[短編小説]幽霊

 ある日の夜、わたしは自分の部屋の机に向かって小説を書いていた。一段落ついて、一息ついたあと、椅子から立ち上がって後ろを振り向くと少年がいた。わたしのことをじっと見ている。

「こんばんわ」

 わたしは、彼に声を掛けた。十歳くらいの少年である。何も反応しない。ちょうど、リビングに向かう出入り口のドアの前に立っているので、わたしは部屋を出ることが出来ない。

「そんなところに、なぜいるの? ここは、あなたのお家ではないよ。君は誰かな。名前を言えるかな?」

「幽霊」

 少年は、ぼそっと言う。

「えっ。なんか言った?」

「幽霊です。お化けです」

 わたしは、やはりなと思った。近頃、このようなことが起きていた。先週は、七〇代の老人が同じ場所に立っていたことがある。

「そう。なぜ、ここに来たのかな?」

「ここに来ると、助けてくれるって聞きました」

 わたしは息を吐く。そんなことより、台所にいってコップ一杯の水を飲みたいと思っていた。やれやれと思いながら話しかける。

「変な噂が広がっているね。僕は、ただ目の前に現れる幽霊の話を聞いていただけなんだけどな」

「そうです。話を聞いてほしいのです。でなければ、浄化できません」

「そんな小さな子供に言われてもね……。なにが起きたの?」

 わたしが尋ねると、少年は笑顔になって話しかけてた。

「僕は、交通事故で死にました。公園の入り口で一人で遊んでいたら、バスが突っ込んできたのです。運転手の居眠り運転でした。死んだあと、僕は天界から地上の様子を見ていたのですが、両親がとても悲しそうにしていました。なので、頼みがあるのです」

 少年は、ポケットから一つの封筒を取り出した。

「これは、なに?」

「手紙が入っています。これを、僕の両親に届けてほしいのです」

 わたしは、苦笑いした。

「それだけなら、頼みを聞いても良いよ。両親は、どこにいるの?」

「同じマンションの三階に住んでいます」

「近いね。それじゃあ、請け負ったよ」

 すると、少年は花が咲いたように笑顔になった。

「ありがとうございます。噂通りの人でした。たくさんの幽霊が、ここに尋ねる理由もわかります。最後に、聞きたいことがあります。僕のこと怖くないのですか?」

 わたしは、黙って考える。

「そうだね。僕は、幽霊は怖くないよ。恐怖とは、そういうものが現れる原因に対して感じる心の動きのことをいうんだよ。幽霊そのものに怖さない。だって、もともと生きていた命だからね。それに、すべてのものは平等で、同じ魂を持っているって思っているから」

「そんな……。そんな風に幽霊を見る人がいるなんて始めて知りました」

「僕は、自分の目の前に幽霊が現れる原因はわかっているつもりだよ。だから恐怖は感じない」

 わたしは、笑って言う。少年は口を開いた。

「ここに来る人は、それを知るから、天界に戻ることが出来るのですね。これで、僕も安心して天国に行くことが出来ます」

 少年は笑顔になったあと、姿を消した。わたしは、すぐに玄関から外にでて、マンションの三階の指定された場所に向かった。303号室だった。インターフォンを押す。すると、女性の声が聞こえた。

「夜に、すいません。ちょっとお届けものがあります」

 ドアを開けて女性が出てきた。

「なにかご用ですか?」

「これを渡したくて」

 わたしは、手紙の入っている封筒を彼女に渡した。

「これは……?」

「天国からの手紙です。息子さんは、近頃亡くなったと聞いて。生前に、書いてあった手紙を近所で見つけたのです」

 わたしは、息子の幽霊が持ってきたと伝えると怪しまれると思い、このように伝えた。

「そんな……。こんなものがあったのですか?」

「はい。たまたま見つけましたのです」

「ありがとうございます。読んでみます」

 そう言って、彼女は手紙を受け取り、お辞儀をしたあとドアを閉めた。わたしは、マンションの廊下を歩き五階にある自宅に向かう。人の役に立つことは嬉しい。

 ここ最近、幽霊に会ってばかりで執筆が進んでいない。締め切りが近づいている。人助けをすることできたが、自分の小説を書き進めていないことに気づくと、わたしは焦っていた。早足になって、家に戻る。これで執執筆に集中できると思った。

 家の目の前につき玄関のドアを開けると、目の前の廊下にスーツを着た四〇代くらいの男性が立っている。わたしは、やれやれと思いながら靴を脱いだあと彼に向かって声をかけることにした。

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