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聞いてみたいことがある

久しぶりに朝ごはん用のスープ以外の料理を作った。

沸騰した鍋に冷凍庫で眠っていたネギの青いところと料理酒をちょろっとかけた鶏胸肉を入れ、余熱で火を通す。
その間に5本で80円だったにんじんの皮をむき千切りにする。途中からどんどん太くなるけど多少食べ応えがあった方がいいだろうとまちまちの太さのものをジップロックコンテナに投げ入れていく。3本切ったところで容器がいっぱいになったので軽く塩をして40秒電子レンジにかける。正直この秒数はなんでもいい。冷たい野菜が苦手なのでサラダの味付けをする際も常温まで温める癖がついている。
めんつゆとマヨネーズとツナで和えるつもりだったけど酸っぱいものが食べたくなったのでオリーブオイルと調理酢に路線変更する。この味付けにするのならもっと細く切るべきだったと思うが後の祭り。熱いうちに酢をかけると酸味が飛んでしまうので少し置いておく。

次は180円で積まれていた立派なれんこん2節を2本。正しい数え方がわからない。皮を剥いて少し厚めの半月切りにする。全部だと流石に多いので1節は汁物に入れるサイズに切り今度は袋型のジップロックに入れ冷凍庫へ。
フライパンが温まりごま油が回り始めたところでれんこんを入れる。イヤホンで音楽を聴いていてもわかるくらいバチバチッと音がして水と油が反応する。塩と料理酒を適量、火が通ったら黒胡椒をガリガリとかけて完成。れんこんが少し焦げた香ばしさと黒胡椒の抜けるような香りが鼻に届く。

八百屋で買った白菜はスーパーで買うそれより分厚く、水分量の関係なのか切ったそばから反って自分勝手にまな板の上から出ていってしまうほど元気があった。えのきと一緒にスープにするので千切りにする。火の通りが早いのと味がなじみやすくて最近気に入っている。いつも繊維に沿って切っていたけど多分繊維を絶つように切った方が良い気がする。次はそうしてみよう。

鍋から鶏胸肉を取り出し薄切りにしたら茹で汁ごと保存しておく。これで残業中小腹が空いた時もお菓子を食べ過ぎなくて済む。
残った茹で汁を沸騰させて灰汁をとったら先に切っておいた白菜とえのきが浸るくらいの水と料理酒、みりんも気持ち入れて塩を振って蓋をする。しばらくして味見をしたらネギの青臭さが気になったので打ち消すためにチューブの生姜を5センチくらい入れる。それでもいまいち味がぼや〜っと散らばっていたので醤油を数滴。輪郭が見えたので終わり。冷めるときっともう少しはっきりするはずだ。

皿まで洗い終わると1時間半ほど経っていた。iPhoneを見ると母から誕生日おめでとうとのLINE。

文藝春号のイ・ランのエッセイを読んでから母に聞いてみたいことがある。影響を受けたというより彼女の文章がきっかけで思い出したのだった。多分ずっと聞いてみたかった。自分を知る延長としてじゃなく、一番身近な大人として。
母と同じ立場になった時に、つまり自分の家族を持った時に聞くのが一番美しいのだろうけど、そんな瞬間は来なさそうなので準備が出来たら聞いてみたい。美しさなんて知るか。

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松田青子の掌編集「女が死ぬ」を週末から読んでいるので上の文章はめちゃくちゃ影響を受けている。恥ずかしいくらい。
その中のひとつ「男性ならではの感性」はどこかで読んだことあるな…あ、ニャーゴ水だ!とひとり思い出して少し嬉しくなった。

ということは単行本が出たのは2016年なのかな。著者の他作品を読んだことがあるし、表題作の「女が死ぬ」もどういう観点で評価されているかなんとなく知っていたので驚きは少なかったけど、2016年の当時読んでいたらどんな風に感じただろうか。スムーズに受け入れられていただろうか。それとも衝撃を受けたのかな。

時を超えた名作などとよく言われるけど、やはりその時に読まないといけない作品も間違いなくある。
自分も社会も変わり続けているから、今目の前にある断面を逃すと同じものは二度と来ない。

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