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動かして学ぶバイオメカニクス #19 〜身体運動におけるインピーダンスマッチング〜

大きな力を与えれば与えるだけだけ速度が大きくなると考えがちだ.しかし,暖簾に腕押しの状態では力は「有効に」伝わらない.エネルギーの伝わり具合は,その運動の「状態」に強く依存する.ここでは状態に応じたエネルギーの「流れやすさ」を記述し,効率よく伝達するための「流れやすさ」の変換方法などについて述べていく.


はじめに

前章では効率良い動力伝達のために,力学的エネルギーの時間変化(仕事率)が力ベクトルと速度ベクトルの内積で記述されることから,それらのベクトルの方向を近づけることで効率良いエネルギーの流れを作る方法について述べた.これは局所的に「関節」で効率よくエネルギーを伝達するための方法である.

図1:局所的な関節におけるエネルギー伝達と,関節間のエネルギー伝達

また,前章でも述べたように,身体の末端には小さい筋群しか備わっていないので,動力供給を末端のローカルな筋群で賄うには厳しく,大きな筋群で動力を生成し,それを必要な末端に送り込むというのが自然な流れである.そこで多関節の骨格系を媒介して離れた動力源から末端の負荷までの「エネルギーの流れやすさ(抵抗)」を考える.前章の方法は関節でのエネルギーの流れを考えたが,これは,「複数の関節をまたぐ」動力源と負荷間の効率良いエネルギーの流れについて考えていくことになり,全身の姿勢変化の物理的意味を考えるヒントとなる.

効率良い力学的エネルギーの伝達を考える上で,この章でも力と速度に注目するが,ここでは「エネルギーの流れやすさ」を「力と速度の比」で表し,エネルギーの流れの「抵抗」を良くするこの比を変換する方法を考えていきたい.

身体運動におけるインピーダンスマッチング

インピーダンスとは

電気回路でエネルギーベースで議論をする場合,電力(仕事率)を記述するために「電流$${i}$$」と「電圧$${v}$$」がセットで必要なように,力学的エネルギーの流れ(力学的エネルギーの時間変化,仕事率)を構成する「力$${f}$$」と「速度$${v}$$」のセットで「運動の状態」を記述することが基本となる.電気回路と機械回路の対比では,電流と力,電圧と速度がそれぞれ対応している(図2).

図2:電気回路と機械回路

エネルギーの流れを流体や電気に例えると,それを制御するのがインピーダンス(imedance)であることについては,これまでかんたんに触れてきた.インピーーダンスとは「エネルギーの流れを妨げるもの」で,広い意味で「抵抗」と考えて良い.電気回路において,電圧と電流を$${v, i}$$と定義すると,$${v = R i}$$と書くことができ,電気抵抗(resistance)$${R}$$は電流と電圧の比で表され,電力の流れやすさを示す.この電気抵抗は電気回路のインピーダンスを構成するひとつである.電流を水の流れに例えるなら,電気抵抗は水を流す管(パイプ)や水路の抵抗に相当し,管の太さを補足すると水が流れにくく抵抗が高くなることに相当する.

この電気回路における電気抵抗は,機械系においてダンパの粘性抵抗に相当する.これ以外に,交流の電気回路のコイルとコンデンサが,機械回路のバネと質量に対応し,これらがインピーダンスを構成する.

一般に,機械回路におけるインピーダンスとは力と速度の比に相当する.たとえば車(自転車)を発進するときに大きな力が必要でかつ速度が低い状態を表し,その比であるインピーダンスが高い状態と言える.これは質量という抵抗のためである.一方,一旦自動車が動き出すと加速に必要な力は小さくなるためインピーダンスが低い状態に変化する.このとき適切に動力を伝達するためにギアとして,それぞれローギアとハイギアが使用される.

小林の身体運動におけるインピーダンスマッチング

エネルギーは力学的エネルギー以外にも,電気,流体,熱などさまざまな種類があり,それぞれの分野で理論が発展してきた.これらの概念は便利なことに相互互換のものが多く,ここで示したように,たとえば力と速度は,電気と電流におきかえることによって,電気で考えているロジックを力学のエネルギーの概念に置き換えて考えることができる.

電気回路で回路と回路を接合する場合,いいかげんに回路を接続しても電流は流れず,回路を適切に設計する必要があり,通常エネルギーを供給する側と受け取る側のインピーダンス(impedance)を一致させる.これをインピーダンスマッチング(impedance matching, インピーダンス整合)と呼ぶ.これはエネルギーの効率よい伝達を考える上で重要な考え方で,恐らく電気屋はこのことを常に念頭に置いて回路を設計する.そして,都合良いことにこの電気回路の概念も,アナロジーによって機械回路に置き換えて考えることができる.

インピーダンスマッチングの例
 機械系におけるインピーダンスを構成する要素として粘弾性特性(ダンパとバネによる硬さ)を考える.たとえばコンクリートのような硬い壁に高反発で跳ね返るボールとするためには,スーパーボールのような硬さをもたせることが重要である.環境と身体の硬さというインピーダンス(抵抗)を一致させることで,機械的な最大効果を得ることができる.

図3:ランニングの質量・弾性モデル.

たとえば走行において,地面との反発を効果的に行うことで,より効率的な走行を可能とすることができる.素人が走ると,ランニングはただ地面を押して走るだけの感覚しかないかも知れないが,陸上競技の短距離,跳躍系の競技の選手は,床の硬さに合わせて身体全体を非常に硬いバネのよう振る舞わせながら走ったり跳んでいると考えたほうが良い.

このとき身体は床材と身体の硬さを合わせる(整合する)ことで,高い走行能力や跳躍能力を獲得することができる.実際,その硬さを表す指標を計算すると,陸上競技の短距離,跳躍系の選手は高い反発特性を有している(文献1).トランポリンの場合も,トランポリンのバネ特性と協調する身体全体の剛性特性(硬さ)を制御することで,跳躍等の最大効果が期待できる.

これは身体運動における機械系におけるインピーダンスマッチングの例のひとつで,古くから小林が述べていた画期的な概念である(文献2).

身体の硬さについては

なども参照されたい.

パワーマッチング

電気回路におけるインピーダンスマッチング(補足1)は交流回路で成り立つ概念で,機械系では振動現象でこれが成り立つ.身体運動では周期的ではなくても,ジャンプ,跳躍などでは振動運動を半周期だけ行っていると考えれば,前述のようにたとえば環境(床や地面)側と身体のインピーダンスを整合させることで,跳躍等の最大効果が期待でき,インピーダンスマッチングの考え方が適用できた.

しかし,投球などのスイング運動のような過渡的な運動では,前述の振動的な運動とは問題設定も異なり,残念ながら,単に動力源と負荷の硬さを一致させれば良いという都合良い考え方は適用できない.

ただし,インピーダンスマッチングも本来電力の伝送が最大化する条件から導かれた結論で,ようするに電力や動力の伝送(単位時間あたりのエネルギー伝達)を最大化できればよい.

そこで,効率良いエネルギー伝達を,振動(交流)にとどまらず,一般化させる必要があり,ここではそれをパワーマッチングと呼ぶことにする.英語ではpower transfer matchingなどとも呼ぶ.

以下では文献2の考え方を整理し,パワーマッチングの考え方について述べていく.

機械系のパワーマッチング
 先程も自動車の例を述べたが,たとえば,自転車のタイヤが地面と接する部分での「力」とタイヤの「速度」を考える.これはエネルギーを受け取る負荷側の「状態」である.自転車を加速するとき,大きな力が作用し,速度が小さい.そのとき力と速度の比は大きく,これを「インピーダンス(抵抗)が高い」状態と呼ぶ.次第に自転車が高速になるに連れ,タイヤに作用する力は小さくなり,速度は大きくなる.このときの力と速度の比は小さく,「インピーダンスが低い」状態に遷移していく.

アクチュエータの最大動力点
 
一方,一つ一つの動力の供給側(筋肉)のインピーダンス特性はあまり大きく変化しない.前章(第18章)

でも示したが,筋肉には

図4:筋肉の収縮力と収縮速度の関係

図4のような,力–速度関係があるとされる.

また筋肉に限らず,多くのアクチュエータは見かけ上このような粘性抵抗の性質を持つ.そこで,$${f_{max}}$$を,収縮速度$${v}$$が正の場合の$${v>0}$$の筋力の最大値を$${f_{max}}$$とすると,筋の収縮力$${f}$$は

$$
f = f_{max} - b v
$$

と書くことができる.ここで$${b}$$を粘性(viscocity)抵抗の粘性係数と呼ぶ.これは速度が大きくなればなるほど,筋肉自身の収縮にエネルギーを消費し,筋肉の外部に発揮する余力がなくなり,発揮できる筋力が小さくなることを意味する.

また,このグラフに動力(仕事率 $${p=fv}$$)を描くと,動力供給側の筋肉には最も効率よくエネルギーを供給できる最大動力点$${p_{max}}$$が存在する.つまり供給側としては,(最も心地よく)エネルギーを最も効率よく供給できる収縮速度が存在する.

図5:近似された筋肉の力・速度関係と力・動力の関係

ここで単純化し,図5や式のように力$${f}$$と速度$${v}$$間に一定の傾きがあるとするなら,仕事率$${p}$$は以下のように記述でき,

$$
p = f v\\
= (f_{max} -b v)v\\
=f_{max}v -bv^2
$$

これは,速度$${v}$$に関して2次関数となり,仕事率$${p}$$は最大値(最大動力点)を有する.そこで,これを計算するため$${p}$$を$${v}$$で微分し,極値を考えると

$$
\frac{dp}{dv} = f-2bv = 0
$$

より,最大動力点$${p_{max}}$$となる速度$${v_{max}}$$は

$$
v_{max} = \frac{f}{2b}\\
$$

となり,最大動力点$${p_{max}}$$も計算できるが,練習問題として残しておこう.大切なことは,殆どのアクチュエータは,最も効率よくエネルギーを伝達できる速度が存在するという事実である.

なお,この筋肉レベル($${f, v}$$や関節レベル(関節のトルク$${\tau}$$,関節の角速度$${\omega}$$)で単位時間あたりに最もエネルギーを伝達できる最大動力点を同定するためには,各筋肉や各関節レベルで力(筋力またはトルク)と速度(筋肉の収縮速度または関節の角速度)の関係を同定する必要があるが,これはなかなか面倒である.

また,実際の身体運動では複数の関節や筋群で動力を発揮しており,常に最大動力点で運動することが,身体全体として最大効果を発揮するわけではないので,注意をされたい.

ただし,実際の身体運動で最大動力点近傍で動力を生成しているかの確認は行うことができなくても,関節レベルで図5の代わりに,関節に作用する「トルク」と「角速度」を観察することは可能で,それはエネルギーの流れを可視化する以上に,運動の質の評価や,トレーニングの質などを観察する上でも大きな意味を持つだろう.

負荷の接続

図6:負荷の接続

図5のアクチュエータに,図5の黒線の特性を持つ負荷を接続すると,Qの位置で交差し,負荷に伝達される力と速度を決定する(文献3).しかし,一般に,Qは最大動力点とは一致しない.

これはマッチングが悪い状態で,筋肉からすると,暖簾に腕押しか,重すぎるものを動かそうとしている状態に相当する.通常,これらが一致することは稀である.そこで,負荷の状態に応じて動力側と適切に接続する方法を考える必要がある.

インピーダンストランスフォーマ
 
筋肉は骨格系を介して,例えば地面を押すなどの環境と相互作用することで重心を移動したり,手に力を作用させ手の速度を増加させてスイングしている.このとき筋肉の状態である「力と速度」は,梃子である骨格系を介して別の部位に異なる「力と速度」の状態に「変換」される.

残念ながら,この最大動力点とQは都合よく一致しない.そこで,運動の状態に応じて,筋肉が心地よく最大動力点でエネルギーを供給するための「変換」が必要とされる.これが電気回路の「トランス」の役目で,機械回路では「梃子(てこ)」や「ギヤ」などに相当する.適切な梃子比(ギヤ比)をもつトランスフォーマ(transformer)によって「力と速度の割合」を変換し,筋肉の最大動力点と一致するように接続することで,効率よく筋肉が生成するエネルギーを効率よく伝送できる.ここでは,このことを機械系のパワーマッチングと呼ぶこととする.

そこで,簡単な梃子の例を取り上げ,次に梃子によって力と速度がどのように変換されるか考えていく.

図7:梃子による力と速度の変換

図7に示したように,梃子比$${n:1}$$の梃子の右側に力$${f}$$を作用させると反対側には$${n}$$倍の力$${nf}$$を作用させることができる.いわゆるテコの原理である.一方,右側で速度$${v}$$で運動している場合,反対側では速度$${v}$$は$${\frac{1}{n}}$$倍となる.

梃子による変換は,速度と力で対称の効果がある(双対性)が,梃子を使用することで.これは力と速度の比であるインピーダンスを$${\frac{f}{v}}$$から$${n^2\frac{f}{v}}$$だけ変えることになる.梃子はエネルギーの流れの抵抗を変えることができる.ただし単位時間あたりに流れるエネルギーの量自体はトランスや梃子では変えられない.変換するのはあくまでも抵抗である.

小林のパワーマッチングの考えは,力と速度の比を変換することで図6のQではなく,最大動力点$${p_{max}}$$で動力(筋肉)と負荷を接続することで流れるエネルギーを最大化したいという考え方である.

なお,電気回路のトランスは,2つのコイルを利用し,コイルの巻数によって電圧を変換し,回路のインピーダンスを変換する.電気回路のインピーダンスマッチングを行うときの重要な部品で,この役割からインピーダンストランスフォーマ,またはマッチングトランスフォーマとも呼ばれる.

マッチングトランスフォーマとしての骨格系の姿勢変化
 身体の場合,骨格系が梃子に相当するが,多関節系・多体系の場合,複数の梃子(骨)を含む構造となり姿勢によって複雑にそれが変化する.この多体系のインピーダンス(力と速度)の変換を数学的に記述するのが,ヤコビ行列(jacobian matrix)であり,第14章

でも,姿勢による力とトルクの変換でふれたが,興味のある方は,ロボティクスの教科書をご覧になるとよいだろう(たとえば文献4,5).ヤコビ行列についてはまたどこかで述べることとする.

ここで,ひとつだけ注意点を述べておく.たとえば,全身運動で投球速度の最大化や垂直跳びの跳躍高の最大化などの,最大効果を得るために,常にどの筋肉でも常に最大動力点で接続できるとは限らない.むしろ,伸張性(エキセントリック)の収縮(収縮速度$${v<0}$$)により,一旦負の方向に運動することによって最大効果を得る戦略が求められるからである.ただし伸張性収縮による力発揮の状態でもローインピーダンス状態と同様に,適切なギア比による変換は必要とされる.

筋力からトルクへ

本章では,骨格系を通して筋肉と負荷(たとえばボール,地面,自転車など)を接続する際に,筋肉から負荷へ効率よいエネルギーを伝送する方法を考察している.筋肉には最大のエネルギーを出力できる最大動力点が存在し,それは負荷側の状態とは必ずしも一致しないので,効率良い伝送のために,それをトランス(身体では骨格系)によって変換する必要があることを述べた.

ここでは簡単な単純化した例で,筋肉の状態(筋力と収縮速度)が負荷までにどのように変換されているか考える(本来はヤコビ行列による変換について述べるべきであるが,別途説明する).

図7:関節のトルクと筋張力

まず,筋力が$${\bm{f}}$$がトルクに変換される過程を考える(図7).筋肉の付着部(起始,停止)に力ベクトル$${\bm{f}}$$が作用し,関節から停止部位までの位置ベクトルを$${\bm{r}}$$とすると,関節に作用するトルクベクトル$${\bm{\tau}}$$は

$$
\bm{\tau} = \bm{r} \times \bm{f}
$$

で定まる.また,関節から力ベクトル$${\bm{f}}$$までの距離を$${\Delta \bm{r}}$$をとすると,トルクは筋力$${\bm{f}}$$の大きさと,なお,この距離$${\Delta \bm{r}}$$の大きさで定まる.この距離は一般にモーメントアーム(moment arm)と呼ばれる.しかし,モーメントアーム$${\Delta \bm{r}}$$は関節の角度で変化し,一定でない.実際には複雑な関節構造ではあるが,いずれにせよ,関節角度が90度近くで$${\Delta \bm{r}}$$は最大に近づき,伸展位(関節の角度が180度)では0に近づくことが図7からもわかるだろう.

トルクから(外)力へ

図8:関節のトルク・角速度と手先の力と速度

図7の筋力$${\bm{f}}$$によって発生した関節に作用するトルク$${\bm{\tau}}$$は,さらに関節をまたいで骨格系を通して手先に力として伝達される(図8).このときの手先に作用する力$${\bm{F}}$$と関節のトルク$${\bm{\tau}}$$の間には

$$
\bm{\tau} = \bm{l} \times \bm{F}
$$

の関係がある.ここで$${\bm{l}}$$は関節1から手先までの位置ベクトルで,関節1から手先までのベクトル$${\bm{l}}$$で定まる.途中の関節2の位置がどこに存在しても,関節1と手先を結ぶ位置ベクトルに還元される.

以上から,関節のトルク$${\bm{\tau}}$$を介して,筋力ベクトル$${\bm{f}}$$は

$$
\bm{r} \times \bm{f} = \bm{l} \times \bm{F}
$$

が成立する.

一方,手先速度ベクトル$${\bm{V}}$$は,関節の角速度ベクトル$${\bm{\omega}}$$からモーメントアームベクトル$${\bm{l}}$$によって

$$
\bm{V} = \bm{l} \times \bm{\omega}
$$

のように変換される.筋肉の収縮速度については少々面倒なので割愛するが,筋肉レベルでの(筋)力と(収縮)速度は,手先の力と速度に,梃子を通じて変換されることがわかる.特に関節と力さが作用する(この場合,手先)への位置ベクトル$${\bm{l}}$$によって,すなわち身体に姿勢によって大きく変化することがわかる.

ここで重要なことは,多関節構造で対象とする筋肉と,多くの場合手先や足先に存在する負荷間に,複数の関節が介在していても,「対象となる関節と負荷を結ぶ一つの梃子とみなして変換を考えて良い」という都合の良い物理的特性である.これは第14章

で述べた,関節に作用するトルクの計算の考え方と同じである.

身体のおけるローギアとハイギア
 ベクトル$${\bm{l}}$$の距離が短くなるとローギアに相当し,長くなるとハイギアに相当する.

たとえば投球時に次第に腕が伸展するのは,手先や足先の運動の状態(力と速度)に応じてヒトが自然にパワーマッチングを行っているためである.投球速度はリリースに向けて増加し,ボールに作用する力は減少する.つまり,リリースに向けてインピーダンスの高い状態から,次第に低い状態に移行している.肩のトルクに起因する力学的エネルギーをボールに伝達するという問題設定を行うと,力と速度の状態に応じて適切なてこ比を選択する必要があり,ローインピーダンスに適合するため,肘関節を次第に伸展し次第にハイギアに変更していると解釈できる.

すなわち手先や足先の状態を,骨格系という梃子(ベクトル$${\bm{l}}$$に集約される)を媒介して,動力源となる筋肉,または筋群に接続し,エネルギー伝達の最大効果を獲得しようとしている.

これは言い換えるならば,複数の関節をまたいでエネルギーの流れやすさ(抵抗,インピーダンス)を変換(トランスファー)することで,よりよい流れをつくろうとする方法である.前章の力ベクトルを速度ベクトルの方向を近づける方法は,各関節レベルで行われているが,パワーマッチングは(時として複数の)関節をまたいで行うところに違いがある.

なお,ここでは$${\bm{r}, \bm{l}}$$の外積によって,モーメントアームベクトルを記述した.これによって力と速度を変換できるが,これを手先や足先と各関節間の関係を多関節でまとめたものが,幾何学的な意味でのヤコビ行列と考えるとよい.つまり,ヤコビ行列はモーメントアームで記述される行列となっている.

姿勢とトレーニング

どのような身体運動でも常にヒトは環境や運動の状態に応じて,姿勢を変化させてインピーダンスを整合しながら運動していると考えてもよいだろう.そうでなければ,すぐに身体は悲鳴を上げてしまう.ロボットのように壊れれば部品を変えれば良いというわけにはいかない.その意味で,身体における骨格系はマッチングトランスフォーマーの役割を果たし,身体はエネルギーの流れを常に最適化する高性能な計算機を備えていることになる.

また,トレーンングとは,環境や負荷の特性に応じて適切な出力を出せるように,動力源の力学的特性を変更することを物理的に意味する.動力側のインピーダンスマッチングとも言える.陸上の短距離や跳躍系なら,インピーダンスを高くなるように,スケートや自転車競技では陸上などと比べれば低くなるように改善されるべきだろう.

また,フォームを変えギア比を変更することで動力側に負荷をかけるトレーニングを行う選択肢もあるだろう.動力側からすると最適ではないフォームで動くことで,動力側にさらに負荷が増える事になり,それが動力源の出力特性の変更を促すトレーニングとなることがある.以下は私見であるが,改善したいフォームはイメージすべきだろうが,フォーム(姿勢)から変更を与えることは控えめに,または段階的に行ったほうが懸命かもしれない.正しい物理的理解がなく行うと,怪我や効果が得られなく失敗することも多々あるということは念頭に置いておくことが大切だろう.

身体運動を遂行する我々の身体は,想像以上にかなり高度な最適化する計算機を備えているため,フォームは自然に能力に応じて最適に改善されるだろう.非力な人は非力なりの最適化を行っていると考えている.フォームの変化は高性能なコンピュータに任せて,自己組織的な自然な変化に任せるのが懸命かもしれない.

滑らかな運動とインピーダンス

動力の生成を考えると,そもそもその時点でエネルギーの無駄な消費を避けることも重要である.筋肉には粘性抵抗(ダンパ)が存在することを述べてきたが,これは速度が大きくなってきたり,滑らかな運動ではなく速度変化が大きくなると,筋肉の動力生成の時点で,無駄なエネルギー消散が発生する.このため,スポーツに限らずヒトの身体運動では滑らかな運動が行われている.

ただし,神経科学では身体運動の滑らかさの理由は,神経の司令信号に含まれるノイズ由来であるなどの説もあり,学会では結論はでていないようである.筆者は「そんなわけはない」と考えているが.

おわりに

この章では,少し計測データで検証が行いにくい内容となってしまったが,エネルギーの伝達で前回とは異なる視点で述べた.

次回は,運動中の力と速度の状態を観察することを試みる予定である.

参考文献

1)フィットネスチェックハンドブック―体力測定に基づいたアスリートへの科学的支援―,独立行政法人日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター 国立スポーツ科学センター 監修,松林武生 編集,大修館書店

2)小林,スポーツの達人になる方法(テクノライフ選書),オーム社,1999

3)原,機械力学–機械系基礎工学4–,朝倉書店,1996

4)伊藤,身体知システム論–ヒューマンロボティクスによる運動の学習と制御–,共立出版,2005

5)細田,実戦ロボット制御–基礎から動力学まで–,オーム社,2019


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