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句養物語リプライズ『星』

星は、何もかもお見通しである。

どんなに大きな企みも、どんなに小さな綻びも、星は逃さず、その全てを見ているのだ。

ヒトは、あらゆる生物の中で最も賢く、最も愚かであると言える。利己的な理由で互いに殺し合ったかと思えば、他の生物に手を差し伸べたりする。人口が爆発的に増えて、この星の資源で賄い切れないことが分かると、人間ばかりが増えてしまってはバランスが崩れる…などと言って、勝手に人口を整え始めたではないか。

最初は、出生率を下げる試みをしたようだが、年齢層のバランスが偏っただけであまり意味がなかった。しばらくすると、大義を盾にして争いを増加させ、戦争を介して人口調節を図ったのだが、そもそもこれは上手くいくはずもない。何度争いをしたところで、人はその営みを再建できるからだ。しかしながら、そうやって失敗を繰り返しながらも、人類は最終的に、ある画期的な方法に辿り着くのである。

それが、転生ビジネスである。

医療と科学の英知を結集し、人類は遂に転生システムの開発に成功した。もちろん、これに関しては倫理的な観点から反発の声も根強い。だが、転生はあくまで本人の意思によって決定されるものであり、国や組織が個人の命運を左右するような事態になっているわけではなかった。ただ、それがビジネスとして成立してしまっている事が、反感を買う理由になっているだけだ。往々にして新しくできたシステムというのは、悪い事をして金儲けしてると思われがちなのである。

ここで本題へ移ろう。一口に転生と言っても、実は人間から人間へ生まれ変われるわけではない。将来的にはそれも実現するのかもしれないが、現時点では、人類にそこまでの技術はない。それに、人口調節という大義名分が背景にある以上、人間の数が増えてしまっては何の意味もない。人間以外のいくつかの生物について転生が可能となったので、国はその技術を有する組織に認可を与えたのである。

先に述べたように、一定の反対派が存在はしたものの、意外にも賛成派の方が多かったため、これがビジネスとして成功し、転生施設はこの国の各所に乱立することとなる。そしてその中でも、とりわけ高い人気を誇っているのが、我が『蝶々転生所』である。

私は、この転生所の女性アシスタントであり、営業担当も兼任している。転生処置そのものは、技師である男性所長が自ら行っていて、私はいわゆる顧客を連れてくる役目を担っているのだ。とはいえ、怪しい勧誘をしているわけではなくて、転生希望者を募ってカウンセリングを行い、本人の背中を軽く押してあげているに過ぎない。こちらから無理強いなどは一切しない。ここが蝶々転生所であるから、その意志がある人に対してだけ、他のどの生物でもなく、蝶々としての来世を全力で推奨する責務があるだけだ。

転生をするという事は、人間としての人生にピリオドを打つという事なので、何も良い事はないように思うかもしれない。しかし、ある程度の年齢層に達した人間の中には、今日までの人生に満足し、一旦ここで線を引いて全く違う時間を過ごしてみたい…そう願う者が増えているのだった。

例えば、人間が当たり前のように感じている五感についても、一つとして同じ感じ方をしている生き物はいない。犬の方が嗅覚は鋭いし、鳥の方が視力は高いに決まっている。だが、生まれ変わってみるまで、それを実感する事はできないのだ。

私は蝶々転生所に務めているので、蝶生活の魅力をアピールしないといけない。蝶は生態ピラミッドの下層域にいるわけなので、天敵に対する知識や対策は、事前にテキストにまとめてからお渡ししている。生まれ変わってしまうと『復習』はできないので、人間のうちにとことん『予習』をしてもらおうというわけである。

もちろん、デメリットばかり伝えても仕方がない。だから私がよく言うのは、「生まれ変わったら、世界の見え方は変わる」という事である。即ち、備わっている視覚機能が異なるので、現状の色彩感覚を失う代わりに、全く別のフィルタで世界を見る事になるのだ。実際にどういう風に見えるのかについては、「推して知るべし」という言い方になってしまうが、本人が転生を是としている以上、世界の色が変わるという触れ込みは、極めて魅力的なものとなるのである。

このように、私がカウンセリングを通じて転生希望者を効率良く集めているおかげで、この蝶々転生所の業績は鰻登りであった。私はその手腕を認められ、所長から絶大な信頼を得ていた。もう何度同じ事を聞いたか分からないが、彼は口癖のように、私にこう話しかけてくる。

「君のおかげで、蝶への転生希望者は後を絶たない。この仕事を天職と信じている私にとって、君は必要不可欠な存在だ。しかし、不思議なものだね。現段階では、蝶へ転生する事はできても、人間に戻る方法は存在していない。それなのに、皆喜んで生まれ変わろうとするなんてさ。」

確かに、彼には到底理解できないだろう。自分自身が実際に生まれ変わろうとした事がない限り、私の転生アピールを正面から受け止めたりできない。つまり、私の言葉にいかほどのリアリティが隠されているのか、彼は知らないのだ。そして、彼だけではなく、人類全体がまだ気づいていない真実が、ここには隠されている。

実は、既に蝶は人間へ転生できるシステムを開発し、その運用に着手している。そして、そのシステムの最初の被験者のうちの一人が、この私であるという事だ。

人間は、やっとの思いで開発した転生システムを用いて、自らの種族の数を減らそうとやっきになっている。しかし、我々蝶はその逆だ。生態系の中で被捕食者としての側面が大きい以上、どうにかして数を増やしていかないと、種を保つ事は難しくなってきている。

そこで、人類が転生システムをビジネスとして確立させたのを見計らい、精鋭部隊を作ってヒトへと転生させ、人間界に紛れつつ蝶への転生を促すという作戦を決行したのだ。この国にいくつか存在する蝶々転生所の全てに、私と同じようにヒトに紛れている蝶がおり、カウンセリングを行っては転生を促すという任務に注力している。精鋭部隊は30人ほど送り込まれ、各所で職務に当たっているが、仮に作戦の1人辺りのノルマを1000人だとするなら、30人で3万人という計算になる。そんな事とは露知らず、人類は我々の思う通りに蝶へと転生していく。現時点で、この作戦に障害は見当たらない。我々の作戦は功を奏し、蝶の繁栄に莫大な恩恵をもたらす事になるだろう。

精鋭部隊はいつしか蝶達の憧れになっていったので、司令部は転生志願者を追加募集し、大規模な転生部隊を再編した。今や、夥しい数の蝶たちが一同に介し、訓練に励みながら、「その時」が来るのを今か今かと待ちわびているのだ。


『転生の予行練習蝶眠る』

(森中ことり)

目標の第一段階の達成まで、あと少しだ。ある程度任務が進めば、精鋭部隊は所持している秘薬を用いて、段階的に蝶へと戻り始める段取りになっている。一人でも帰還すれば、たちまち英雄として崇め奉られ、志願者は更に増えることだろう。待機部隊が人間界へと流入し、一斉に任務を遂行すれば、結果的に多数の人類が蝶への転生を選択する事になるはずだ。人類には申し訳ないが、行く行くは蝶がこの星を総べる覇者となるのかもしれない。蝶の司令部は、そう信じて止まないのだった。

だが、全ては星の下で行われる事だ。何しろ、星は全てをお見通しなのだ。どんなに大きな企みも、どんなに小さな綻びも、星は逃さず、その全てを見ている。

所長は、このビジネスの勝ち組の筆頭である。施設の最上部に居住スペースを持ち、そのまた屋上には、満天の星空をも独り占めできそうなジャグジーが備え付けてあった。

毎晩仕事が終わった後の一時を、ここで寛ぐのが彼の日課である。今夜も彼はシャンパンを片手に、ライトアップされたジャグジーの中にいた。満天の星空は、あたかもこの浴槽を中心として、円状に拡がっているかのように感じられた。

私はその傍らで服を脱いで、浴槽の中へ入ると、彼の腕の中へと身体を滑り込ませた。

二つの肢体は今夜も、ジャグジーを踊る光の中で、水泡を纏って絡み合う。

この瞬間、私は思うのだ。


「生まれ変わったら、世界の見え方は変わる」

自分で紡いだこの言葉に、筆舌に尽くしがたいリアリティが纏わりついて、この身体へ、この心へ、ひしひしと迫って来るのが分かる。

私はもう、蝶には戻らない。人がどうとか、蝶がどうとか、そんな事はどうだっていい。


私だって知らなかったのだ。



二人で見る星が、こんなに綺麗なものだったなんて。




『最後はねルール破って星月夜』

(でんでん琴女)




句養物語リプライズ「星」

【完】

企画・執筆 … 恵勇

俳句提供 … 森中ことり、でんでん琴女

(敬称略)



【句養物語 流れ星篇】


物語本編の起点です。誰かに紹介したくなってしまった人は、このページを教えてあげて下さい…!


【句養物語エクストラ】


本編の読後企画として、ABCのそれぞれの企画へご参加頂けます。応募期限は、作者が飽きるまで!


【句養物語リプライズ】


こちらのページでは、読後企画の参加返礼として、提供された俳句を使ったショートショートを順次公開しております。


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