美味しいなんていらない
どこが美味しい、あそこが美味しいといった会話を聞くたびに楽しくなる。新しいレストランも予約困難レストランの話も。
もう長いこと通っているレストランがある。これといった特別な理由が見つからないまま、機会があるとここで食事をすることが多くなった。食事が終わった後に「次はいつ来よう」と自然に思うだけでこれといった理由はない。
決して広くない、けれども一人で回すには十分すぎる席数の店内に青々とした緑が生える。「半年ぶりか~早いな~」「この前あそこ行ったんやけど…」と入ってくるなり皆が好き好きに話はじめる。阿吽の呼吸でグラスが置かれ、 微発泡のワインが注がれる。カトラリーとお皿が触れ合う軽快な音心地よい雑音。BGMはゲストの会話。
ゲストにひとりひとり声をかけながら、料理とワインを淀みなくサーブする。「豆苦手やったやんな」「今日初めてですよね。量どうします?」「この前と部位が違って脂多いで、少な目でいこうか」「この前好きって言ってたやろ」ゲスト自身が覚えていないことの方が多いし、そもそも前回の訪問から半年上経っている。ペアリングのワインだってゲストの好みによって注がれる種類と量が違ったりする。「前よりもよう飲むな~」と言われても覚えていない。
常連が多いとはいえゲストは顔見知りでもない。だけどみんなが随分と前から知人のような気軽で柔らかな会話を交わす。「このワイン美味しい〜」といえば、横から「そしたら絶対これも好きやと思う」と言いながらワインの写真を見せてくれる。同行者と話したり、横の人と話したり、シェフと話したり、お店全体で話したり、ただただ心地いい時間が流れる。
料理はもちろん美味しい。どこか懐かしいけどレストランの味。きれいに下ごしらえさえて、丁寧に丁寧に調理されている。多くを語らないけど、生産地や生産者にもこだわりがある。塩味を抑えて酸味でワインに合わせてくるお皿が得意で、素材を生かす。でもグルメの人が求める超一流の食材をふんだんに使った絶品の料理じゃない。わたしにとって特別で最高に美味しいお料理。
だから美味しさないていらない。きれいな空気のレストランで生き生きと楽しく食事ができる。その空間を作るために、お料理やお酒や会話を提供するシェフとゲストがいる。こんなにも空気がきれいなレストランをわたしは知らない。だからわたしは美味しさなんていらないから、今日も予約をする。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?