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♭8 下克上

先にこちらをお読みください。

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デスクに戻った私は憔悴していた。

牧田さんが社長のことを好きだなんて...。

私は29年間の人生の中で、このように人を愛するという泥沼にハマったことがなかった。
何故なら、カップルという存在は汚物と同等だと考えていたからだ。

カップルを見る度に、

「アイツらは、自分に酔っているだけだ!
互いにそれぞれ違う人生を歩んできた2人の人間が同じ価値観を持つなんてことがあるわけ無い!
結局は、女の御機嫌を伺い、女が生きてきた価値観に沿って、男は道化のように過ごしていかなければならず、主導権は必ず女が握る
全ての男は、小便をする時、便座をあげずにどこに飛び散るか分からないスリリングな思いを持ちながら、罪悪感と羞恥、そして一種の希望を息子から出る放物線に託している
小便は俺らの希望であり、夢である!
それをなんだ! 女は、便座を上げろと言ったり、しまいには、座ってしろとまで言ってくる!
今までの価値観を歪められてまで、なぜ男は女と一緒にいたがる?
それはつまり、自分に酔っているだけではあるまいか?
女というものを神聖化し、その虚像に惑わされているのに気づいていない!
なんて愚かなのだろう!! はははははは!!
自分に酔っていないとすれば、ただのドMだ!
自分で自分を鞭打ちする人の方が、よっぽど健全なMだ!」

と、このように思っていたのである。

しかし、牧田ななに出会ってからはどうだろう?

「自分の中の男性像、女性像というものが頑なに存在しているから先程のような思考に陥るのではないか?
ただただ彼女と一緒にいたい。2人だけの空間がそこにあるという事だけで、幸福なのではないか?
 価値観の一致も重要であるが、一緒にいたいと思う気持ちこそが恋愛の本質なのではないか?」
「それに私は、今まで女に擦り寄ろうと考えたことがなかったではないか?
そんな男に女も価値観を合わせたいと思う方がおかしな話だ。」
私は、単純に牧田ななに会いたい。
自分のプライドなどいらない。
彼女がそばにいてくれればそれだけでいい。

牧田ななと出会って、私の価値観は牧田ななによって狂わされている。

先程の私の持論は、一部正しいのかもしれないな。
そう思うと、私は俯きがちに微笑を浮かべた。



数日後

我社のCMをZoomやTeams と提携を結び、流すというプロジェクトは、あの会議以降あまり進展していないようだ。

まあ、それもそうだろう。投げ出された私たち部下は何をすればいいのか分からないままなのだ。

ゆとり世代と揶揄されそうだが、そもそも私たちの会社は「妄想具現化マシーン」を製造するベンチャー企業なのだ。

ZoomやTeamsと全く相関性・類似性がない。
貴社たちから見て、こんなよく分からない会社のCMを流すことにメリットはない。それどころか、逆に、イメージダウンに繋がるなどのデメリットの方が多いだろう。

どのようにしてCM提携を結んでもらうかを考えているだけで煮詰まってしまい、全く進展がないのだった。


そんな事より、私にとって非常に重大な事件が起きていた。

社長が、社内の取り決めで掃除をしてはいけないとしていることは先程述べた。

そんな社長がこの数日の間、おかしいのだ!!

牧田さんに先日、社長の様子が変じゃないかと聞かれたが、そんなことに気づかず、曖昧な返事しかしなかった。

牧田さんの言葉が気がかりとなり、社長の行動に注目するようになった。
すると、確かに牧田さんが言うようにおかしいのだ。

具体的には、髪は寝癖のままで(お風呂にもあまり入っていないのが普通だった)、油分でねちゃねちゃになっている髪だったのが、キッチリとした七三に分け、整髪剤を使うようになった。 また、歯磨きも全く行わない社長だったにも関わらず、昼に歯磨きをしている光景を見た(昼間も歯磨きをしている人は一般の常識人でも少数派のはずだ...)。さらに、すれ違う度に、オシャレな英国人のおじさんのような甘い匂いを発するようにまでなった(社長室に多数の乳房と尻がゴロゴロと転がっている中で、高そうな瓶に入った香水を確認済み)。

おかしくなる前は、不潔だとはいえ、社長の言動に矛盾はみられない。しかし、ここ数日の行動は明らかに矛盾する。何故か急に、掃除をあれほど拒否していた社長は、自分に磨きをかけるようになったのだ。

社長がおかしい
明らかに今までの行動が違いすぎる

この数日の間に、社長の近辺で何かあったに違いない。

私が思考していると、トイレから出てきて頬を紅潮させながらにやにやしていた牧田ななを思い出した。

「そうか!!
社長も牧田さんのことが好きなんだ...。
だから、少しでもいい男に見られるように、持論(掃除をしないこと)と矛盾する行動をとり、あんな清潔感を出すようになった...?
牧田さんの素行を見ていると、あのとんちんかんの社長でも気がついたんだろう。
あっ!!!
そういえば、先日、社長室にいきなりサモトラケのニケのような彫刻が置かれるようになったが、あのボディーラインが本家のスリムで逞しい女性の身体ではなく、男性が好むむっちりとしたボディーラインだったのが気になっていた。
あれはもしかして、牧田さんを模したのでは....?
だとすると、やっぱり私の推理は確固たるものとなる.....。

やっぱりそうか...。
相思相愛か.....くそっ......。


いや、でもまてよ、
社長には女房がいたはずじゃあ...。

そうだ!!
この事を上手く利用すれば、牧田さんは社長を幻滅するはずだ!
我ながらいい考えが浮かぶものだ!!
牧田さんは私のものだ!!!!!」

社長と牧田ななの仲を切り裂く名案を導き出した私はここ数日の沈んだ気持ちを巻き返すが如く、顔がひまわりのように晴れた。

私は、牧田ななと付き合った際のことを想像し、いつか伝手から聞いた牧田ななの趣味であるラジオを聴きながら共通の話題を持つべく、電源ボタンを押した。

p.s.
宮本は、牧田が社長から妻の愚痴を聞かされていることなど知るはずもない。
つまり、牧田は社長に妻がいることを認識しているため、宮本のアイディアは無意味である。




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