見出し画像

402クジラを食べる日

昨日9月4日はクジラの日だった。日付は「く(9)じ(4)ら」と読む語呂合わせから。水産資源の適切な管理・利用に寄与することを目的とし、鯨と日本人の共生を考える日。記念日は一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
クジラは言うまでもなく、現在の地球では最大の生き物。どのくらい大きいかと言うと…。ボクはまだみたことがない。娘たちはホエール・ウォッチングに参加したことがあるようで、出没しそうな海域に船で待機する。何割かの確率で、浮かび上がって汐を吹く巨体を拝めるそうだ。運悪く現れてくれないと料金をただ取りされたことになる。
図鑑ではシロナガスクジラは体長30メートルにも及ぶとのこと。孫の一人が好きで、繰り返し見るDVDの童話ピノキオでは、ボートごとクジラに飲み込まれたジェノッペ爺さんを助けにクジラの胃袋に入り込んだピノキオが、船上で焚火をして煙を噴き上げ、クジラのくしゃみで吐き出されて逃げ出す箇所がある。胃液の上にボートが乗るほど大きな胃袋を持ったクジラ。ピノキオのクジラは桁はずれの大きさだったことになるが、そこは童話の話。電卓をはじいて計算することではない。
重要なのはクジラが魚類ではなくて、哺乳類であるということ。分類学的には魚類ではなく、イルカの近縁だ。そこで「カワイイ」となり、殺して食べるなんてもってのほかとの声が出るようになる。

クジラ肉は子ども時代身近だった。乳母車で行商していた女性魚屋さんは長方形のクジラ肉を持っていて、注文に応じた幅に切り売りした。それをまた各自に小さく分けステーキとして食べる。魚屋でお肉を買うわけだ。街には肉屋があったが、牛肉など価格的に縁がなかったから、肉屋でクジラ肉を売っていたのかは知らない。

日本ではクジラ肉は重要なたんぱく源。というより日本人の舌に合っていた。ところが欧米から、野蛮といった声が上がり、国際会議で日本代表がやり玉に挙げられていた。その頃、アメリカ人と何かの折に議論になったが、彼は「牛は飼われているので不都合はないが、クジラは野生動物なので殺生(せっしょう)禁止」と言う。この理屈では、野草の七草粥(がゆ)や茸(きのこ)ご飯も食べられない。まことに勝手な理屈だが、彼は大真面目。国際会議でも似たようなものだったのだろう。スポーツとしてハンティングをする者の口がよく言うものだが、ディベート術ではあちらが優っている。
日本の捕鯨船には、シー・シェパードとかいうNGOが船で体当たり妨害をする。それがテレビに報じられ、日本は捕鯨をやめたらと国内も叫ばれる有様だった。しかし政府が腹を括って、その国際会議を脱退した。日本は日本の伝統を貫くというわけだが、心配された国際孤立は起きず、NGOの妨害がなくなった。運動資金があるNGOには、思惑を秘めた怪しげな資金主がありがちだ。捕鯨船への体当たりでは日本の捕鯨姿勢が変わらないと分かって、費用対効果分析をやり直したのだろう。
政府がしっかりしていれば、国内産業は維持され、国民は好物を口にできる。令和元年以降、商業捕鯨が再開されている。クジラ料理を食べさせる飲食店も増えているとのことだ。「クジラの日」プロジェクトがあり、参加店の一覧が新聞に載っていた。それには残念ながら江東区内店はなかった。近いところでは中央区築地、台東区浅草など。先を越されてはいけないから、店名は書かない。自分で探して出かけてください。

世界には、インドネシア、フィリピン、ノルウェー、アイスランドなど、古くからクジラから採取した肉や皮を食べる習慣がある国や地域が存在する。クジラ活用国は日本だけではない。政府はそうしたことをしっかりPRすべきだ。西洋人がシカ肉を食べるのはよい。中国の武漢の人がコウモリを食べるのはよい。しかし日本人がクジラを食べるのは非道。そんな議論はおかしい。

また、鯨骨は狩猟具として加工利用され、ヒゲクジラ類の鯨ひげは工芸などの分野で盛んに用いられ、釣竿の先端部分、ぜんまいなどに利用された。クジラを食べるなとボクに説教した人の母国、アメリカはかつてランプの油用にクジラを乱獲していた。ペリーが開国を迫りに来た理由の一つが、捕鯨船への水、食料、薪炭の確保先を求めてのことだったことは、小説『白鯨』を読むまでもなく。歴史的周知事項である。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?