話さない子が話し出す瞬間

に立ち会えることがあります。
小児を対象とする言語聴覚士をしていると。

言語聴覚士は、何らかの理由でコミュニケーションに障害を抱えてしまった人を支援するお仕事です。成人〜小児まで守備範囲は広いのですが、大抵は成人のみを診ている、小児のみを診ているという形で分業されています。

私のように小児を対象に仕事をする場合は、言葉の発達に支援が必要な子どもに出会う機会があります。たとえば以下のような場合。

話し始めがゆっくり、発音が不明瞭、こちらの言っていることの理解が難しい子

一般的に、赤ちゃんが最初に言葉らしい言葉を発するのは1歳になった頃(まんま!ぱぱ!など)。しかし、私達が関わる子どもたちの中には、6歳になるまで全くことばを話さないという子もいます。親御さんから、うちの子は一生喋らないんでしょうか?と相談を受けることも珍しくありません。

今日のお話は1歳の子ども達の話ではなく、「わりと長い間無言を貫いてきた子どもが話し出す瞬間」を指しています。

私が言語聴覚士という仕事をしていなければ、おそらく、こんな立会い経験はあまりないのかもしれないと思います。

なんだかお産みたいな言い方になってしまったけど(笑)
子どもが話し出す瞬間には、お産に負けず劣らず、人の心に一筋の光が射すような希望があると私は感じています。

数年前、私は1人の6歳の自閉症スペクトラムの子と出会いました。その子は大人の言ったことに合わせて行動することができ、ある程度の言葉理解はできている様子。知能も飛び切り幼いわけではない。でも、話さなかったのです。唯一発する「ママ」いう言葉以外は。

では、これまでどう生活をしていたかというと
欲しいものが高所にあり手が届かない時は、大人を現場まで連れて行きアピールをしました。大人が忙しそうにしている時はなんとか自分の力で取れる方法を考えていました。一言「とって」とは言わなかったのです。

言葉がでない原因というのはいくつかあり、なぜ出てこないのかを分析するのが言語聴覚士の役割の一つです。

いくつか原因がある中で、私の見立ては「言葉の便利さをしらないこと」でした。

言葉は手が届かないものを人に取ってもらえるような‘‘便利な力’’があります。目に見えないけれど人を動かす力。言葉を獲得することで、小さい子どもはできないことを人に頼みながら成長していきます。獲得しないと不便さも生じます。

一般的に自閉症スペクトラムの子ども達は目に見えないものの理解が難しい子が多いとされていて、それ故、音声言語(言葉)の獲得スピードがゆっくりなことがあります。言葉は目に見えない、発した瞬間に泡のように消えてしまうもの。だから言葉の便利さを学習できない場合があるのです。

だから私がしたことは1つだけ。
言葉の便利さを教えてあげることです。

まずは私が見本をみせたり、一緒にジェスチャーとともに言葉を教えました。
「ちょうだい」「とって」と言葉にできたことで‘‘初めて’’大人が動きます。大人はなんとなく本人のしたいことが汲み取れたとしても、やってあげずに少し我慢します。
これまでその子は無言で人を動かせていたので(大人が本人の意図を上手に汲み取ってくれることも含め)最初は互いに忍耐勝負なのです。

今回の場合、子どもは見事その不便さを乗り越え、様々な望みを言葉で伝えてくれるようになりました。

ちょうだい、お菓子(たべたい)、わんわん(いたよ)など。

数年後には「まま えーん なく」「ごはん食べて お風呂入る」などたくさんたくさん。ずーっとしゃべっているものだから、寝る時以外ずっと喋ってるんですよ!とお母さんが苦笑するほどにまで。

子どもが話さない原因は多岐にわたるし、これはほんの一例です。
同じ自閉症スペクトラムでも性質、環境、学習の経過、身体の様子など様々な要因により十人十色です。

その子が話せない原因を考え、どのような接し方で言葉を伸ばせそうかを一緒に考える、それが言語聴覚士の大切な役割でしょう。

奇跡的な「立会い」をさせてもらえる言語聴覚士。
難しさはあるけれど、私はとてもやりがいを感じています。

※ちなみに、私たちは仕事上言語機能の評価や分析はできますが、病名などの診断は医師のみ実施できます。また同職種以外の方もこの記事を読んでいただくことがあると思うので、専門的な用語を私なりに置き換えて表現しています。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?