意識的に鳥肌をたてる方法 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム⑮
鳥肌をたてる方法
「では、リストの最後、行動がなぜ、無意識のコントロールに重要なのかやってみましょう」
「はい」
先生は行動するをグルグルと丸でかこんだ…
「あなたは今まで鳥肌をたてたことがありますか?」
「もちろん」
「自分の意志で?」
「いえいえ、無意識にと言うか、反応ですね…」
「ですよね、では、通常は無意識にしか起きないはずの鳥肌を意図的に起こす実験をやってみましょう、そのペンをお借りしても大丈夫ですか?」
「…はい」
「ココにおいても大丈夫でしょうか?」
「どうぞ」
先生は私のペンを床に置いた。床に置かれたペンを二人で見下ろしているのはなんだか妙だ
「あなたはネズミの死骸を見たことがありますか?」
「ない…ですね…」
「では、想像で大丈夫です。もし、そのペンがネズミの尻尾だとすると何色だと思いますか?」
「うーん、肌色かな…」
「身体はどうでしょう?」
「灰色…」
私は先生の誘導にしたがって想像を膨らませていった。
なるほど、こうして改めて聴いてみると、先生の言葉は全てあいまいだし、実は私を誘導しながら、ほとんど命令や指示をしていない…ただ、許可を求めたり、可能かどうかを尋ねているだけなのだ…
「大きさはどれくらいでしょう…、もし、持ち上げたら、どれくらいの重さでしょう…触り心地は…?匂いは?」
「うーん、けものくさいというか…」
「死後3日たっているとしたら…」
来た!やっぱり嗅覚が私は強い
「鼻をつくような刺激臭がするかもしれません…」
鼻が反応しているのに気付いていた。
あとの想像は楽だった。
どんどんデティールが見えてくる…というか感じられる。
自分の身体が反応しているのが自覚できる。
あー、私ってこうなってたんだーと新鮮な感じがする。
「では、尻尾をつまんでその死骸を持ち上げられますか?」
でたよー、と思いながらも、慎重に尻尾の先をつまみ、ゆっくりと持ち上げる、なるべく、顔から距離を取り、眉間にしわが寄り、顔が歪んでるのがわかる、絶対に人に見せられない
「それを私にわたせますか?」
私からネズミを受取る先生の表情もひどかった。なにやら酸っぱいモノがこみ上げてくるのをこらえているかのようだ…
「では、ふたたび受取ってもらってよいですか?」
と、言いながら先生は、また、私に死骸を返してきた。
受取ろうとした、その瞬間、
先生はネズミを私に向かって、ポイッ! と、放り投げた
「ギャーッ!」
私は叫んだ
飛びのき
床をはねるネズミにのけぞった。
「アハハ!申し訳ないです・・・ただ、鳥肌はどうです?」
「…立ちました…」
危険性
「おめでとうございます!」
「ありがとうございます…」
「アハハ!すみません!ただ、私がなぜ、ネズミの死骸なんかを選ぶのか、その趣味の悪さは理解してもらえますか?」
「私たちの本能は命を守ることに敏感だからですよね…」
「正解です!危険性が増すと五感が鋭くなりますので利用させてもらいました…すいません「何しやがるんだ!」と腹も立ちましたよね?」
「はい…、見事に思考も生まれたという訳ですね…こんな事になるだろうと予想しつつも見事に経験できたので半分は嬉しいですが…」
「ありがとうございます!では、あなたがやったことを点検してみたいのですが大丈夫でしょうか?」
「もう、大丈夫です」
と、言いつつまだドキドキしていた
適切な行動
「不自然な事にあなたはペンを恐れて飛びのき、悲鳴をあげ、鳥肌を立て、飛び跳ねていました」
「ええ…」
「しかし、あの瞬間のあなたにとっては極めて自然な事でしたよね?」
「はい…ネズミの死骸だと思い込んでいたので…」
「では、このペンがネズミの死骸に見えていましたか?」
「…ところどころだけで、いえ、正直言ってほとんどペンに見えてました」
「それでいいのです。このペンの上にネズミの死骸のイメージを重ねようとする努力は止めた方が良いです」
「そうなんですか?」
「はい!そんな難しいことをする暇など無かったのではないですか?」
「ですね、つまむだけでも、角度をどうしようとか、落とさないようにしようとか、でも、あまり沢山触れたくないなーとかに必死でした」
「それが行動に夢中になっているという事ですよね。それは誰の行動ですか?」
「私の、つまり、今だと役の行動です」
「ネズミの死骸のイメージを重ねようとしていたとしたらそれは誰の行動ですか?」
「俳優ですね!」
「あなたの身体はネズミを扱うのに必死でした。表現しようとか、感じようとするのではなく、むしろ、ネズミの死骸を拒絶していたはずです」
「そうです」
「途中から鼻で呼吸をするのをやめていましたね?接触をなるべく少なくしていましたし、距離も取り、見るのも最小限にしていたはずです」
「その通りです」
「それらは、全て、目的を達成するための小さな、しかし、欠かかすことのできない行動だったはずです」
「なるほど…」
「あなたはお芝居を演じたという感覚が無かったと思います」
「はい! ただ、すべきことに集中しただけでした」
「ですね、すべきことを実際に行った。結果、感覚も感情も思考も生じたのです」
「はい、今みたいなモードで役も演じたいです」
「では、今後も行動を正確に能動的にするために障害を設定できているかを確認するようにしましょう」
「障害?」
真実感と障害
「今のようなモードになれたのは、具体的に乗り越えなければならない障害があったからです」
「気持ち悪いとか、臭いとかですか?」
「はい、障害があれば行動が能動的になりますし、身体的な感覚が常に付きまといます。また、演じているという意識ではなく、本当に何かをしているという感覚があったかと思います」
「はい、そうです!」
「それを真実感といいます。どう表現するか、何を感じるかを考えるのではなく、先ほどのように、最適の角度を探し、ペンと指との距離を測る、最小限の接触で落ちないようにつまむなど、小さな具体的な行動に集中していると、あなたの頭ではなく、身体が「私は今かなり不潔なモノを扱っているのだ」と錯覚しはじめます」
「身体を上手にだますとはそれの事なのですね」
「それらの障害を乗り越える行動を正確に実行し続ければ、身体は状況を信じ続けます。頭で状況を覚えておく必要は無いのです」
「なるほど!頭ではペンだと認識しつつも身体はすっかりネズミの死骸だと信じ切っていたのですね。だからあれほどの瞬発力で飛びのけたし、あれほど声がでたのは久しぶりかもしれません…」
「まとめると、
言葉の使い方で上手く想像の世界に入り、
五感を通して臨場感を身体に味わい、
もし、~だったらの世界の中で、
実際にやるであろう正確さでそのものを扱うのであれば、
ネズミの幻想を見る努力をする必要なく
あなたの身体はおぞましいモノを扱っているという物語を経験し
その文脈のなかで事件に対して反射的に反応が起きてしまう
という事です」
私はさっきまでネズミの死骸だったペンで必死にメモった
観客の感動・関心のまとは行動
「テイク1のあなたは背中でドアまでの距離を測っていました。恐らく何かあった時に逃げられるようにでしょう」
「あああ、そうだったかも知れません…」
「ところが、2回目はその行動は無く、頭で恐怖を再現しようとしていました。まさに状況を演じているだけでした」
「なるほど、恐怖は感じていましたが、目的がありませんでした」
「また、テイク1ではその身体の感じている恐怖を勘違いだと言い聞かせて、私への信頼を回復しようと必死で平気になろうと意志が働いていました」
「ええ」
「テイク2のあなたは恐怖を感じようとすることに必死だった」
「そうなんですね…」
「恐怖を思い出すことに必死だとあなたの本能はなんと解釈するでしょう」
「…」
「「暇なんだね。呑気だね。平和だね」…です」
「そっか、本当に危機にある人は恐怖を思い出そうという行動なんかしませんよね」
「だから演じている最中にのんびり過去の事など思い出すべきではないのです!」
「はい」
「状況は身体にまかせてあなたの意志はその状況を乗り越える行動に専念するべきなのです。観客はあなたの感情に感動したりしません。観客は行動を通して垣間見えるあなたの意志にこそ感動するのです」
「観客の感動のまとは行動でしたね…」
「さて、あなたのネズミの死骸への反応は大変自然で良かったです。しかし、私たちは自然でさえあれば良いのではありません。「もっと派手にやって欲しい」あるいは「涙目で…」と監督からオーダーが来た時にはどうすれば良いのでしょうか?」
そうだ、私たちは偶然できた野生のリンゴに満足するのではなく、決められたタイミングで、リクエストされた色と量の生きたリンゴを提供できて初めてプロなのだ…
「その秘訣を次回のレッスンでみてみましょう!」
学んだ理論がそのまま身体で納得できていく。
今まで少しは演技について色々と分かっているつもりでいた事が、実は全く腑に落ちていないどころか、足かせにさえなっていたのに改めて驚く。
頭でも身体でもドンドン納得していける。
こんな演技体験は初めてだった。
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