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追憶


誰かを大切にするということは、大切にしたいその誰かが大切にしているものまで大切にするということなんだよ。

いつかの私が口にしたその言葉を、君はどんな瞬間に、誰を想って、思い出すのだろうか。


人間、死ぬときは死ぬから

食卓を囲んで、母の特製の牛すじ煮込みカレーと、そこにたしかに存在する素朴な幸せを、一口ずつ大切に大事に噛みしめながら、そう吐き捨てるように言葉にした。

いつの間にか、人に期待を抱かなくなった。求めることをやめて、求められることを嫌がった。期待をしない分、それに落胆することもなくなって、生きることが幾分楽になった。

「君って人に期待はせんし、求めることもせんのに、ちゃんと信頼はしてるやん」

古くからの友人である彼のその言葉が、今も私の頭の中を散歩して、どうやら帰路を見失なっている。

私は誰のことを信頼しているのだろう。

私を私以上に知る人などいないのに。


Googleのストリートビューを開いて、瞬きのたびに風化していく記憶を必死に辿りながら、思い出の場所を視覚で巡った。声と、匂いと、感情と、閉じ込めていたはずの記憶が輪郭を帯びて、鮮明になった。

目印にしたディスカウントショップ、静かなコインランドリー、アパートに続く坂道と広い駐車場、古びた定食屋、夕陽が綺麗な湖。

涙が止まらないのは、どうしてなのか。

いくら問うても、誰も答えてはくれなかった。


空を見上げて歩いてばかりいたら、足元の石に気がつかなくて、そのうちに転んでしまうよ。

両手と両膝が擦り剝けた。傷口はすぐに化膿して、どんどん私の身体を蝕んでいく。滲んだ血が、まるで傷ついた私の心みたいだ。

誰が傷口に絆創膏を貼ってくれるのか。

誰が私の腕を掴んで、立ち上がらせてくれるのか。


空には、シリウス、プロキオン、ベテルギウスが三角形に並んでいた。冬の大三角形、好き。


手を繋いでいてほしい。そっと優しく抱きしめてほしい。そんな夜がきっと、あなたにもあるでしょう。

好きが加速していく。

大きくなるたびにこわくなる。

臆病者の私がまた顔を覗かせた。

もう抱えきれないってば。


眠れない夜に思うことは、いつも。

一定のリズムで動く時計の針の音が、今日は一段と鬱陶しく感じた。




それでは。





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