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399ヒラリーの本当の姿

もう少しでアメリカ初の女性大統領になったかもしれない女性の素顔を知りたい。図書館で目に入ったのが、カレン・ブルメンタール著(杉本詠美訳)の『ヒラリー・クリントン 本当の彼女』(汐文社、2016年)。
ヒラリーは絶えずマスコミに叩かれた。「噓つき」「傲慢」「出しゃばり」…。数えきれ得ない罵詈雑言を浴びた。その意図や真偽は知らない。ただ、筋を曲げないタイプであることから、「出る杭は…」であったことは間違いないようだ。
ヒラリーの生年は1946年。1975年にビル・クリントンと結婚。
1992年11月ビルが民主党候補として大統領選に勝利し、翌1993年1月第42代大統領に就任(2001年1月まで)。ヒラリーはファーストレディになる。
2000年11月、ビルの任期満了退任を見越してヒラリーは連邦上院議員(ニューヨーク州選出)に出馬当選。自身が政治家になる。当時の大統領は共和党のブッシュ(息子)。
2009年1月発足のオバマ政権(民主党)の国務長官に就任。
2013年2月国務長官任期満了後、自ら大統領職を目指す。
2016年11月民主党から出馬した大統領選で、共和党のトランプに惜敗。

ヒラリーの少女時代からの一貫したテーマは人権。女性や子どもの人権をテーマにした名スピーチを残しているが、その一つがヒラリーが”大統領夫人”として参加した第4回世界女性会議でのスピーチ。舞台は1995年9月の北京。180を超える国々の代表が集まっていた。

「赤ん坊が、ただ女の子だという理由だけで食べ物を与えられなかったり、水に沈められたり、窒息させられたり、背骨を折られたりするとき、それは人権の侵害です。
女性やまだ幼い少女が売られて、奴隷として売春させられるとき、それは人権の侵害です。
・・・・
沈黙を余儀なくされている国々の女性は、いまこそ、この北京で声をあげ、世界中に届けるときです。」

ヒラリーの演説に各国の代表団は拍手喝采し、机をどんどん叩いた。そして、彼女のそばに押し寄せた。演説は世界中に伝えられ、人々を興奮させた。ただし中国人を例外として。中国では、会場であったにもかかわらず、ヒラリーの演説はラジオでもテレビでも放送しなかったし、公式報道もされなかった。

それから25年、4分の1世紀が経過した。世界の人権の動向は?

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