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講演会の謝礼(パンドラの箱?)


今回はちょっとみんなが言いたいけど言えない、聞きたいけど聞けない、そんな講演会の謝礼について考えをまとめてみた。


日本でもドイツでも、講演会は存在する。
あるテーマをもとに、座長・講師を招聘して講義をしてもらい、それをもとに議論をしていくものだ。学術的な知識の教育や発展を目的とするほかに、講演会をスポンザリングする企業の宣伝という意味もある。

さて、講演料や座長に対する謝礼。これは製薬会社なのか、治療デバイスの企業なのか、あるいは一般法人なのかで異なる。

治療デバイスの企業が比較的高く、製薬会社そしてその他法人と続く。
例えば製薬会社主催の講演会の座長、という状況
教授クラス: 12〜15万円
准教授: 7〜10万円
講師・助教: 5〜7万円 
 
というところだろうか。

ちなみに、座長の仕事はよく「座っているだけ」と揶揄されたりするが、まあそんな事はない。会を盛り上げ、参加者とInteractiveな形に持ち込んだり、演者の話を噛み砕きながら話を発展させたり話を別の参加者に振ったりしつつ、結語へ導いていく感じだ。そしてもちろん時間管理も大事。

・・・話を本題に戻そう。

たとえば製薬会社主催の講演会の演者、という状況
教授クラス: 10〜12万円
准教授: 5〜7万円
講師・助教: 3〜5万円

たとえばその他法人主催の講演会の演者、という状況だと
教授クラス: 不明
准教授: 3〜5万円
講師・助教: 1〜3万円

という感じ。 

なお、座長と同様に、企業法人が主催あるいは共催している会でなければ謝礼はない。

で、ここから本題に入る。

問い1: なぜ講演料が役職によって変わるのか?

疑問に思わないだろうか?
なぜ講演料が役職によって変わるのか。
なぜ教授が講演者だと10万円で、助教だと3万円なのか。

結論から言うと、1. 知的財産や経験と2. マーケティング力の違いだ。

研究会や講演会の目的は、知的財産や経験の共有、あるいは会社・製品のマーケティング、に他ならない。大学機関や非営利団体としては前者の重きが強く、製薬会社・治療デバイス業者にとっては後者の意味合いが強くなる。いずれにしても講演会の目的は最終的には「マーケティング」になる。つまり、金儲けだ。これは企業として正しい。逆に言うと、「マーケティングや営利につながる見込みのない講演会はやらない」になるだろう。

アカデミアや医師が主導して研究会や講演会を主催する場合には、このマーケティングを取り入れることで企業からのスポンサーを得て、講演料を支払ったりしている。


-その領域で研究・業績・経験を重ねてきた教授や科長と、駆け出しの若手では、
知的財産や経験の量が違い、従ってそれに対する対価が異なる。

-そして座長や講演者が
知名度のある、あるいはその領域で業績を重ねてきて、発言力のある教授と、
まだ知名度は少なく、業績は駆け出しで、発言にそこまで力がない助教で、
講演会の集客が異なり、それに伴う企業や製品のマーケティングに差がでる


そのための講演料の差額を追加投資することは、企業にとって十分お釣りがくる計算
となるだろう。 

学会でのシンポジウムなどで、著名な講師を呼ぶのもこのためだ。その講演を目当てに参加者が増え、参加費がより多く徴収できる。学会が活発化するなど、二次的効果も見込めるだろう。企業にとっても、よい宣伝効果が得られる。

なお、非営利団体の場合、この枠からは外れる。


逆に、稀ではあるが、営利団体主催であるのに講演料が出ない講演会もある。

つまり、
講演料なし = 1.) 知的財産や経験がそこまでない or 2.) マーケティングや営利につながらない
 
という解釈になる。


ここで生まれる疑問は、1. の場合「ではなぜ講演依頼をするのか」であり、2.の場合「ではなんのための講演会なのか?」である

1.の場合、著名な先生がその若手を引き上げるためにやっているのかもしれない。
2.の場合は理解に難しい。営利団体である法人が「マーケティングや営利につながる見込みのない講演会」をやっているのだとしたら、それはビジネスになっていない。座長と講演者に謝礼、そして被雇用者に給料を払い、講演会をもとに企業や製品のマーケティングに繋げ、会社の増益を図る算段をするのが、オーナーやマネージャーの仕事だろう。

もしそのような算段なく、ビジネスのサイクルがなく、今後発展させていく夢や展望もなく、タダで無料の講演会をやっているとしたら、それは趣味だ。。。

ここまで読んで、金にガメツイやつだな、と思った方もおられるかもしれない。
しかし海外で働いている人のほとんどが

「日本は無償の労働が欧米に比べて多い」

という感覚を持っている事を知ってほしい。おそらくやりがいや生きがいというのに重きを置く文化、金銭的な交渉を好しとしない文化、年功序列、などの色んな点が絡んでいるのだろう。この点についてはまた改めてまとめてみたい。

無償の講演会を受けるのか受けないのか


日本の場合、講演依頼がまずあり、承諾の有無を持って、その後しばらくしてから講演料を含めた契約書が渡されることが多い。従って、後から無償であると判明した場合、どうしても断りにくい。この辺り、自分は日本人だと感じる。

これまでは無償であっても受けて講演していた。

しかし、これからはよく知った方からの特別な依頼の場合のみ、無償での講演を受けようと思う。

なぜなら、今インターネットが普及して情報伝達が加速し、AIが誕生してきた現代だからこそ、一次情報 (生の経験と情報)こそ価値のあるものだと思う。その価値に対して何らかの評価をしてくれる方と、一緒に仕事をしたいと思う。

またその情報をどう解釈するかは、各個人によって異なるが、意図をもった編集者や座長等の仲介者が存在する場合、その解釈がねじまげて伝えられることがある

そして、講演会で講演することにはもちろんリスクがある。なぜならそこに講演を聴講している評価者が存在しているからだ。残念だが、匿名で批判をするのは日本のお家芸であることはXの状況をみても明らかだ。


働き方改革も始まろうとしていて、日本経済の低迷もあいまり、今後は民主主義に全振りした競争が活発になると予想する。

依頼側はコスト(謝礼金)を出すのか出さないのか、いくらなのか、講演依頼の際に提示するかしないか。講演者はNoと言うのか言わないのか。

ちなみに、同じ企業でも日本人医師に対する報酬と、欧米人医師に対するそれは異なる。

従って、ちょっとしたことかもしれないが、日本の労働賃金が欧米に比べて安い、という事実と関連しているように思えてならない。

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