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#7 些細な変化

※前話はこちらです。

※# 1〜# 5もご覧ください。

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最近、社長の様子がおかしい。

いや正確には、時々忍び込む社長室の様子がおかしいのだ。

と言うのも、社長室に設置された、会社の看板商品である「妄想具現化マシーン」から生み出されたものに見慣れないものがあるのだ。

それまでは社長の貧相な妄想を表すかのごとく、ただひたすらに乳房と尻だけが、無造作に転がっていた。

しかし、今日の社長室には、翼のないサモトラケのニケのような、明らかに女性の体の一部と思しきものが置いてあるのだ。

心なしか私の体型に近いようにも見える。

何が社長を変えたのか皆目見当がつかないが、嫌な予感しかしない。

社長からは奥さんの愚痴を聞かされることも多いが、特別関係が悪くなったような雰囲気は感じられなかった。

社長が最も多く接する社員は間違いなく私だが、それだけで気を持たれても困る。
ただでさえ、29歳で重役に登り詰めた童貞臭強めの男・宮本悠太が鬱陶しいのに、まったくもって迷惑千万な話だ。

社長は、近所のおばさんからの何気ない一言で精神的ダメージを負い、その結果1週間寝込むほどの豆腐メンタルの持ち主でもある。

何が引き金となって変化を与えたのだろう。

あまり気乗りはしないが、今度の会議の後に宮本にそれとなく探りを入れてみるのも悪くないかもしれない。

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会議の日の午後。
宮本に社長の様子を聞いた。

彼曰く
そんなに変わりはなかったけど、言われてみればいつもより落ち着きがなかったようにも見えたかなぁ。
との事。

私の憂いは杞憂だったのかもしれない。

そう思いながら、その日の仕事終わりに飲み仲間の笹村聡一が待ついつもの飲み屋に向かう。

お酒に酔った勢いで社長のことをつい口走ってしまったのだが、
お子さま社長さんだからなぁ。君みたいな大人な女性にはわからないことが色々あるんだろうよ。
なんて意味ありげなことを言われた。

笹村も次の営業の時に注意して観察してみると言ってくれた。
しかし、それまでは自分で社長の様子を窺うしかない。

その次の日には、最近ウォーキング仲間になった我が社きっての稼ぎ頭・河田潤に、社内の休憩室で偶然出会った。

自分の仕事と肉体の事しか頭になさそうなのであまり期待していなかったが、彼はそもそも社長とあまり接点が無い様子だった。

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社長ごときに起こった些細な変化に振り回され、それに気疲れしている私がいる。

そのことがさらに気分を落ち込ませる。

「はぁ。嫌になっちゃうわ。」

たまらずカラオケ店に駆け込んだ私は、そんな思いを振り切るように2時間歌い叫んだ。

1人で2時間も歌うと、さすがに気分も晴れた。

「私は私の仕事をこなすだけよ。何を気にすることがあるの。」

そう自分を鼓舞し、心穏やかに家路についた。

社長の些細な変化が自分の心のみならず、周りの環境にまで変化を起こしつつあることなど、その時の牧田には知る由もなかった。

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