見出し画像

2020/11/20の星の声


サタン老師のスローライフ



サタン老師をご存知ですか?
そう、神の反逆者、魔王として知られている、あのサタンです。

これまで、数多くの人間の悪行の手助けや、罪かぶりをしてきた彼ですが、すでに足元もおぼつかないほどに老いているにも関わらず、まだバリバリの現役で活躍させられてしまっています。

地球上の人類は、少なくとも一度は必ず、彼のお世話になっているはずですが、そんな彼に対して感謝をするのは悪魔崇拝に傾倒する一部の人間だけで、彼を毛嫌いする人の方が圧倒的に多いことは疑いようのない事実です。

たしかに、彼は毛嫌いされるほどの、すさまじい闇の力を司っていました。ただしそれは、光と闇が、完全に相反するものとして扱われていた時代までの話で、光と闇の濃淡が拡がりを見せつつある今現在の世界では、かつての面影など一切残っていないほどにすっかりと老いぼれてしまったのです。


画像1


その証拠に、彼にはスピード感がなくなりました。かつては瞬く間に漆黒の闇の世界を創出できましたが、今は1分間に小さじ1杯分程度の闇エネルギーしかつくれません。ですから仮に、闇と同調する勢力もしくは人間がいたとしても、その闇のエネルギーが世界全体を覆うまでには、天文学的な時間がかかってしまいます。

彼はそもそも、万物を司る無数の神のうちのひとりでしたが、ある時、人間から「サタン」という名と、その名にふさわしい役割を与えられてからというものの、すっかりその役にはまり込んで、ただ「サタン」という役を演じていただけなのでした。

神々に対する名づけは、自由意志を与えられた人間に許された特権のうちのひとつで、人間に名づけられた神々は、与えられた役割以外の活動がほとんどできなくなる一方で、その役割におけるエネルギーがとても強化されることが特徴です。

人類の歴史上、闇や魔を司るサタンはあらゆるところで活躍しました。絶対的な神を掲げ、際立たせるために、真逆の性質を持つ彼のような存在は重要であり、必要だったからです。サタンもサタンで、がんばりました。ほんとうによく、がんばりました。世界を股にかけ、人間から与えられた役割を不眠不休でやりとおしてきたのです。

しかし、そろそろサタンも限界が近くなってきました。現代の人間の年齢にして100歳を優に超えている彼が、いまもなお、オリンピックの舞台で42.195kmを走り抜けとか、100mで世界新記録をとれとか、リングで躍動する屈強な男たちを左手一本でノックアウトしろとか、そういう役割を与えられ続けているわけですから、それがどれだけ無理のあることか、容易に想像がつくでしょう。

これまで、人類によってサタンとの対立構造を組まれていた神々からしても、見るに耐えないことでした。そこで神々は近頃、ある提案をサタンにしました。

「サタン、キミはそろそろ人間に役割を変えてもらったらどうだ?」

サタンはすでに耳が遠く、目も十分に見えなくなっていましたから、いまさら新しい役割を担うのは無理だと答えました。多くの神々が過酷な人仕えに耐え忍んだサタンの声に胸を打たれる中、人類固有の情念の世界に身を置いたことのない、森羅万象に浮遊する名もなき神は、あっけらかんとした様子でサタンに伝えました。

「役割から離れたら、イノセントなアナタに戻れること、忘れたの?」

人類とともに長い長い濃密な道のりを歩んできたサタンからしたら、目から鱗が落ちるような言葉でした。でも、そのことを思い出そうとしても、すっかり凝り固まってしまった考えや意識が邪魔をしてしまい、サタンは思わず頭を抱えてしまいました。

苦悩に満ちたサタンの様子を見た神々は、優しく声をかけました。

「サタン、無理に役割から離れようとしなくたっていい。そもそも、人間が君の役割を忘れない限り、君はずっとその役割を担うことになるわけだから、人間とつながりの深いキミにとってはほんとうに難しいことなんだ」

続いて、情念のない浮遊する名もなき神のひとりがサタンに言いました。

「まずはスローライフだよ、サタン」

スローライフ、その言葉はサタンにとって、ひょうたんから駒が出てきたようなアイディアに思えましたが、その言葉を受けてもなお、彼には何ひとつ突破口が見えず、苦悩のあまりにサタンはうなだれてしまいました。

人間から名を与えられ、人間とともに生きてきた神々は、そんなサタンの様子を見て、胸がいっぱいになりました。その苦悩は、彼がそれほどまでに人間に尽くし、人間と深い関わりを築いてきた証でもあったからです。

神々はサタンに敬意を表して、彼を老師と呼ぶことにしました。人間と関わる上で、彼以上に人間を知る神はいないと思ったからです。すると次の瞬間、これまでサタン老師と関わりを深めていた人間たちとの縁とも呼べる鎖が、どういうわけかすっぱりと切れ落ちて消えてしまいました。神々だけでなく、サタン老師もとても驚きました。

一度ついた神の名は、人間がたった一人でもその名を忘れない限り、その役割が永久に続いていくのですが、神が神に敬称をつけることによって、その役割が一度リセットされることを、その時になってようやく、サタン老師は思い出しました。

老師という敬称を得たサタンは、自分自身に起きた変化を確かめることにしました。闇エネルギーをつくろうとしても相変わらず小さじ1杯分ほどでしたが、人類がつくり出した光と闇の対立構造の中にはもう組み込まれていないということに気がつきました。

その気づきに反応するように、サタン老師が扱っていたこの世界に存在する闇エネルギーのほどんどは大きな転換を始めました。闇は光と対立するものではなく、光が有する全体性をより完全無欠の状態にするための、光自身が本質的に内包しているエネルギーとして、存在することになったのです。

それは宇宙全体が首を長くして待ち侘びた、地球史上初の大転換でした。

サタン老師は今、彼なりの「スローライフ」を追い求めて、ようやく公平な形で、光を司る天使や神と対面できることになりました。いまだかつてせめぎ合ったことのない光と闇の神々の邂逅、そして共演は、これからあらゆる形で人間の世界に表面化していくことでしょう。

人類は、これまで「闇」として勘違いしてきた物事に大きく振り回されるどころか、それが「光」であることに気がつき、思わぬ多幸感に包まれることになるのかもしれません。






今週は、そんなキンボです。






こじょうゆうや

あたたかいサポートのおかげで、のびのびと執筆できております。 よりよい作品を通して、御礼をさせていただきますね。 心からの感謝と愛をぎゅうぎゅう詰めにこめて。