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ふたり旅(京都篇)

 一月末に京都を恋人と訪れた。二泊三日の旅行だった。

一日目 嵐山

 正午、京都駅はすでに賑やかだった。どこを見渡しても観光客の姿があり、僕らと同じようにキャリーバックを引いて歩いている。髪の色も肌の色もさまざまで驚いた。

 僕らはまずJR山陰本線に乗り、嵯峨嵐山駅を目指した。乗客が多いので吊り革をつかむ。すぐそばの席で日本人らしき女性が外国人らしき二人組に英語で何やら話をしているので、雑音をかいくぐるように耳を傾けてみる(なるほど、わからん)。嵯峨嵐山駅に着いて扉が開くと、その三人も席を立って歩き出す。下車してすぐは彼らの後ろ姿を確認できたのだけど、そのうち人波に溶けて見えなくなった。

おこしやす

 嵯峨嵐山駅の階段を下ると、静かな街並みが広がっていた。観光客の数も疎らで、このルートで合っているのか不安に思うほどだった。しかしそのまま進んでみると、突き当たりに差し掛かるところでふいに喧騒が顔を見せた。街が急に色めく。観光客の数が尋常ではなく、道を進むだけで苦労する。さすが嵐山。道標に従って渡月橋を目指す。その途中で、恋人が目当てにしていた「ゆばチーズ」を食べた。湯葉というより竹輪や蒲鉾のような食感だったけれど、とてもおいしかった。

 ようやく渡月橋が見えた。雄大な桂川も見えた。鴨の群れが呑気に川で遊んでいる。俥夫(しゃふ)が人力車を曳きながら、外国語で街を案内している。人々はこんなにもザワザワと騒がしいのに、自然の方はのびのび過ごしているように見えた。

渡月橋。端から見ているときが一番興奮した

 さて、渡月橋を渡って僕らが次に向かった場所は、モンキーパークだった。「ニホンザル見られるんだ!行ってみよう〜」ぐらいの気軽さで訪れてみたのだけど、案外山道が厳しかった。普段の運動不足のせいか、それとも昨日の降雪でぬかるんだ道のせいか、ニホンザルに出会えるまでにかなり疲れた。しかしながら、体の重たさを忘れるほどに、野生のニホンザルは面白かった。他のサルに甲高い声で威嚇する者や、ひたすら地面に落ちているエサをつまんでいる者。そんな中で僕らは、えんえんと毛繕いをしているサルに夢中になった。「たかが毛繕い」と思う人もいるだろう。しかし実際に見てみると非常に愛おしい。慈愛さえ感じる優しい指の動き。「そこさっきも見てたやろ」とツッコみたくなるほど丁寧なお仕事。そして、毛繕いされる側の恍惚とした表情。本当に長い間、彼らに釘付けだった。

美容院みたい

 後ろ髪を引かれるようにモンキーパークを去った我々は、渡月橋の近くにある「嵐山亭」といううどん屋さんで小腹を満たした。それから竹林の小径を歩き(何がいいのか僕も恋人もよくわからなかった)、嵯峨嵐山駅に戻って京都駅に向かった。

 予約していた「京都新阪急ホテル」にチェックインした。貰った鍵で部屋に入り、カーテンを上げると、京都駅を含んだ街並みが視界に飛び込んできた。ひとまず、浴槽にちょっぴりお湯を溜めて、二人で足湯をした。

 日も暮れてきたので、京都駅の地下街で夕食を食べることにした。どこにしようか悩んだ結果、「北極星」でオムライスを注文した。店内は賑わっていた。僕らはオムライスのことであーだこーだと感想を述べ、しめじの柄の部分を「脚みたい」とか「どちらかと言えば胴体だろ」とか言い合った。二人とも食べ終わり、席を立つ。それなりに時間をかけて食べたはずだったけれど、僕たちがお店に入るときには既に食事をしていた人たちがまだ食べ終わらずに談笑していたので、自分たちがやけに早食いでせっかちな人間かのように思えて恥ずかしかった。

ガリ!!!!!!(なぜ?)

 ここで話は脱線するのだけど、僕は最近25歳になった。そもそも、この旅行のきっかけは僕の誕生日だった。だから、何か誕生日らしいものを買おうということで、「サー・トーマス・リプトン」というお店で苺のショートケーキを買ってホテルに戻った。

京都タワーの顔が赤らんでいた

 帰り道の途中、コンビニでお酒とお菓子を買った。部屋に戻り、窓辺から夜景を眺めながら乾杯。「Happy birthday to you」を歌い終わってケーキを食べていると、恋人がプレゼントをくれた。ゆっくりと、丁寧に、リボンをほどいてから、中を確認する。それは、僕の好きなブランドの財布だった。とっても嬉しくて、早速中身をお引っ越した(ありがとう!)。恋人の方はプレゼントのことで緊張していたようで、お酒を飲むペースを間違えてしまい、早々にベッドに横になっていた。

 僕も体が疲れていたので、布団に入った。じきに意識が深く沈みこんでいった。

二日目 清水寺、恵文社

 二日目、僕らはとんぺい焼きと塩焼きそばを食べていた。時間は既に十二時をまわっている。充分に睡眠をとり、それからゆっくり準備をしたので、朝食をとる機会を逃してしまった。京都なのになぜ「粉もん」を食べているのか?白状すれば、僕らはあまり食にこだわりがないからだ。

 腹ごしらえをした僕らは、清水寺を目指すことにした。まず徒歩で七条駅まで向かい、そこから京阪本線に乗り、祇園四条駅で下車した。改札を出て、ぶらぶらと道を歩いていると商店街に合流した。かなり長く続いている。やはりここも賑わっていたけれど、風情があり、なんとなく懐かしい感じがあった。そのまま流れていくと八坂神社が見えた。

 道行く人に釣られるように歩いていると、街の中で、背の高そうな塔が顔を覗かせているのに気がついた。思わず大きな声が出る。歩みが速くなる。突き当たりの赤い門を左に曲がると、塔の全貌が突然あらわになった。立派な五重塔だった。

京都〜って感じがある

 五重塔のあたりは活気があったけれど、そこを少し離れると、静かな住宅街に変わった。人々の生活の息遣いが聞こえてくるようだった。観光地のそばで暮らすというのはそれなりに苦労も多いだろうなと、身勝手に想像してしまった。道幅の狭いところを通っていくと、ざわざわとした空気にぶつかった。清水坂に出たらしい。さっきまでの静寂とは打って変わり、こちらは人いきれでウンザリする。飲食店や旅館、お土産屋にようわからんお店、とにかくいろんな種類の建物がひしめき合っていた。人混みを、針の穴に糸を通すように進んでいくと、やっとのことで清水寺を拝むことができた。入場券を購入し、中へと入る。

人多すぎた

 まず、恋人が祖父母のためにお守り(青龍守という名前だった)を買ったのだけど、そこでも人だかりができており、争奪戦になっていた。つづいて、おみくじを引くために列に並ぶ。前に10人ほど立っていたと思うけれど、二人で駄弁っているうちに順番が進み、自分たちの番になった。木箱をカラカラと振り、小さな穴からこぼれた棒に書かれた数字を伝えると、その数字に対応したおみくじを渡された。ゆっくりと中を確認してみると、「大吉」と書かれていた(やった!!!)。ちなみに恋人の方は「凶」でした。

 阿弥陀堂のところから、本堂と京都の町並みを望んだ。教科書やインターネットで見慣れた景色が目の前にある。静かに興奮した。それはまるで、大好きなミュージシャンのライブに行き、やっと実物を現れたときの「本当に存在するんだ…」という感慨に似ていた。目を凝らせば、遠くの方に京都タワーの姿を認めることができた。

紅葉シーズンにまた来たい

 清水寺を後にする頃、時刻は午後四時になろうとしていた。さて、これからどこにいこうか…。いくつかの選択肢で迷っているところ、恋人が「あなたのための旅行なんだから、あなたが行きたいところに行こうよ」と言ってくれた。僕が行きたいところ…。恋人のその言葉に甘えて、僕らは恵文社という書店へと向かうことにした。

 清水五条駅で京阪本線に乗って出町柳駅を目指し、そこから乗り換えて一乗寺駅まで揺られた。青白かった空がだんだん黄昏ていき、恵文社に着く頃にはもう日が沈んでいた。

 薄闇の中、恵文社は橙色の光を纏っていた。外観のお洒落さに少々圧倒されながら、扉を開けて中に入ってみる。その瞬間、二人は町のザワザワした空気から切り離され、静寂に包まれる。僕は三十分ほど店内を歩き回ったと思う。僕が普段行く書店では売られていない本がたくさんあって、その高揚感を隠しながら本を捲った。結局買ったのは折坂悠太の歌詞集だけで、それも職場の人に贈るためなのだけど、心は満足していた。近所にこんなお店があったら幸せだろうな。短い時間だったけれど、訪れることができてよかった。僕のわがままに付き合ってくれた恋人には本当に感謝している。

また行きたい!!!

 京都駅に戻ってきた。二人とも疲労感でぼんやりしていたから、ひとまずホテルの浴槽でまた足湯をした。気になる町中華のお店で晩御飯にしようと思っていたけれど、残念ながらその日の営業を終えていたので、京都駅の地下でテイクアウトしたヤンニョムチキンと、コンビニで適当に選んだカップ麺やサラダをお酒で流しこんで、溶けるように眠りについた。

三日目 京都タワー、錦市場

 最終日の朝、ホテルのチェックアウトを済ませた。なかなか具体的なところは言えないけれど、「京都新阪急ホテル」を選んで本当によかったと思うほど、親切なスタッフさんばかりで救われた。

 まず僕らは京都タワーに向かった。一階で展望台のチケットを購入し、エレベーターで移動する。展望台に着くと、京都の街並みをぐるりと見渡した。望遠鏡を覗き、今までの旅で訪れたスポットを眺めてみる。ただ、展望台で僕らが一番熱を上げたのは、サンリオのガチャガチャだったわけだけど…(三回ぐらい回した)。

恋人が撮影した、望遠鏡の中の清水寺周辺。墓が多め。

 京都駅で地下鉄に乗り、四条駅で下車した。昔来たときの記憶を頼りにトボトボ歩き、錦市場に辿り着いた。辺りは飢えた人間であふれかえっていた。その中でも特に腹を空かせている僕たちは、まず「鳥清」で鶏チャーシューを食べた。驚くほど美味しかった。お店の近くでは僕らと同じように鶏チャーシューを頬張る人たちが何人かいたけれど、それも納得だった。

皮はぷにぷに、お肉はほろほろ

 甘いものが食べたくなったので、「錦一葉&まめものとたい焼き」というお店で可愛いサイズのたい焼きを二つ購入した。こしあんバターとカスタード、どちらもそれぞれの良さがあり、初めて食べるタイプのたい焼きだったから新鮮で面白かった。あったかくてフワフワの生地も嬉しかった。

頭の方から食べました

 そのあとは「錦平野」でえび天串とだし巻き卵(九条ネギがどっさり入っていた)を食べ、まだ胃袋に余裕があったので「錦屋台村」でかにかま天を、「利兵衛」(だったと思うけど自信がない)でみたらし団子を嗜んだ。

 なんだか喉が渇いたので、錦市場を離れ、「茶寮FUKUCHA」というお店に立ち寄った。僕は煎茶を、恋人の方は宇治抹茶ラテを注文した。出された煎茶を一口飲み、衝撃を受けた。これが、煎茶なのか……?当時の僕の感想を信用するならば、お茶漬けを連想するような味だった(いい意味で)。自分の固定観念がペリペリと剥がれていくのを感じた。宇治抹茶ラテは宇治抹茶ラテだった。

怖いもの見たさでまた飲みたい

 観光らしいことはもうこれぐらいで、京都駅に戻ってからは、家族と職場へのお土産を探すのに苦労した。気がつけば両手が塞がっていた。時間にはそれなりに余裕があったけれど、高速バスの到着時刻がずっと頭の中を支配して、僕を急かした。恋人にも迷惑をかけてしまったと思う。

さよなら京都タワー、また会いましょう!

 夜の帳が下りて、高速バスがやって来た。乗り込み、席に座る。窓辺の景色が流れていく。しばらく旅の思い出を振り返ったり、お菓子をつまんだりしたあとで、恋人の方が船を漕ぎ始めた。三日間の疲れが溜まっていたのだろう。僕は窓の外をぼんやり眺めていた。そうしているうちに、見慣れた景色がやって来て、バスが停車し、乗客がゾロゾロと降りて行った。長い夢から醒めたような気分だった。僕らも体を起こして外に出て、久しぶりに故郷の空気を吸った。

おわりに

 この文章を書き始めるときには、パパッと書き上がるだろうと高を括っていたけれど、案外文字数がかさんでなかなかの長文になってしまった。読みづらい部分があれば申し訳ないです。

 京都を訪れるのは三年ぶりだった。以前はもっとのんびりとした空気があったような気がする。やはり外国人観光客の増加は著しく、人混みがあまり得意ではない僕はストレスを感じるときがあった。ただその一方で、他の人から見れば僕らも日本人なのかそうでないのか区別がつかないはずで、「(言語化しづらいけど)日本人としてこうしておかなきゃ」みたいな堅苦しい鎧をつけている必要がなかった。別段、野放図に振る舞っていたわけではないけど、正直気分は軽かった。

 最初に京都へ行きたいと提案したのは僕だった。僕のわがままを聞いてくれた恋人のおかげで、今回の旅ができた。改めて、どうもありがとう…!

整骨院みたい