見出し画像

初夏のパリ、喧騒と音楽と誰かの想い。


初めてパリに行ってきた。

彼女とふたりの五泊八日の旅。最大の目的は、辻仁成さんのオランピア劇場での単独ライブを観戦することだった。

エディット・ピアフもビートルズもステージに立ったシャンソンの殿堂で、辻さんは二時間近く、まさに熱唱した。会場はほぼ満席で、日本人だけでなく地元フランス人からも温かい声援が沸き起こった。

これほどまでに親密さに溢れたホールを、僕は知らない。まるで観客一人ひとりが辻さんの体のどこかに触れているような感覚だった。

終演後、近くのホテルで行われた打ち上げに特別に招待していただいた。

NHKヨーロッパ総局の有馬アナウンサー、デザイナーのコシノジュンコさんらが居並ぶ中、僕は辻さんと初めて言葉を交わした。

「あれ、もっと若いかと思っていたけど、よく来たね。また、なにかやりましょう」

その言葉を聞くために、はるばる20時間かけて飛んできたのだ。大きなことを成し遂げた後の彼の笑顔を、僕は大事に胸の中にしまい込んだ。


オランピア劇場の入り口


 翌日から美術館とコンサートホール巡りが始まった。

オペラ座(ガルニエ宮)では、トーマス・アデスの最新バレエ「ダンテ・プロジェクト」を観た。ダンテの「神曲」にちなんだ、パリ・オペラ座とロンドン・コベントガーデン共同制作のバレエ。第1幕「地獄」は現代音楽、第2幕「煉獄」はシナゴークの祈りのミサ。とくに第3幕「天国」の希望に満ち溢れたミニマル・ミュージックは感動した。

それにしても、あのオペラ座の豪華な部屋の数々はなんという贅沢さだろう。「本当にオペラ座の怪人が住んでるみたい」と、彼女は何度も感嘆のため息を漏らしていた。

超近代的なフィルハーモニー・ド・パリでのパリ管弦楽団の定期演奏会も思い出深いものになった。

指揮者は若き音楽監督クラウス・マケラ。ソリストにソル・ガベッタを迎えたショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲第二番」もすごかったけれど、圧巻は後半のウォルトンのオラトリオ「ベルシャザールの饗宴」。100人近い合唱団の圧倒的な声の力に最初からやられてしまった。こんなに心が震えたのは近年ちょっと思い出せない。これほど野心的なパリ管を身近で聴けるパリ市民は本当にうらやましい限りだ。


シャガールによるオペラ座の天井画


 パリの街は予想以上に古めかしく、路上では至る所でタバコの匂いがし、絶えず誰かが叫び、全速力の自転車に何度も追い抜かれた。

気がついたのは、アフリカ系の人たちがとても多いこと。彼らはきちんと身なりを正し、男も女も実にスマートだった。

デパートやレストランに、日本人スタッフが常駐していたことも驚いた。僕らが店内掲示板を見ていると、「何かお困りですか」とすっと寄ってくる。最後の晩の、サンラザール駅近くのレストランにいた彼女。丁寧にメニューを説明しながら、「パリはいまがいちばんいい季節。6か月間、太陽が隠れていましたから。毎日、日差しが強いですけど、この時期どれだけ日焼けしているかで、パリっ子の懐具合がわかるんです」と教えてくれた。
 

多くの民族が共存しているパリで暮らし、自分の夢を追いかけ続けることは、並大抵の苦労ではないはずだ。

パリで出会った人たちの横顔を思い出しながら、僕もまた新たな一歩を歩んでいこうと思う。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?