はフジロックに行けなかった悔しさを増幅させてしまう素晴らしい内容だった。CD3枚組、総計3時間近くに及ぶ大作。この作品に注ぎ込まれたであろう労力を考えると税込2,400円弱は安すぎる。そう思った僕は同じ作品をレコードでも購入した。それでも足りない気がした僕は次に来日する際には必ず観に行くと決めた。

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しかし、僕は待てなかった。2017年11月。人生初の海外旅行のスケジュールにKamasi Washingtonのライブを入れ込んだ。場所はデトロイト。ライブの前にはモータウンミュージアムを訪れ、そこで手に入れたモータウンキャップをかぶって会場に向かった。購入したチケットはVIPチケットと言われるもので、特典としてTシャツやポスターがもらえる他、本人とのMeet & Greetが用意されていた。
ライブが始まる前にVIPチケットを持った者だけが集められる。そこに写真で見ていた通りの巨体が現れた。Kamasiだ。緊張しながら自分の番を待つ。自分の番が回ってくると僕は拙い英語で日本から観に来たことや、素晴らしい作品を届けてくれたことへの感謝の気持ちを伝えた。Kamasiは優しい笑顔で迎え入れてくれ、日本は素敵なところだった、また近いうちに行きたいよ、といった話をしてくれた。特典のTシャツとポスターにサインをもらい、ツーショット写真を撮ってもらってMeet & Greetは終了した。

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が、VIP特典はまだ終わっていなかった。みんなのMeet & Greetが終わると、今度はKamasiを囲んでの質問コーナーが設けられた。その中でのある質問に対する答えがいまでも強く印象に残っている。

「今の音楽シーンで一番すごいのは誰だと思う?」

こんな質問に対してKamasiはこう答えた。

「すべてのミュージシャンはそれぞれが独立した山だ。誰かが頂点に立っているのではなく、それぞれがそれぞれの山の頂点を目指す別々の旅をしている。比べることなんてできないよ」

音楽の素晴らしさを見事に表した回答だと思う。いや、これは音楽に限った話ではないのかもしれない。僕らはみんな違う人生を送っていて、それぞれが自分の山を登っている。誰かとその高さを比べるのではなくて、自分が選んだ、自分だけの山の頂上を目指す。それが人生の目標であるべきなのかもしれない。

僕らは同じである必要はない。肌の色が何色であろうが、どんな言葉を喋ろうが、男であろうが女であろうがそのどちらでもなかろうが、何を食べ、何を着て、何を信じようが、僕らは違ったままでもその違いを尊重して愛し合うことができる。
そしてそんな別々の旅をしている多様な人々が、多様なままに重なり合ったときに生まれるハーモニー(Harmony of Difference)はとても、とても美しい。
彼の音楽はそんなことを教えてくれる。

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(※) このEPには計6曲が収録されており、紹介した"Truth"は最後の曲である。そこに至るまでの5曲でそれぞれ主旋律として機能していたメロディが、最後の"Truth"で重なり合う。対位法を用いたコンセプトアルバムである。そのため、可能な限りEPを通しての視聴をお勧めする。単体でも美しかったそれぞれのメロディが、調和していく過程を楽しんでいただければ幸いである。


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