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N君とバスに乗って 〜知的障害の美少年

平日の朝。バスが遅れて、バス停はいつもと違う顔ぶれになった。

長身の若い男子がいた。20代前半。細い体つき。細いあご。
美しい色白の横顔….え?

N君だ!

何年振りだろう!
長男と小学校が一緒で、たしかN君の方が一学年上だった。

N君が、バス停で目を引いたのは、ただ美しいからではなかった。
お母さんがそばにいた。二人は手を繋いでいた。
知的障害のある彼をお母さんが送ってきていたのだ。

お母さんもN君も、私は覚えているけれど、二人は私をわからない。
私は、昔、小学校の英語ボランティアをしていて、特別支援級を担当させてもらっていた。N君はそこにいた。

正直、たくさんは思い出せないけど、英語の時間は楽しくて、いつもあっという間に過ぎていった。

この子たちを守ってあげたいという思いが、心の底から湧き出るように溢れ出たけれど、もちろんそんな力は私には無く、近所で見かける時に遠くから見守るだけだった。

あの頃もN君は、ピュアで切ない表情をしていた。そして、たまにパニックを起こし、落ち着くまで周りが一苦労だった…。

お母さんにバイバイをすると、N君は一人、バスに乗り込む。
私もあとに続いた。

N君は、席について独り言を言い始める。
私たちの目には見えないけど、確かにそこにいる存在に彼は思いを届けているのだ。


N君、朝のバスに乗って君はどこへ行くの?
いつの間にかお兄さんになったね。
切れ長の目は、この世の何を見ている?

さっき、久しぶりに見かけたお母さん… 年をとったね(私もだけど)。
お母さん、お元気なのかな? 病気してないかな?(私は2つくらい病気したよ)

お母さんはきっと君より先に死ねないと、強く思っているだろうね。
私は知ってるよ、お母さんがずっと、ずっと君を守り続けてきたことを。
学校で、スーパーで、今日のバス停で。

私は何もできないけれど、こうして時々、君を見守らせてもらうね。

N君と私は駅でバスを降りた。
障害があってもなくても、等しく朝はやってくる。
今日という一日が、静かに流れていきますように。

私は地下鉄へ向かう。
N君はバスを乗り継ぐようだ。

行ってらっしゃい、N君。

また、同じバスで会おうね。

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