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401あの世の住まい

この世にある間は煩悩の苦しみから逃れられない。もしあの世があるのなら、平穏な日々を過ごしたいと考えるのが人情であろう。その場合の住処がお墓である。
このように言うと非科学的と笑う者がいよう。しかし他人からどう思われようとかまわないではないか。亡くなった人のために縁者が集まり、「あの世では楽しく暮らしてね」と送り出すのが葬儀であり、告別式である。死者には感情はないと科学性にこだわる者の方が少数であるから、この儀式が連綿と続いてきているのだ。

死者にも住処が必要と考えれば、だれといっしょに住むかが問題となる。好き合った夫婦で死後にもいっしょに暮らしたいと考えるだろうし、先に亡くなっている親と再会したいともなろう。そうすると家族の墓所は一緒であることが望まれることになる。
ヨーロッパでもこの思いは変わらない。経済力がある一族は、墓地内に地所を確保してマウソレウムという構造物を建造する。そこに一族の死亡者の棺を納める。その方式が面白い。地上だけでなく、地下も4メートルほど掘り下げ、左右さらには奥面にもコンクリートで何段にも棚を作る。その一つ一つに順次、棺を納めるわけだ。納めたら指名等を掘った石板で前面に蓋をする。段重ねすることで10体以上の収容が可能になる。石碑には亡くなった順に氏名や業績を書き加えていくことになる。
ではそこまでの財力がない家族はどうするか。一体分の広さだけの墓所を確保する。通常は有期限の賃貸である。夫婦の片方がなくなると、そこを2メートル以上も掘り下げて棺を納める。もう片方がなくなると、同じ場所を掘り、配偶者の棺の上に埋葬する。これで夫婦のあの世の住処が確保できるわけだ。棺が二階建てになるところがミソなのだ。
利用年限が切れる頃には棺内の遺体はあらたか土に戻っている。遺族が利用料を納めなくなればその墓所は返還され、掘り起こされ残っていた骨は収去されて、共同墓に改葬され、墓標も撤去される。しかし遺家族が墓所継続利用を希望し、新たな死亡者が出た場合(例えば息子)は、掘り返すのは先と同じだが、残っていた骨はその穴の底に置き直す。そしてその上に新しい棺を置く。さらにその配偶者(嫁)が亡くなると、その上に棺を重ねる。さらに次の孫世代でも同じことが繰り返される。
かくして代々の家族があの世で同居暮らしをすることになる。
ではさらに経済力が小さい家族はどうするか。これは最初から共同墓地になる。つまり家族だから同じ場所に埋葬とはいかない。また石碑を建てることもかなわない。一家離散型とでも形容できよう。
さらに貧窮者で、共同墓地への埋葬費も負担できない者はどうするか。犬猫の死骸のように夜陰に紛れて捨て去られたのであろう。これは各国共通だった。平均的に豊かに時代に、葬送については昔に情けない状態に戻そうという主張は解せない。
ただ資金はあるが、親や配偶者のために石碑を建てるつもりなどないのと確信を持つ者に家族墳墓建立を強要することはできない。これは当然だ。

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