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たまには戯言。

写真家とは一生写真を撮り続ける者のことをいう。途中で辞めたとしてもまた戻ることがあればそれは写真家である。
そこにはプロもアマもない、サラリーマンが突然直木賞を受賞して有名な小説家になったとしても、その人は受賞する前から、すでに小説家なのである。

もしも、この世に一冊の写真集でも放ったのであれば、一生写真家として生きて行くのが理想であろう。とはいえ、それぞれが職のプロである前に一人の人間だ。飯も食べなくてはいけないし、家族持ちは養っていかないといけない責任がある。親はくたばりだして予想もしてないところから金が羽生やして飛んでいく。それでも迷うことなくお金があるなら助けるのが親子である。なぜなら「お世話になったから」である。自分が好きな仕事に需要がなくなれば違う仕事をしてでも生きていかないといけないのが人の道だ。

俺は、20代の頃から目上のおっさん達を尊敬するようにしていた。もちろん3割くらいはロクデモナイおっさんはいる。それでも自分より苦労もしてれば歯を食いしばりながら生きてきた先輩が多数である。中には雲のように自由なおっさんもいる。俺がそういうタイプの人間だ。俺みたいに自分に好きなように生きてる人間からすれば、自分を犠牲にしてでも一生懸命誰かのために生きてる人は文句なしに尊敬する人に値する。それが傍目から見たらダサいおっさんでもだ。ある意味強いからだ。俺は幸いにも子供達と仲が良いのと尊敬もされてるような気もする。(というか、そういうことを普通に言われるからそうなのであろう)が、もしも「は?なんなんおまえ?」なんて子供が言ってきたらボコボコにする。それは親として当たり前だと思ってる。自分で自立してもないのに舐めた口を聞く子供をヘラヘラと見過ごすわけにはいかないわけである。

もちろん、今の所そんなことは一度もない。

なんとなくだけど、おっさん達はもっと自信を持っていいと思う。家族があるなし関係なく、会社で楽しいことも腸が煮えくりかえる時も、10年、20年、30年と働き続けることの持続力を。それって一言で言うと責任やし逃げなかったってことやろ?逃げたくても、親もいれば子供もいたりして、守るものがあったからやろ。立派やん。って思わへん?

俺は自分に自信満々だから我慢せずに好きな仕事をして好きに生きてきた。じゃあ定年まで同じ会社で働き続けることができるかと言われたら俺には絶対無理なんよね。弱いから。だから、会社員をバカにする人を見てるとほんとこいつダサいなー、うんこ。って思うねん。自分が生かされてるってことに気づいてもない。

自由に生きるには自由に生きる責任がある。隣の芝は青いのと同じで、理想の生き方に見えたりもする。それができる人間もまた少ない。俺が自由に生きていけてるのは人に生かされてるからである。そして、まずは自分にはできない生き方ができる人を尊敬することだ。常に自分に自信を持ちながらも人を貶すような発言はしてはならないと思ってる。だって、人間って生きてるだけで偉いんだから。

SNSでは「老害」なる言葉を使う人が多い。おっさんは若者に媚を売る人も多くなってきた。悲しい現象だ。

俺は、なんかそれちゃうくね?って思ってる。もっと自信持って生きようぜ。おっさん達よ。自信を取り戻すのだ。

ということで、写真家の話をしてたのにかなり脱線してしまった。

以上。今年初の久しぶりの更新でした。

では、また。

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