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ワーグナーはハイライトに限る!


巨大すぎてなんとなく先送りにしていた作曲家、ワーグナーについて書いてみたい。

僕は決して熱心なワグネリアンではない。その楽劇を生で観たのは「ラインの黄金」と「ワルキューレ」と「トリスタンとイゾルデ」だけ。本当は「タンホイザー」も「ローエングリン」も「ニュルンベルグのマイスタージンガー」も観たいのだが、なかなかその機会がない。

なにぶん長いし、チケット代も高いし、「もしかしてこれ、退屈かも」と思うこともしばしば。録画していて結局観ないままのバイロイト音楽祭が山のようにあるほど。

だけど、そのシーンごとの音楽の魅力は圧倒的だ。

だから僕は、いくつものハイライト版でワーグナーをコンピレーション的に楽しむことにしている。

とくに大好きなシーンをいくつか紹介したい。

まずはなんといっても「ワルキューレ」の第一幕のフィナーレ。双子の兄妹であるジークムントとジークリンデがお互いに惹かれ合い、ついには事実を知ったうえで抱きしめ合う。あの最後のオーケストラのパッセージは何度聴いても鳥肌ものだ。

ワルキューレ

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第三幕のフィナーレも素晴らしい。優勝したヴァルターを戒め、ドイツの芸術文化の繁栄を願うハンス・ザックスに彼を称える合唱がこだまする。アマチュア合唱団の一員として、実際にサントリーホールでこの場面を歌ったことがあるのだが、大好きなライトモチーフが重なり合って盛り上がっていくフィナーレは本当に魂を持っていかれそうになったものだ。

「タンホイザー」の「夕星の歌」、「トリスタンとイゾルデ」の「愛の死」、「ローエングリン」の「第三幕への前奏曲」、「神々の黄昏」の「ジークフリートのラインへの旅」。子どものころからいったいどれほど聴いたかわからない。クラシック音楽のひとつの完成形あることは、まず間違いないだろう。


以前、ひとりでウィ―ンに行ったとき、当日券でウィーン・フィルのリハーサルのチケットを手に入れた。

ワクワクしながらムジークフェラインザールの三階席に上がった。席はほぼ満席で、ところどころに日本人観光客の顔も見えた。

オケの面々はみんなリラックスムード。さて、誰がタクトを振るのかなと思っていると、上手から意気揚々と登場したのはロリン・マゼールだった。

彼は客席のほうはチラリとも見ず、いきなり壇上に上がってタクトを振り下ろした。ピアニッシモで奏でられるさざ波のような分散和音。「ラインの黄金」の最初の前奏曲だった。

ところが前奏曲が終わっても曲は脈々と流れていく。神々がワルハラ城に入り、ワルキューレが登場し、ブリュンヒルデがウォータンに眠らされ、森がジークフリートにそっとささやき、ブリュンヒルデが目覚め、ふたりは恋に落ち、ラインへと旅立ったジークフリートをハーゲンとグンターが待ち伏せ、ジークフリートは死に、ブリュンヒルデの手によって黄金の指輪はラインの乙女たちに戻される。

要するに「ニーベルングの指輪」全編がよどみなくオーケストラのみで演奏されたのだ。その間、一時間半足らず。ほとんどオケを止めずに最後まで降りとおしたマゼールは、今度も客席を振り返ることなく足早に上手に消えてしまった。

あとで調べた。これはマゼール自身が編曲した「言葉のない指輪」という曲だった。ベルリン・フィルとのCDが発売されているから、是非聴いてみてほしい。ワーグナーのエッセンスをシンフォニックに体現した、これは新しいアプローチのひとつだと思う。

マゼール

いつかはバイロイト音楽祭に行って、あの広大な広場に寝そべってワインでも飲んでみたいと夢想する。でもやっぱり、暗い劇場に入って固い椅子に座り、あの物憂い音楽が始まるとまず確実に寝てしまうんだろうなあ。

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