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ひとり旅(大阪篇)

はじめに

 この文章を読んでくれているあなたは、Weezerというアメリカのロックバンドを知っているだろうか。職場の人に「今度ライブ観に行くんですよ」と話すと、みんな気をつかって「え、誰のライブなの?」と聞いてくれたけど、海外のバンドだと伝えるとそこから先は尋ねられなかった。そう、僕はWeezerのライブを観るために大阪へと向かった。実はもう一つ密かな目的があったのだけど、それはまたあとで。

1.到着

 平日の昼間、阪急三番街には人があふれていた。いや、休日のときに比べれば大したことないのかもしれないけど、僕にはずいぶん多く感じた。都会での道の歩き方は神経が疲弊する。自分は絶対にそこへ行くのだという強い覚悟がいる。でも旅行客だからどこに何があるのかさしてわかっていないので、結局はみんなに迷惑をかけながら道を進むことになるのだ。夏の日差しと恥ずかしさで汗があふれる。
 ライブの開場時間までまだかなり時間があったけれど、観光地まで行く度胸はなくて、すぐそこにあるタワーレコードに向かった(僕の住む町にはタワレコがないのだ)。音楽雑誌をぺらぺら捲ったり、レコードを物色したりしていたらそれなりに暇が潰せた。そこから僕は蔦屋書店に場所を移した。驚いた。なんだこれは。ドーナツのように円形状に配置された本棚、おしゃれすぎる(こわい)。少し小腹が空いたので近くにあるスターバックスでドーナツと抹茶ティーラテを頼んだのだけど、両脇の客が熱心にビジネスの話をしていたのがしんどくてパッと食べ終えて書店に戻った(ああ、慣れない)。
 少しして、友達から連絡があった。

2.合流

 久しぶりに会う友達…、これが今回の旅におけるもう一つの目的だった。僕にはインターネットを通じて知り合った友達がいるが、彼らは関西で仕事をして暮らしており、会う機会はそれほどない。そこにWeezerのライブ情報が入ってきて、僕はこれを好機だと思った。
 今回会った友達は二人いて、名前は出せないのでこちらでAさんBさんと勝手に当てさせてもらう。ごめんね。
 まずは梅田駅でAさんと合流した。午後4時半からグッズの先行販売が始まるから、合流して早速移動することになり、会場近くの桜島駅に向かった。梅田に比べればそれほど人はおらず、付近に目立った建物があるわけでもなかった。Aさんがセブンイレブンへと駆ける。ビールと揚げ物惣菜を購入し、一気に体の奥へ流し込む。アルコール、ちょっと早くない?いや、Aさんの中ではもう「始まっていた」のかもしれない…。

Zepp Osaka Bayside

 会場に着いた。グッズのために並んでいるファンはそれなりにいた。時間が来て、先頭の人から会場の中に進んでいく中、「開場の案内ができるまでは近くのコンビニには寄らないでください」とアナウンスがあった。え、どうしよう。そう思いつつも僕の順番が近づいてくる。目当てのTシャツを購入して、外へ出る。少し遅れて友達が誇らしい顔でこちらに来る。TシャツとキャップとCDを買っていた。
 時間を持て余した僕らがどのようにして暇を潰していたかといえば、会場近くのUSJ手前にある、「ユニバーサル・シティウォーク大阪」という商業施設をぶらぶらすることだった。ときどきWeezerのグッズTシャツを着た人たちとすれ違ってちょっと恥ずかしくなった。

3.開場

 開場の時間が近づいてきたのでZepp Osaka Baysideに戻ると、かなりの人数がそのときを待っていた。そして時計の針が五時半を示す頃、整理番号の呼び出しが始まった。スタッフの人は最初の方こそ前から一つ一つ案内していたが、だんだん粗雑になっていく。「100番から110番までの人〜」。僕も、人の奔流に紛れて会場に入る。
 入り口で受付をしているスタッフの人にチケットとドリンク代600円を手渡すと、代わりにコインがもらえる。そのまま前方に進むとドリンクコーナーがあり、そこでコインを缶ビールへとメタモルフォーゼさせる。客席のほうに移動するとすでに客入れBGMが流れていて、ライブの始まる雰囲気が高まっていた。
 さて、ここでもう一人の友人Bさんが登場する。といっても、合流できたわけではなく、ラインにメッセージが届いたのだ。Bさんはお仕事の都合で開演ギリギリに会場に着いたようだが、もうその頃には一階のスタンディング席はすし詰め状態だった。僕はAさんもBさんも見つけることができず、ひとり缶を開けた。つるりと喉を伝う苦い泡と水。あ〜、まじぃ〜。
 だんだんと開演時間に近づくと、客席全体のヴォルテージも急上昇する。途中、ブラーの「Song2」という曲が流れていたのだけど、周りのお客さんが全部歌い上げていて面白かった。他のバンドのライブに来ているような可笑しさがあった。つづいて、TOTOの「Africa」で観客の興奮はほぼ最高潮を迎える。胸の高鳴りが、アルコールが催す高揚感と呼応する。そして、ついにメンバーが登場した…!

4.開演

 ライブのセットリストは基本的に、彼らの1枚目のアルバム『Weezer』(ブルーアルバムと呼ばれている)と、2枚目のアルバム『Pinkerton』の曲を中心に構成されていた。僕はそれほど熱心なファンではないし、みんなが歓声を上げる場面で「あ、この曲有名なんだ」と察するときもあった。それでも、20年以上前の曲だというのに全く褪せておらず、埃が被っていないどころか鮮やかですらあった。
 ボーカルのRivers Cuomoが日本語でMCをしてくれる場面は、可愛さと微笑ましさにあふれていた。曲を書いた当時の記憶を観客と共有しながらアコースティックギターで演奏してくれた「In The Garage」は、今回のハイライトの一つだなあと思うぐらい感動的だった。

 個人的に一番強烈だったのが、「Say It Ain't So」という曲だ。サビの部分を観客に委ねられ、観客側もそれに対し容易く応じてシンガロングが生まれる。決して明るい歌詞ではないのに、高らかに歌うとやはり気持ちがよかった。 

 ロックバンドのライブに行く機会が今までなかったので、みんなの熱狂ぶりが面白かった。激しく腕を上げる人もいるし、急に叫ぶ人もいる。歌詞を全部口ずさんでいる人もいた。しかしながら、(これを書いていいのかわからないけど)ここ最近のアルバムからの曲に関してはあんまり盛り上がってなくて、勝手にさみしくなった。
 あと、僕が個人的に感じたのは「おじさんになるってそれほど悪いことじゃないかもな」ということだ。話はちょっと脱線してしまうけど、僕は「年をとること」をネガティブに捉えてしまい、こうはなりたくないなと考えることが多々ある。そんな中で、Weezerのメンバーはみな50代を迎えているのにも関わらず、あまりにも等身大で音楽を鳴らしていた。ナルシズムに陥っている様子はなく、慎ましさすら感じさせた。「自分も嫌なおじさんになってしまうのではないか」という恐怖を日々感じている僕にとって、Weezerの姿は「おじさん」のよきロールモデルになった。

5.再見

 ライブが終わり、大勢の人が会場の外へ吐き出されていく。その流れを追いながら、僕は友達を探していた。でもあまりの途方もなさに諦めかけていたところ、Aさんが声をかけてくれた。Aさんの近くにはBさんもいた。
 桜島駅へと向かう道中、二人がライブについての話をしているのをぼんやり聞いていた。どこの席で見ていたか、隣にはどんな人がいたか、リヴァースがMCで何を話していたか…。駅は混雑していたし、電車の車内は同じく窮屈していた。吊り革を掴むことができなかったけれど、体勢を崩しても真後ろの誰かの背中がネットのように作用してくれたので困らなかった。
 梅田駅に着き、長い階段をのぼる。時刻はもう午後9時をまわっていたと思う。駅構内の空いている座席に腰掛け、とりあえず疲れを手放す。Bさんがふと咳払いをする。そういえば、電車に揺られているときにも咳をしていた。体調を尋ねるとよくないという。本人は「三人でご飯をたべなから話がしたい」と言っているけれど、顔色があんまりよくないし、まだ火曜日だから明日も仕事がある。結局、Bさんとはここでお別れすることになった。折角の機会だったので惜しい気もするけれど、また何かのきっかけで会えるはず。僕はAさんと一緒に、まっすぐに改札を抜けて歩いていくBさんを見ていた。
 お昼にスタバでドーナツを食べてから何も口にしていなかったけれど、不思議と食欲はなかった。僕とAさんは駅周辺をぐるぐる巡ってみたけれど、自分が何なら食べられそうなのかわからなくて、これ!というお店を探すことができなかった。そこでAさんが、自分が何度か行ったことのあるパブはどうかと提案してくれた。お酒なら飲めそうだなあと思ったので、二人でそこに向かった。階段をのぼり、扉をあけると賑やかな声がきこえてきた。英国風のおしゃれな店内で、僕らは隅っこの席を選んで座った。
 そこから一時間ぐらいAさんとお喋りしたような気がする。アルコールで気持ちよくなったせいで、記憶の方が頼りない。それでも、話の内容は多少わかるし、初めて飲んだシャンディガフのおいしさも忘れられない。以前はもっと頻繁に連絡を取り合っていたけれど、久しくお喋りしない間にお互いさまざまな変化を経験して、今はこうやってその話題を肴にしている。それが妙に嬉しかった。終電の時間が迫ってきた。Aさんと握手をして解散して、僕もホテルの方に歩き始めた。ふと空を見ると、まあるい月が優しく輝いていた。

おわりに

 大阪から帰ってきたときには「もし感染症にかかっていたら…」と一抹の不安がよぎったけれど、特に体調を崩すこともなく、こうして旅行の思い出を記している。ライブを見た日から二週間以上が経って、もはや生々しい記憶ではない。今は友達の顔や声を思い出せるけれど、じきにそれも不安になってくるのだろう。
 よくよく考えてみると、「インターネットで知り合った友達」というのは奇妙だ。職場の人にも不思議がられた。知り合った経緯も今では明確に覚えていないし、月一ぐらいで話していたのも「よくそんな喋ることあったな」と思ってしまう。初めて会ったのは三年前の春だけど、顔も背格好もわからない相手と会うのはなかなかスリリングな体験だった。
 ライブの感想でも書いているが、今回の旅で、年をとることは別に悪いことばかりではないと感じた。友達と次に会うときにはどんな話ができるだろう。相手もどんなふうに変化しているだろう。年をとることで、いろいろな楽しみが生まれてくる。だから、友達にはどうか元気でいてほしいし、僕も頑張らないとなあと思った。平板な感想にはなるけれど、とりあえず今回の旅の記録はここでおしまいです。また今度〜!