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「チェリまほ」黒沢×安達二次創作。

こんばんは、雲州鳩です。明日から三日間の連休ですね。せっかくなので、2020年にpixivに上げていた、「30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい」の二次創作小説をnoteに置きます。

とか書いてたら……、ビックリした!!!

「チェリまほ」アニメ化、おめでとうございます!!






ちょうど「チェリまほ」ドラマブームがアジアBLを震撼させて社会現象になった最盛期で、pixivに作品を掲載すると一気に800ブクマから1000が付くという驚異的な時期でした。私も黒バスなら1000users入りを記録したことがあるんですが、ドラマ二次創作でオメガバースを書いたのは初めて。

ああ〜、でも声優は佐藤拓也さんと阿部敦くんじゃなくなったのか〜。もう若い世代の声優、声が誰も同じで聞き分けらんないや。

しかもサテライトって、「マクロス」シリーズ作ったアニメ会社なんですよ!! BLアニメに手出ししてきたのか!!

それでは以下になります、どうぞ。




僕のしゅじゅつがきまったのは、六つの秋。
ドナーの人が見つかったとき、お父さんとお母さんはないていた。

「ねえ、しゅじゅつっていたい?」
「大丈夫よ、眠ってたら終わっちゃうし、全然痛いことなんてないの。
オペ……手術はお母さんとお友達が全部やるからね。お父さんもずっとそばで見ていてくれるから。気をしっかり持って頑張るのよ」
「とにかく本当に良かったよ……。あちらのお母さんも最初は渋っていたけど、
子供さんへの補償について快諾してくれたし。
何せ一人っ子さんだしね、こちらとしても心苦しかったが」
「……こどもなの?僕みたいな?」
「あんまり話しちゃダメなのだけど、そうね……、あなたと同い年なの。
奇跡みたいな素晴らしい子だったわ」
「僕、ちゃんとおれいをいいたい」
「大人になったらね、いつか会えるわ」
「うん! 僕ね、その子をずっとまもってあげたい!
しゅじゅつして強い男になってたいせつにして、ぷろぽおずしてお嫁さんになってもらって、お花ばたけでケッコンシキをあげるの!」


僕の未来が、明日の君で。



「昨日深夜に、賑わう街中でヒート状態に陥ったオメガ男性が拉致される事件が
起きました。
場所は金曜の夜に人出の多いS通り中央交差点で、ベータの目撃者も多く、特定された車両のナンバーから、ここ数ヶ月多発しているオメガ男女の闇取引きを目的とした組織の犯行だと思われます」
「いまだにバース性に根深く残る、オメガへの差別や蛮行が問題視され続けていますね」
「令和パンデミック以来深刻化する一方の、世界の経済崩壊と比例した
オメガへの犯罪係数が注目点ではないでしょうか」
「さて、次はお天気です。師走を目前にした週末は全国的に晴れて……」


流れていくニュースの裏側で罪のない弱者がどんなにかおぞましく虐げられていても、何も知らない人々の日常は無関心にやって来る。

「おはようございます」
「おはよう」
「中央線、また遅延してましたね」
「来月のコンペなんだけど……」


 
株式会社TOYOKAWAは、日本の生活雑貨メーカーとしては老舗の
大手企業で海外にも支店を有し、インターナショナルビジネスを掲げ
バースセクシャルの保護に力を入れているモデルオフィスだ。

上層部にはオメガ性の男女も在籍して、社内には風通しのいい空気感が
流れている。
同性婚やパートナーシステムもいち早く導入し、一定周期の交配期間である
ヒート発症に悩む社員にも手厚い有給休暇や特別支給が設定されていた。
また、令和世代で激減してしまったオメガ性の若者に奨学金制度なども
率先して門戸を開いている。

都立トップ高校を上位者成績で卒業した安達清は、その保護制度によって無事に本命の私立大学へ現役合格を果たし、卒業後は企業への恩返しの気持ちも強く入社した新卒の一人だった。

「安達君、おはよう」
「おはようございます、藤崎さん」
「ふふふ、またエレベーター譲ってあげてるの?遅刻しちゃうよ?」
「ああ、いえ……。いざとなったら階段使おうかなって」
「十階まで?」
「いや、実際に登ったことはないんですけど」

新入社員としてこのエントランスを潜ってから、七年の月日が経過している。
既に若手枠からは外され、現在は営業一課の事務担当としての仕事を任されていた。

同じ事務課に在籍するベータの女性社員である藤崎さんには、入社した頃から淡い憧れのような感情を持っていたが、自身がオメガである劣等感から口に出す気は全くない。
もし自分が普通の男性の身体で生まれてきていたら、もしベータ性別であったなら、選ばれしアルファエリートなら、こんな清楚系の女性と交際して結婚する未来があったのか、それは安達にもわからなかった。

「おはよっ」
「あら、黒沢君。おはよう」
「……おはよ」

途端に周囲の空気がザワリと変わり、安達は動揺すまいと呼吸を整えた。
人類の食物連鎖の頂点に君臨するアルファの、猛禽類特有の圧倒的なオーラ。

仕立てのラインが美しい高級スーツを、今日も朝から完璧なまでに着こなした
営業部のエース黒沢優一が眩く微笑み立っている。まるで高貴な鷹の貴公子そのものに。

「安達、昨日のデータありがとな。いつも丁寧で見やすいし助かるよ」
「……いや、仕事だし」
「今度、昼飯でも奢らせてよ。和食好きだろ?駅ナカの大戸屋行かない?」
「あ〜、うん……、時間あったら」
「うん、近いうちに声かけるね」

一日、頑張ろうねと長いリーチで颯爽とオフィスに長身が入って行く。

「ふふ、いいなあ」
「えっ、な、なんですか?」
「黒沢君て、安達君のこと大好きだよね」
「そんな、ないです。ろくに話したことないし、そもそもあのスーパー級アルファのエリートハンサムが、俺なんて」
「そうかな、他の人をランチに誘ってるとこなんて見たことないよ」
「俺みたいな凡庸なオメガが珍しいだけなんじゃ……」


顔をハの字にして呟く安達に、パールホワイトのカーディガンが綺麗な藤崎さんはただ柔らかく微笑んでいた。

オメガとして生まれた身体は幼い頃から少し虚弱で、知能は標準だが心肺も筋力も強靭なアルファや健康な一般ベータの人間には寿命が及ばない。
そんな理由もあり学生の頃から常に二時間早く起きて、ラッシュにも時間差通勤する癖がついている。
オメガの身体を持つせいで嫌な経験はたくさんしてきたが、童顔と明らかにオメガとわかってしまう体格や存在感のせいで、電車内での痴漢に狼藉をされた苦さは、三十路を迎えた最近でも絶たなかった。

それでも安達自身と同じオメガの母親世代と比較すれば、国からの保護などは破格に恵まれている。
「ヒート」と呼ばれる一定周期に訪れるオメガの発情期は、アルファやベータ全ての性別を巻き込む危険なシーズンと忌み嫌われてきた。
男性でも妊娠機能を持つオメガが無差別に性的フェロモンを爆発させて、多くの人を誘惑するその作用から、長い間オメガには例え性的犯罪の被害者になっても
加害者を訴えることもできなかったのだ。

その差別が緩和されたのは半世紀程前。

驚異的な感染パンデミックの世界規模拡大により大量のベータ種が滅亡し、
先進国の少子化を倍速させるように人類の激減に歯止めが効かなくなった頃。


「せっかく減った人口です。優良種だけを残します」


 
などとどこかのファシスト総帥が言ったかは定かでないが、フィクション世界では早くに進んでいた「人類補完計画」なるものが立ち上がったのである。
名前のままに狂信的進化を目指すわけではなく、これから更に地球の汚染や感染症、気象異常に対して、遺伝子操作的体質強化された人間を生み増やすプロジェクトだ。

その子宮として最適だった存在が、安達をはじめとするオメガ性別を持つ男女だった。
身体は虚弱だが、その頑健な子宮や卵巣は発情期さえコントロールすれば、大勢の子孫を残せる無限の可能性を秘めている。
出現率が低いのが難ではあるが、特に頭脳明晰容姿端麗なアルファ種の母体として大切に育成されるその新人類オメガを「νΩ」と表記し、世界中が保護するようになった。

乱交による無差別な妊娠や出産、それに伴うオメガへの性暴力や違法売買などを厳しく罰する規制案の成立、また三世代にわたるDNA改良による体質改善で、
彼らは暴走する性から解放されたのだ。


「まだ生理はきていない?ちょっと子宮は大きくなっているみたいだけど」
「出血したことはないです。時々お腹がつれてることはありますけど」
「安達君の場合は、子供の頃から安定薬がとびぬけて効いていたからねえ。
色々あったけど、有名な大企業さんに勤めてるなんてお母さんも自慢だろ?」

母親が安達を身籠った時からずっと診察してくれている壮年の医師が、
エコーを見ながら電子カルテにデータを打ち込んでいく。

「これからヒートを迎えるにしても……νΩの代表みたいな君にはそれほど問題はないと思う。ただ、基礎体温は忘れずに報告してね」
「はい」
「好きな人はいないの?安達君なら、うちのアルファ娘を紹介したいくらいだよ」
「ぼ、僕なんて……退屈ですよ。それにその、一人が気楽です」
「勿体ないなあ、アルファの子供を産めば助成金がたんまり出るのに」
「……十分なお給料を頂いてますから」
「ただ、理解していると思うけど、初潮ヒートを迎えれば」
「ほ、法律に従って……出産パートナーを国が決めることになる……ですよね」

ありがとうございました、と後ろ手に引き戸を閉める。

仕方ないことだけど、簡単にアルファの子を産めば……なんて言うのが典型的なアルファクラスなんだよなあ……。

平日の夕方、オメガに義務付けられた診察を担うマタニティ・ホスピタルの待合室にはまばらに男女それぞれの妊婦がパートナーと連れ立っている。
都内でも最大級のバース専門大学病院の巨大エントランスには幼い時から慣れているが、やはり朝から数時間を必要とする定期検診には、かなりの疲労を感じていた。

このまま死ぬまで、生理やヒートなんてこないでほしい。

真面目にひたすら善良に日々を生きているのに、国が決めた好きでもない相手の子供を妊娠するなんて地獄だ。
だが健全なオメガと分かれば、すぐにでも今まで恩恵を受けてきた国家からの負債を返済しなければならない。

腕に巻かれたカルテリングをペイイングマシンに翳すと、機械音声に「お支払いは必要ありません、お大事に」と告げられフロア外に出る。政府認可のνΩには社会保険が特に手厚い。

「腹減ったなあ……」

ガラス張りの中庭には、ライトアップされた木々。
年に三回の検査の帰りには自分へのご褒美として必ず寄っている、院内の洒落たイタリアンレストランに足を向けた、その時。

「安達?」
「へっ、くっ、黒沢?」

スラリと美しい長身が驚いた顔でこちらを見ている。いつもの完璧なるスリーピースと違い、ベージュの膝丈シングルチェスターコートに粗編みアイボリーのニット、相変わらず長い脚はブラックスキニーに包まれている。ラフなのに目も眩むようなセレブリティ溢れる存在感だ。

「どうしたの?体調悪い?」
「ちが、違う。その……」

心配を隠さない鳶色の瞳に、定期検診だよと答えようとして迷った。アルファの黒沢にはあまり知られたくないし不用心だ。
黙り込むと「ああ、ごめん」と大きな両手がひらりと優雅に安達を遮る。

「ホントごめん、無神経な質問して。病気じゃないならいいんだ」
「いやその……、うん、病気ではない……」

何故こんな場所で彼と会うのか。気まずさが先に立って視線をうろつかせると、
長い睫毛が瞬いて微笑む。

「安達、もしかしてご飯に行くつもりだった?」
「え、あ……うん」
「そのお店だよね。もし良かったらさ、俺に付き合ってくれない?」
「へっ?」
「ご馳走するよ。いつものお礼、いい?」

店内は空いていて、二人は一番後ろの角枠にスペースを取っている窓際ソファ席に腰を下ろした。
なんとも不思議な感覚だ。会社でしか接点のない同期入社の男、しかもエリート中のエリート、美麗なアルファ男性と、自分のような貧相な体格と服装のオメガが向かい合ってメニューを眺めている。

一応は遠慮したのだが、「今ダメなら、改めて後日スケジュールを開けてもらうことになるけど」とさすがの営業オーラ笑顔を強気に出されて、断りきれなかった。

「ここのワインは結構美味しいんだよ。安達はアルコール苦手みたいだけど、
シャンモリの白なら甘くて強くないし、魚にもよく合うと思う」
「……俺、お酒弱いって話したっけ?」
「見ていればそれはね。いつも飲み会で中ジョッキ一杯しか頼まないだろ?」
「なんか、さすがに営業部のエースはよく観察してるよなあ……」
「ふふっ、恐れ要りますと言いたいけど。安達は目立つからね」
「お、俺が?目立つ?」
「うん、とてもね」

入る前から決めていたサングリアロゼのフルーツカクテルを頼むと、黒沢は
「安達に似合うね」と微笑んで、コースのムニエルとラムステーキを二人分注文した。

「ワイン、いいの?」
「今日は車なんだ。家まで送るよ」

ペリエが弾けるグラスを持つだけなのに、貴族のような空気が溢れ出ている。
銀のカトラリーへの扱いも、育ちの良さを隠せない。

「……安達の私服、久し振りに見た」
「え、前に見たのっていつ?」
「入社してすぐの温泉旅行。全然変わらないね、いつまでも大学生みたいで」
「……お前と違ってガキ顔だから」
「そうじゃなくて、気を悪くしないで。社会に汚れきってないって意味でだよ。営業なんてやってるとさ、他社の同世代がどんどん欲深い脂ぎったオッサンになっていくんだよね、どこに行っても汚い腹の探り合いっていうかな」
「……黒沢も、色々苦労してんのな」
「ふふっ、そうなんですよ。慰めて」

アルファとオメガ、相反する種族二人の初めての夕食は終始和やかだった。
普段遊ぶソシャゲーや好きな漫画にアニメ、海外ドラマの人気シリーズ。
拙い言葉でなんとか説明する安達と、上手くフォローして会話を続ける黒沢。
狼と兎、鷹と雀、鮫と鯖くらいに生まれも育ちも何もかも真反対のはずの境目も忘れて、安達は得難く楽しい時間を満喫していた。


友達としてなら、同期としてなら普通にいい奴なんだよな。
変にバース性を意識するからダメなのか。

会話上手な黒沢は、相手がオメガ種の地味な同期社員でも全く驕りを見せずに、
むしろ遠慮がちに控えめで。穏やかな声さえもアッパークラスの溢れる気品を兼ね備えている。


今夜、この彼の正面に座る席を羨む人間が、世界にどれだけいるだろう。

そうだ、こんな時間は二度とない。卑屈にならないで親切心には素直に
感謝しなければ。明日になれば、また時々顔を合わせるだけの他人に戻る。

「安達はどこに住んでるの?」
「ああ、えっと。A駅からすぐのアパート。商店街も近いし便利」
「そうか、川近くの下町だよね。行ってみたいな」
「退屈だと思うけど、でも毎年桜は綺麗だよ。地元の神社も大きいお祭りがある。黒沢んとこは?」
「ここから電車だと地下鉄で乗り換え二回で、車だと十五分だね。会社に近いから助かるよ」

梨のシャーベットの涼やかさと高級な豆の香りをコーヒーで堪能し、安達がトイレに行っている間にスマートに支払いは終えられていて、地下駐車場に鎮座していたワインレッドの新型コルベットを見た時には、やっぱりなという気持ちで既に驚きはなかった。

「ちょっとドライブでもどう?」
「く、黒沢が大丈夫なら」
「良かった! この時間は目黒川沿いのイルミネーションがいいんだよ」

二度と乗ることはないだろう皮張りのナビシートで、流れてくる洋楽のタイトルを聞くと
「UKプログレ、姉貴が好きでさ」と完璧な笑顔が教えてくれた。
コンバーチブルが全開にされているオープン仕様の車体は、ドライバーの
腕の良さのまま滑らかにピンク色の河川敷脇を走る。

大通り交差点に差し掛かり、赤信号でサイドブレーキを踏んだ黒沢がおもむろに
「ちょっとごめん、安達」と手を伸ばした。

「な、なに?」
「首元、寒くない?」

優しく巻かれた柔らかいマフラーからは、持ち主と同じアルファの強いフェロモンと淡いオーデパルファム。
どこのブランドの物かは安達には全くわからないが、黒沢優一という男を体現しているかのような、穏やかで爽やかな、それでいて深みのあるノートだ。

「ありがと……」
「似合ってるよ」

上機嫌な黒沢のスムーズなお喋りが楽しくて、つい時間を忘れるとホスピタルで顔を合わせてから三時間以上経過している。安達のアパート前に優雅な車体が滑り込む頃には、オリオン座が空に煌めいていた。

「なんか色々ありがと。た、楽しかった」
「俺もだよ。今日はラッキーだったなあ。最近はずっと安達に後方支援してもらってたからさ、お礼したかったし、それにゆっくり話したかったんだ」

何故か二階玄関口まで丁寧に送られて、その暖かな友情に似た感動のような
さざめきに包まれる。

アルファとオメガでも、抑制ラインを守ってさえいれば親しい友人になれるのではないかと安達は期待した。

「あ、上がってお茶でも飲む?」

何気なく口にしたのだが、その一瞬で黒沢の顔から笑みが消える。
超絶な美形が無表情になるとなんとも、空恐ろしい。

「安達」
「うん?」
「……それ、どういう意味か分かってるの?」
「え?っと?」
「そういう困った子には」

ぶわっ、

圧倒的なアルファの支配フェロモンが立ち上り、首筋に怖気が走った。
完全にバース・コントロール可能なνΩでなければ、気絶している程の。

大型猛禽類の翼のような長い両腕で、肩と腰を強く包み込まれる。

「アルファ避けしないとね」
「くろさ、」
「マフラー、あげるよ。いらないなら捨てちゃって」

凄まじいプレッシャーが嘘のような優しい笑みをひるがえして、
長い足がそのまま優美に階段を降りる。
最後に一度だけ安達を振り返り手を軽く振って、黒沢優一は愛車と夜の闇へ消えた。




「遅いじゃない!」
「突然呼び出す方が悪い。文句あるならタクシー拾えよ」

東京メトロの駅近くに到着すると、自分とよく似た女が慣れた動作で
ロングファーを靡かせナビシートに滑り込んでくる。
呼び出しを無視するとマンションに特攻しかねないので、拒絶できなかった。

「ちょっとなにこれ、オメガフェロモンがプンプン、それも未成熟な……。
いつものセフレアルファと違って幼い匂いね」
「そんなのとっくに別れたよ。いちいちうるせぇのは職業病なわけ?」
「なによ、運命の番とかソウルメイトなんて、ベータの連中が作った幻想だって
見下してたくせに」
「出会えたからわかったんだよ! 姉貴には一瞬で運命を感じた経験なんてないだろ?」

黒沢優一が同い年の安達清と出会えたのは、全くの偶然だった。

アルファエリートが多く在籍する私立の御三家内トップ進学校を次席卒業し、当時叔母が教鞭を取っていたオックスフォード・カレッジに学んだ黒沢は、帰国してから多くの大企業を徹底的に選別した。

黒沢家は長い歴史を誇るアルファ血族の名門であり、有名な財閥グループには必ず親戚筋が鎮座している。一般商社に就職したのは、そんな保守的な世襲家風から遠ざかりたかったからだ。

彼を最初に視界に捉えた瞬間は忘れられない。

いつもと同じように、アルファ特有の支配フェロモンと黒沢家の人間が持つ
美麗な容姿に多くの社員がざわめくオフィスで、一人だけ全く無関心に、背を向けていた人物。

一目惚れなどと、PEAホルモンが勝手に創造する陳腐なお伽噺のようなオカルトに、まさか自分が囚われるとは。

年齢よりも幼い顔立ちと声、澄み切った湖水のような瞳、
柔らかい首筋から腰、脚のライン、桜貝の爪、小粒真珠のような永久歯一本ずつに至るまで、全てがまさに理想の具現化だった。

無口で不器用だが真面目で善良な安達は、気立も優しくいつも冷静に
周囲を観察して空気に馴染もうとしていた。ひ弱に見えながらも芯が強い、
間違いなく稀少なνΩ。

自分達アルファの獰猛なフェロモンに負けず、ベータを上回る知能と少し劣る身体能力。一人で配偶者を選び堅実に子孫を残せる希望の新人類だ。

超レア体質の番がこんなにも近くに存在してくれた奇跡に、思わず神に祈った。

だが黒沢にとって「運命の番」でも、安達がそうと認めてくれるかはわからない。

文献を読み漁っても、ここ十年ほどで出現したνΩに関しての知識はまだ少なく、
感情や欲望をコントロールできるが故に
「不感症オメガ」と嫉妬される彼らが、果たして生涯の伴侶を判別可能なのかさえ謎に包まれている。


「偶然病院で会えたんだけど、今日は久し振りに私服を見れたよ。ユニクロのダウンにパーカー、ジーンズも高校生みたいでめっちゃ可愛かった」
「ファントム・バースなんでしょ?厚生省の管理下にあるνΩと、たかだか一商社サラリーマンが結婚前提の交際なんて許されるの?」
「俺が模範アルファとして数字を出せばいいだけだろ。来月には課長代理の椅子が待ってるんだし、なんとかやれるって」
「あんたが出世に対してがめつくなるなんてね」
「そこは、恋は盲目ってやつ」
「はい、ご馳走様」

しかし何が一番堪えるかといえば、安達が時々黒沢に見せる怯えの顔だ。
アルファへの、生理的にオメガが持ってしまう永久不変の恐怖心だろうが、
あれには参った。更にその縋るような眼差しが大きく、黒く美しい水色に溢れ揺らいでいて、その色彩にどうにもならない胸の痺れと、熱い情欲が高まってしまう自分に心底辟易したものだ。

そして、黒沢をただの同期社員として認識するのに慣れた頃には、安達にとって自分は、彼と関係ない世界のアルファの一人としてしか視界に入ることができなくなっていた。

子供の頃から多くのオメガやベータ男女を無意識下で虜にしてきた身には、全てが最初の試練で乗り越えなければならない壁だ。

「そういう意味では、満点の初デートだったかな」

今夜は安達もとてもリラックスしていたようだし、何より家に、オメガの巣穴にまでアルファの黒沢を招き入れようとしてくれた。

喜ぶべき大きな成果だ。

とにかく、一つ一つの問題と真摯かつ冷静に向き合い解決していくしかない。
子供の頃からいつでもそうして生きてきたし、実際に営業職のプロとしても日々、そのスタイルを貫いている。

喜怒哀楽の感情を全面に押し出してネガティブに対処してはいけない。
幼い頃からの処世術として、常に一歩離れた距離から眺め、見守る。
けして焦ってはならない。このスタンスだ。


良かった、安達に似合うと思って買っちゃったマフラーは上手く渡せたし。
初めてのデートはスマートにエスコートできたし。
ずっと前から家は見てたけど、やっぱり治安面ではイマイチ不安があるよな。


生涯で唯一の最初で最後なるだろう、恋情の高鳴りに胸を躍らせながら、
黒沢は既に次のデートプランを綿密にシミュレーショトし始めていた。


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まだここからの続きも、ファイルのどこかに入っているんですけど、一応は区切りにします。

一昨日から暑さで全然机に向かえなくて、今夜は白いモスバーガーを食べてから夕方寝して、起きたらこの時間。エアコンは結構効かせてるけど、毎日寝汗が凄いです。

皆様も体調に気をつけてお過ごし下さい。




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マダム、ムッシュ、貧しい哀れなガンダムオタクにお恵みを……。