夢を見たから(ショートショート)
「俊一、そろそろ起きないといけないよ」
と母に声を掛けられて、僕は目を覚ました。そして、ベッドの上に起き上がって首を横に振る。どうもこの頃、よく眠れていない。夏が近づいてきて暑い日が続いたせいなのかもしれない。明らかに眠りが浅かった。そのため毎晩のように同じ夢を見ている。
夢の中で、見知らぬ街にいた。街のちかくには白い浜辺があって海が広がっていた。そこから、遠くに広がる水平線を眺めると、青い空と海が一体となって美しく広がっている。その光景は、いままで見たことないような景色だった。夢を見ながら、どこにいるのだろうと思う。以前に行ったことある場所なのかいろいろと考えるが、実際に見たことのある景色ではなかった。
しかし、これは夢だし、夢にはもっと変な景色があらわれることがある。だから、見知らぬ街や光景についてあまり気にしていなかった。そうはいうものの、気になることがないわけではなかった。夢の中に、一人の青年が現れた。年齢は、僕と同じくらいだった。いつも二人で海の近くにあるベンチに座って、その青年が僕に対して親しげな口調で一方的に話しかける。語っている内容についてはわからない。活発で元気に語っている様子は認識できた。
どこかで会ったことある人なのだろうかと、朝に目がさめるたびは考える。でも、心当たりはなかった。夢の中で会う度に、その青年と仲良くなっていたのだが名前を知ることができなかった。
目を閉じて、夢の続きを見たかったが、二度寝をすると学校に遅れてしまう。僕は、立ち上がるとすぐに制服に着替えた。朝食を食べて高校に向かった。
「最近、同じ夢を見ているんだよね」
昼休みに弁当を食べているとき、僕は友人の雄介に言った。
「どんな夢なの?」
「会ったことのない青年が、一方的に笑顔で語りかけてくるんだよね。話している内容はわからない。彼はときどき笑顔を見せるんだけど、その表情が印象的でね。覚えている範囲で似顔絵を描いてみたんだ。こんな顔なんだけど知っている?」
僕は、ノートに描いた似顔絵を雄介に見せた。
「知らないな。この学校にはいないと思うよ」
「そうか……。どこかで会ったことがある気がするんだけどね」
「気にする必要ないと思うよ。眠り浅ければ、病院に行って治療してもうことも必要だよ」
「そうかな……」
「期末テストも近いんだし、勉強に集中しないと」
僕は、それ以上何か言うことはできなくなった。もしかしたら、雄介の言ったように病院に行った方がいいのかもしれない。でも、そこまでは気が向かない。薬を飲むなんて考えられなかった。
二週間経って一学期が終わる日になった。そのあいだ、相変わらず同じ夢を見ていた。期末テストの成績は、睡眠不足の影響で下がってしまった。でも、この日で宿題や予習からは解放される。すこし気分が解放されると思いながらホームルームを過ごした。チャイムが鳴ると、僕は校舎を出た。いつもなら雄介と一緒に帰っているのだが、放課後に先生に用事があるからと先に帰っていいよと言われてたので、一人で帰宅をする。
正門を出て左に曲がり真っ直ぐ進むと交差点がある。信号が青だったので真っ直ぐ進もう思ったら、右側に人影を感じた。ふと僕は立ち止まり横を見ると、夢で会った青年がいた。彼と目が合うと思わず
「あっ」
と声が出た。すると、キーーーーという甲高い音が聞こえた。すぐに僕は音のがした前方に視線を向ける。大型トラックがとてつもないスピードで目の前を通るとブレーキを駆けながら向こう側の車線の電柱にガチャンという重々しい音を立ててぶつかった。
トラックの前方は電柱に食い込んでいる。トラックに人が当たって負傷者が出ている、といった様子はない。僕は、目の前の景色に唖然する。口があんぐりと開いてしまった。その瞬間、はっとした。あの青年はどうした、と思って視線を横に向ける。誰もいない。
「おーい」
後ろから声がした。振り向くと、雄介が走って向かってきている。
「何か、鈍い音がしてね。思わず急いできたよ。俊一、大丈夫か?」
「俺は、大丈夫だよ。それより……」
「どうかしたか?」
「さっき、そこで青年を見たんだよ。そのあとに、トラックが目の前で凄いスピートで目の前にとって電柱にぶつかった」
「会えたのか? それは良かったな。その人は、どこにいるの?」
雄介は声色を高くして言った。
「いや、それが気づくといなくなっていた」
「え? どいうこと?」
「夢の中の青年に会ったと思ったんだけどすぐにいなくなったんだよ」
「見間違いじゃなかったんじゃない?」
「いや、いたんだよ。確かにこの目でみた」
「もしかしたら、その青年が救ってくれたのかもしれない。トラックにぶつかった可能性があったかもしれないからね」
「夢をおかげだ」
僕は、思わず微笑む。するとトラックから運転手が出てきて携帯で電話をかけ始めた。申し訳なさそうに警察に報告をしている。
「ちょっと、ここは危ないから遠回りをして帰ろうぜ」
雄介がそう言った。僕は、雄介のあとに続いて歩きながら大きく息を整える。九死に一生を得た。もしかしたら死んでいたかもしれない。そう思うと、心臓の鼓動がきこえてきた。ふと、視線を上に向けると、空は雲一つなく青く美しく広がっている。この日以降、僕は例のあの夢を見ることはなくなった。 了
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