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vol.002 『ルノアールに学ぶ』

僕の記憶の中にある、人生最初のカフェ体験は幼少時代を過ごした町、東京・西荻窪の駅前ビルの地下にあった「喫茶ルノアール」。

繁華街にあるにもかかわらず、階段を降りるとそこはひっそりとした危ないムード。タバコの匂いと、適度な硬さのソファ、モノトーンの清楚な制服を纏い、まるで執事のような口数の少ない店員。

キーワード全てが、大人の世界。

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小学生の時は身長が低く、身も心も背伸びばかりしてた僕にとっては、憧れの場所だった。ソファに身を委ね、注文するのは、いつも決まってウインナコーヒー。勿論、珈琲なんか飲める訳もなく、要は合法的にホイップクリームを舐めたいだけなので、カップにはいつも斑らに濁った珈琲が余っていた。

歯医者とか、三者面談とか、気が重い出掛けの帰りによく母に連れて行ってもらっていたので、緊張と緩和の心地良さを子どもながらに堪能していた。

「夕飯前なのにルノアールに行ったことはお父さんには内緒ね」と言われ、優越感と背徳感と共に店を後にする。まさに家に着くまでがルノアール。そんな余韻を楽しんでいた。

大好きな場所ではあったが、思い返してみると、ルノアールに行くためだけに外出した事は一度もない。結局のところ、カフェなんて待ち合わせだったり、何かのついでだったり、隙間を埋めに行くような場所に過ぎない。しかし、「時間ができたから行く」というのは、究極の贅沢であるとも言える。

人生の余白なのだ。

その感覚が堪らなくて、未だにカフェに魅了されている。

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原体験とまではいかないが、ルノアールが僕に与えた影響はとても大きい。最初に部屋を与えられて飾ったポスターはモネの絵画だった。印象派の淡い雰囲気がなんとも大人っぽく感じたのだ。明らかにルノアールの店内に飾られてた”ルノワール”の絵に影響を受けての事だ。

最初に買ったカセットテープも、すぎやまこういち指揮、NHK交響楽団演奏による、ドラゴンクエスト。もはや、ルノアールの店内BGMがクラシックだったかどうかも覚えてないが、壮大な交響曲があの憧れの世界へと誘なってくれる。後付け極まりないが、オーケストラの衣装は、どう見てもルノアールの制服にしか見えない。

とにかく、気品溢れる雰囲気に憧れていたのは間違いない。

部屋でひとり、モネの絵画を眺めながら、N響に興じ、ホットココアを飲む。
そんな大人ごっこの時間に幸せと癒しを感じていた。

そんな少年も、いつしか本物の大人になり、普通にブラックコーヒーが飲めるようになって、気付いたら浅煎りエスプレッソはリストレットに限る、とか言い出す。仕舞いには、ルノアールと同業者になってしまった。サッカー選手を夢見てた当時の僕には内緒にしたい事実だ。

結局のところ、雰囲気を楽しむという意味に於いては大人も子供も「何かごっこ」をしているだけなのかもしれない。

それが仕事であったとしても。

今日も閉店後の店でひとり、壁に飾られた「今日と今日」と題された抽象画を眺めながら、マイルスデイビスのレコードに針を落とし、深煎りの珈琲のアロマを楽しむ。

今もやってることは、大して変わらない。

JAZZも絵画も難しいことはよくわからないが、今日も幸せの時間がそこにはある。

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【今回のおすすめ】
ルノアールを彷彿させるカフェ「珈琲専科LOOP」
御母様の代から受け継がれた綺麗に設えられたボックスシートで戴くハヤシライス。そして懐かしくも新しいKブレンドがあれば、ひとりであの日に帰れます。


【屋部龍馬 / ベーカリーカフェ・和菓子屋オーナー】
1979年東京生まれ。2001年にルーツである沖縄に移住。建築から飲食の道へ転向し、2009年沖縄にベーカリーカフェ「プラウマンズランチベーカリー」開業。2014年ベトナム・ホーチミンにカフェ 「ploughman’s GARDEN」開業(現在閉店)。2018年に沖縄に和菓子屋「羊羊」を友人と開業。自 ら厨房に立ち、何かしら作り続けて20年余り。 





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