日本語でソネットを書くということ その4 明治時代における日本のソネット
さて、それでは日本ではどのようなソネットが書かれてきたのでしょうか。
こちらの論文によると、日本で最初にソネットが書かれたのは明治時代、薄田泣菫によるもののようです。泣菫は自らのソネットを「絶句」と読んでいたのだとか。
https://twcu.repo.nii.ac.jp/?action=repository_action_common_download&item_id=17739&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1
では、泣菫の処女詩集である「暮笛集」に収められた絶句のひとつを見てみましょう。
雛祭りに女の子が物思いに耽っている、そんな様を描いた詩ですね。韻は踏んでいないけれども、八六調で調子を整えています。また、詩の内容的にはシェイクスピア風で、4行のシーンが3つと最後の2行で構成されています。
同じ頃、蒲原有明と石川啄木もソネットを「明星」に投稿していました。
次は、蒲原有明の「獨絃哀歌」冒頭の詩を見てみましょう。
こちらも韻は踏まず、四七六調で調子を整えています。また、構成も泣菫と同じくシェイクスピア風で、内容的には12行と2行に分かれていますね。林の中を歩いているとき、ふいにこのまま旅に出たいという気分に襲われた。でも、色々と考えているうちに、その思いは消えてしまった。なんて儚い思いだったろう。内容はこのような感じでしょうか、多分。
石川啄木は学生時代に「啄木鳥」という詩を書いています。この詩を明星に送ったところ、与謝野鉄幹から「有明より可能性を感じる」と言われて嬉しくて啄木と名乗るようになったそうです。その詩がこれ。
こちらは四四四六調に調子を整え、構成はペトラルカ風です。前半の8行では古代ギリシャのプラトンのアカデメイアを描写し、そこで議論を交わす学生たちを啄木鳥にたとえている。後半の6行ではその思想が今も語り継がれていることを述べながら、詠んでいる作者自身が吾も啄木鳥の一人である、と述べている。そんな詩だと思います。
さて、この三者だと僕は泣菫>有明>啄木の順に好きですけど、あなたはどうですか? ちなみに森鴎外は「有明は泣菫にまさり、啄木は有明にまさる」と評したそうです。僕とは真逆。でも、なんか分かる気がします。鴎外は多分、ソネットが本来物語詩であることをちゃんと理解してたのではないでしょうか。啄木鳥というキーワードで時代の異なる前半と後半の場面をつないでいる啄木のソネットは、確かに物語として見ると一枚上手だと思います。
ちなみに、三者に共通しているのは、皆何らかの調子で詠んでいる、ということです。泣菫は八六調ですし、有明は四七六調、啄木は四四四六調です。この辺は、当時新体詩が全盛だったこともあるのかもしれませんね。
新体詩は、七五調に匹敵するような詩型を模索する運動だったといえるでしょう。そして、ソネットもまた、その選択肢のひとつだったわけです。新体詩ではないけれど、翻訳でも上田敏は「海潮音」でボードレールやロセッティなどのソネットを七五調で訳し、当時の詩人たちに大きな影響を与えたそうです。
ところが、世間での関心は徐々に詩型よりも詩の内容により重きを置くようになっていきます。いわゆる象徴詩というやつです。象徴というのが具体的に何のことなのか、僕にはよく分からないのですが。
そんな中、明治の終わり頃に世に出て一世を風靡したのが、北原白秋の「邪宗門」でした。この「邪宗門」にもいくつかソネットが収められているので、最後にそれを見てみましょう。
これは五五五七調ですね。
前半の8行は、読み手が心に何か重いもの、暗いものを抱えている様子が描かれています。そうして、暗い池を見つめている。それはもしかしたら、死への欲望のようなものかもしれない。
そして、次の3行は池の中の描写になる。ということは、読み手は池の中に入ってしまったのでしょうか。あるいは黄泉の国を表しているのかもしれません。
最後の3行は、また冒頭の描写に戻ります。でもきっと、この最後の3行の風景に、読み手はいないのでしょうね。そこにはただ、暗い池だけがあり、鐘の音だけが聞こえる。
あるいは、これは水の底を想像することで死の恐ろしさを感じた、という詩なのかもしれない。死ぬとは、あの水の底の魚になるようなものだ、と3連目で語り手は想像している。
そうすると、最初は死を誘っているように聞こえた鐘の音が、むしろ死から救ってくれているように聞こえた。これは、そんな詩なのかもしれません。
どちらにしろ、構成的にはペトラルカ風の8-6でもシェイクスピア風の12-2でもなく、白秋独自の8-3-3の構成になっているのが面白いですね。
僕的には、この白秋のソネットが、いわゆる明治時代のソネットのひとつの総決算といえるのではないか、と思います。
ということで、次は大正時代と昭和の初期に続く。
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