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「私が見た未来」読了。大災害が起きたら、何を持って逃げ出す?

個人ブログの方にも書いたが、
たつき諒さんが描いた漫画「私が見た未来」読了。

2025年7月に大災難が起きるとなるとこれから先どうするか、
改めて考えさせられました。

どこに住むか?
何を持って逃げるか?

大災害が起きたら変わるであろうもの

たつきさんの漫画にあるような120メートルもの大津波が、
襲ってきたら果たしてどうする?

そんな大災害が実現してしまったら、
それこそ紙幣は紙ゴミと化すのでないだろうか。

罹災していない地域では貨幣社会は通るだろうが、
波に飲まれてガレキまみれになって
そこで札束殴りつけるって通るのか?

起業で成功した連中がライトワーク、すなわち正しい為事をしているのを横目に
俺は奴隷になって、紙クズを稼ぐために必死こいて働いている、
この差は一体何なのだ…

そうした悩みすら飲み込んでしまうだろう。

311が起きた時の関東ですら、携帯の電波が混雑して
電話したりネットしたりに不便したのに

120メートルクラスが襲ってきたら
如何に堅牢なデータセンターとはいえガレキと化すだろう。

人混みが多い東京にいてこの事態になったらどうする?
逃げるので精一杯で何にもならない。
考えさせられることは多かったです。

もし2025年7月に危機が襲来するとしたら

先のことを色々考えると、2024年6月末には引っ越しを考える時期だが、
どこに引っ越しても、その1年後はガレキの山になっている可能性を考えると
どこに行っても同じなのでないか、と思ったりもしました。

2025年7月に何かあるというのは考えすぎにしても
地震が頻発してて何も構えないというのは流石に悠長でないか。

2024年6月末になって引っ越したとして、
どこに行ってもガレキの廃墟になる、
そうわかった上でのことであったとしても。

「また2年動かない」ことを決めざるを得ないというのは
とても無情な話ではある。。

今私が住んでる土地は「土星」そのもの。葬儀場や墓場が多い。
ここにきた時点で束縛される事が確定していたということか。

先のことを知ったつもりになったわけでないが、
生きているうちのどこかで、311に限った話でなく
またもや大災害になるんじゃないかというのは薄々思っていました。

モノの断捨離を始めたり、災害予知のために占星術を調べたり、
そのための準備をさせられているんだと。

それでもし災害のように緊急時になったとして、
何を持って逃げ出すだろう?
何を優先させる?

財布?スマホ?

逃げて生き残って、、手持ちで残っているものが全てだろう。

終わりに

1999年ノストラダムスの予言はハズレましたし
漫画「ドラえもん」で見たハレー彗星の時も似たような騒ぎもあって
結局ビビリ損になった、という事が過去に幾度かありました。

しかし2011年に起きた311は、多くの人が予期していなかったであろう。
2011年当時の私も全然考えてませんでした。

311の災害を受けて、新卒で入った時の会社の社長が社訓で言ってました。
「311は天災じゃなくて人災だと。
”まさかこうはならないだろう”
という人間の驕りが生んだ、れっきとした”人災”だ」と。

当時は「何を不謹慎なこと言ってやがるんだコイツ」
そう思って内心叛意を持ってましたが。

今思うとどうなんだろうなぁ。

「まさかこうはならないだろう」と
いわゆる「舐めプ」生活の末に災難に巻き込まれたら。
ある種自業自得かもしれないから
当時の社長が言ったように「人災」というのは
見方を変えれば至極尤もな金言なのだろう、不謹慎ではあろうが。

さて、危急存亡の事態になって、
私たちは何をいったい優先さすべきだろうか??

危急存亡の事態になる前に、何を優先さすべきだろうか??

今を生きている私たちは、実はそれを問われているのでないでしょうか。

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