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私とお稲荷さんの話

※以下多少のフェイクを含みます。

 突然ですが、私はお稲荷さんに参拝できない人間です。

 何が何だか分からないのですが、入ると頭が痛くなる、気分が悪くなる、とにかく体調がおかしくなるという事態に見舞われるので、進んで参拝しません。兎にも角にも嫌われている。こっち来んなって言われてしまう。いやもうこれ完全に、相性が悪いのです。ただ、不思議なことに京都の晴明神社は大丈夫なんですよね。あそこ、稲荷信仰でもあるのになあ。いや、この場合狐はいいけどお稲荷さんは駄目なのかしら。晴明さんは入ると「あ、守られてるなあ」って気がするし、元気になる場所なんですよねえ。落ち着く。いやまあ、晴明さんは人間だと言われればそれはそう。
 何度か家族にも「何でそんなお稲荷さんあかんの?」って首傾げられたけど私が聞きたい。そして伏見稲荷に何度か連れてかれようとはしたのですが、そもそも毎回行く前に何かが起きて入れないんですよ。いやもう行かんて。ごめんて。

 さて、いつからお稲荷さんに嫌われているのか。
 それは正直分からんのですが、決定的な出来事があったのは恐らく学生時代のことです。

 私は学生時代、3年ほど住んでいた土地があるのですが、私はそこに住んでいた頃最終的に「出ていく」という形でその土地を後にしました。以降、そこには近づいていません。ちょっと山の中、って感じの場所で、大通りから中に入っていくと川が流れていて、その川にかかっている橋を渡ってちょっと山を登ったところにその頃住んでいた家があります。
 今住んでいる場所からさほど遠くないところではあるので、しょっちゅう近くは通るのですが、川の向こうには行きません。山に足を踏み入れない。
 私はその土地育ちではないので、実はつい最近まで全く知らなかったのですが、その山を更に登って行ったところに神社があるそうです。そう、お稲荷さん。つまりその山に住むということはお稲荷さんのお膝元に住むということだったのだ。知らんかった。その土地に住んでいる人って結構ちっちゃい頃とかに一度は山登って神社にご挨拶してるんですって。何なら学校で登る時代もあったんですって。いや、知らん。まじで。
 当時は今ほど神社や神道が好きな訳ではなかったし詳しくもなかったので、本当に何も知らない。ただ、家から徒歩30秒くらいのところにぼろぼろの小さな神社があって、そこにはよく参拝してました。そもそも今考えると土地柄なのだと思いますが、ちっちゃい神社とか祠とか、あとお寺とかめっちゃあるんですよね、そこ。家の近くだけちょこちょこ行ってた記憶はある。
 そしてまあ、その土地に住んでいた時代は私の歴代1位を誇る「ヤバイ時期」でした。当時の記憶があんまりないので、まあまあそういうことですということで流すのですが、よくよく考えればお稲荷さんと相性が悪い私が住む場所ではなかったんだな……というのは思います。それとも、私が頑張って山登ってご挨拶してないからなのかなあ。ご挨拶に行っていればまた何か違ったのかもしれません。今のところ全く足を踏み入れたくない土地なので、今更ご挨拶に行くこともないとは思うのですが。
 なお、このnoteを書く前にちょっと調べたのですが、家の近くにあった小さな神社は今は更地になってました。ぐーぐるまっぷ2度見した。ちょっと待って何の神社だったのか教えて……。今だからこそ知りたい……。

 まあまあ、合わない場所に無理に足を踏み入れてもいいことはひとつもないので。
 いつかお稲荷さんに足を踏み入れることが出来る日が来たら、その時はちゃんとご挨拶出来るといいなあと思う次第なのでした。


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