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君へ

碁盤目状の街中から山が見える場所に住んでいる君へ。
君の愛した人が死んだというのはずいぶん前に聞いたけど、
君の眼はまだ熱帯雨林の茂る浜辺から出た小さな船に舳先に腰かけていたときのままだろうか。
その舳先から誤って海に落ちた君が、離れていく船をいくら追いかけてもたどり着けず、絶望を感じていた時に、君に気づいてくれた君の愛する人の太い腕と日焼けした肌は君の記憶から消えずに残っているだろうか。
僕は君の記憶に残りたくてあらゆることに手を尽くしたつもりだったけれど、ひっかき傷程度しか痕跡を残すことが出来ず、その傷は治り、その痕も無くなって、ただその肌の上を涼しい風が吹いているだけ。
切ないという言葉は簡単で万能だ。
でも万能過ぎて深くもなければ浅くもなくて、ただ影法師のような感情で、僕の人生に付きまとうのに重さもない、宇宙空間を漂う塵のようなものさ。
記憶を残すことが出来なかった僕の記憶も、勉強できない子供の落第点の答案のように記憶の隅に追いやられていつかは腐って溶けて流れていくだろう。
こうして僕らは大人になるふりをしながら進化とは逆方向に向かって歩き始めているから、最後はティラノサウルスのようになって、白亜紀の王者とか呼ばれてみたいものだと、星空を見上げて3500万年前の光を見ながら、少年のような気持ちの少女になる。
君はあのときのままですか?

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