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つい店員さんに話しかけてしまって見送られた話

「髪の色すてきですね」

考えるより先に口から出てきた言葉だった。
数ヶ月前の話。
職場の人とファミレスでご飯を食べていて。
そろそろ終盤だなぁと。
デザートを持ってきてくれた、自分より若そうな、女性の店員さんの髪の色につい見惚れてしまって、気がつくと声を掛けていた。
金髪っぽいのに、光の当たり方によってはアッシュグリーンにも見える。
すてきだなぁ。
お世辞でもなく、本当に純粋に思って。
私がそう言うと、店員さんは一瞬びくりと肩を震わせた。
そして、私たちのデザートを運んできたおぼんで恥ずかしそうに口元を隠して、顔を赤らめる。
わぁ、こんな漫画みたいな反応する人初めて見た、可愛いなぁと思いながら見つめてしまった。

「これ、自分で染めたんです」

ええ!すごいですね!
めっちゃ綺麗じゃないですか!

「自分では上手くいかなくて失敗しちゃったと思ってたんです……そう言っていただけて嬉しいです。自信が持てました」

にこにこ。
私たちのデザートを運んできたときの営業スマイルとは別の。
その店員さんの〝店員〟という肩書抜きの笑顔だったように思う。実際はわからないけれど。

「すごく似合ってます!その色好きです〜!」
「ありがとうございます!」

ごゆっくりどうぞ!
少しして、店員さんが離れて行き、私たちはデザートを食べ始めた。
もしかするとちょっと迷惑だったかもしれない。
びっくりさせてしまったと思う。
でも。
すてきだなと思ったことを、口に出して本人に伝えることが出来た瞬間。
相手が反応をくれた瞬間。
ただの店員さんとお客さんの間なのだけれど。
少しだけ、相手のことを知れた気持ちになる。
〝髪の色がすてきな店員さん〟
だけではなくて、
〝自分で髪を染めて失敗したと思った店員さん。だけど私にとってはすてきな色だと思う。反応が可愛らしい店員さん〟
という情報が入ってくる。
その店員さんの物語に、少しだけ触れられたような感覚。
少しだけ、知らない世界が見えたような感覚。
私が話しかけなかったら聞けなかった。見えなかった。
なんだかそれがとても嬉しく感じた。
自分はたぶん、人より単純なんだと思う。
こんなちょっとしたことで、世界がいつもよりキラキラとして見えてしまうんだから。
そんなことを思いながら、食べ終わって、レジに向かう。
会計を済ませて、お店を出ようとした時。
さっきのすてきな髪の色の店員さんが、厨房からわざわざ出てきてくれて。
笑顔で「ありがとうございました!」と伝えに来てくれた。
こちらこそ、ありがとうございました。

〝あのお店にまた行きたい〟ではなくて、
〝あの人にまた会いたい〟
と思わせられた。
あの店員さんは、もとからすごく接客が良いのかもしれない。
でも──これはすごく自意識過剰なのだが──私が話しかけたことがきっかけで、最後のあのお見送りをしてくれたのだとしたら。
誰かの物語に微かな色をつけてあげられた。
そんな思いも僅かに心に留めながら、私はたまに思い出して、こうして書いてしまっている。

たった一言で、その人の物語を知れる。
自分の世界が少しだけ広がる。
それが楽しくて、嬉しくて。
〝すてきだな〟とか
〝すきだな〟
と思った気持ちはすぐに伝えるようにしている。
しかしこれは自分勝手なことだし。
迷惑になることもあるし。
そんなこともあるけど。
社会人になって伝えることを大事にするのが増えて、自分の世界のキラキラがすごく増えた。
これからも増やしたいな。
そう思いながら、また今日も誰かに「それすきです!」って言った気がする。

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