100日怪談 98日目

その後、僕の家にはぱったりと怪奇現象は無くなった。それと、ふしぎなことに供養塔の周りには彼岸花が咲いている。
僕はまだまだこの街に来たばかりで分からないことだらけだ。
今日は散歩に行くことにした。
「どこに行くかな。」
僕は家の近くにある立て看板地図を見て、近くにある森林公園へ向かうことにした。
僕はよくキャンプが好きで何度も行っていた。引っ越してからは森林などの場所に入るのは久しぶりだった。
公園の入口は明るく、虫の鳴き声や鳥の澄んだ鳴き声が聞こえている。
公園の奥深くへ行くに連れて、一面明るかった雰囲気とはガラリと変わり、樹海の様な生い茂った原始林と化していた。この原始林を抜ける場所には古めかしい吊り橋があったのだ。
ギィギィと音を立てる橋を渡り終えると、身の柔らかい果実と水風船を割った様な物が潰れるような音が橋の下で音を立てていた。
「気のせいか。」
晩夏も終わる時期だと云うのに、蝉がやけにうるさい。鳥の鳴き声が聞こえなくなってきた代わりに、ぴちゃん。ズル…ぴちゃん。ズルズル…と何かを引きずる音を後ろから聞こえて来るのだ。
「重い。それに寒くなってきたな、そろそろ帰らないとお昼に間に合わないか。」
昼間だと云うのに初雪が降った時の様な寒さが僕を襲う。僕は家に帰るのに橋の方向へ戻ることにした。
「あの人達居たっけ?」
僕はあのカップルを訝しげに見るが、どうも二人の顔が暗い表情をしている。
二人は吊り橋の縄の外に出ており、手を繋いでポーンと飛び降りてしまった。
「ちょっと待って」
僕が伸ばした手は空を切り、二人の手を掴むことすら出来ず、呆然と揺れる吊り橋にへたりこんでいた。
橋の下を覗いて見ても、誰もいない。また、水の滴る音が聞こえる。
霊感の一切ない僕ですら感じられる事は1つ
                    ここはやばい
先程の寒さとは別の冷や汗をかき、橋の縄を手にかけ、急いで家に戻る。
森林公園の出口付近でいつもの声が聞こえる。
「おい、坊主待たんか。」
僕は後ろを振り向くといつもの黒猫が居た。
「そいつ、家に連れて帰るつもりか?」
ギロリと後ろにいるであろう何者かを睨みつけ、襲いかかる。
「わっ」
僕は尻もちを着き、驚いた顔をして黒猫に怒りをぶつける。
「おい、何すんだよ。」
「お前、相変わらず変なもん連れてくるんだな。明日にでも気になったら新聞でも読んどき。」
そう言いながら黒猫は森林公園の奥へと行ってしまった。
「変な猫だよな。」
僕は森林公園を抜けると、夕暮れである事に気づいてしまった。あの二人はなんだったのだろう。
それと毎回着いてくる黒猫は……死神だったっけ?
死神なんかじゃない、じゃああれはなんだ。
ぼーっと考えていると子どもたちが帰る合図のチャイムが鳴り出す。
「いっけね。」
僕は走る。しかし、まだあの嫌な音が聞こえてくる。ぴちゃん。ズル…ぴちゃん。ズルズル……
家に帰ると夕食は出来ており、今日起きた話を両親にする。
「あのさ、あの森林公園ってなんかあったの?」
「お向さんから聞いたんだけど、あそこはただの森林公園だよ、変な事は聞いた事ないよ。」
母親はムッとした顔をしながら僕に返事をする。
「まぁ、あの公園は国が管理してる場所、よく登山客とか、キャンプする人なら1度は行きたい場所だよな。」
そう父親はぼくと母親に向かって優しい笑顔を向け話してくれた。
問題はその日の夜だった。
「ピンポーン」
インターホンの音が聞こえる。時計に目をやると時刻は夜中の1時30分。
「イタズラだろ」僕は寝ぼけ眼を擦り、玄関へ向かう。どうもインターホンが聞こえているのは僕だけのようだ。「ダンダンダンダン」激しい音と共に供養塔側の障子が叩く音が聞こえる、それと同時に猫の鳴き声がする。
僕は障子の方がどうしても気になり、障子に指で穴を開け、覗いてしまった。
威嚇する黒猫、そしてあの日の供養塔の女の人が雲の隙間から覗く月明かりに照らされており、肌は青黒く頭を項垂れ、片割れはお腹がかなり膨らんでおり、片方の人の手を見ると骨が剥き出しになっている。どうも1匹と一人、昼間の二人と対峙していた。
「え……」
僕は呆然として、あの二人と目が合ってしまった。
恐怖で身体が動かない。重い足を引きずりながら、二階の自室へと戻り、気絶してしまったようだ。
古い映写機に映し出されたようなセピア色の映像と、女性と男性が何かを話している様だった。音は聞こえないものの、女性のお腹は臨月を迎える位の大きさだった。あの二人は吊り橋に着くと、腕と足を紐で縛り、三人であの橋から飛び降りたのだ。
相変わらずジリジリとうるさい目覚まし時計を手で叩き、頭を何かに踏みつけられているようだ。
「坊主、おはよう。昨日は大変だったぞ、お前が連れてくるとは思わなかったよ。」
「へ?」
唖然とした顔で黒猫を見つめ、相変わらず冷たい視線で僕を見つめる。出てきた言葉はそれだけだった。
「お前、心中した方の片割れ、連れてきただろ?あの後さ、男の方が怒ってお前を見つめてただろ。あれ、連れてかれるぞ、今日にでも花と線香を買ってこい」
僕は着替えて、呑気に朝ごはんを食べようとした時だった。テレビからはニュースが流れており、昨日行った森林公園が映し出された。
「昨日夕方5時頃、森林公園の河川敷で二人の男女の遺体が見つかりました。男女の腕と足には紐が括られており、事件と事故の方向で捜査を続けている模様です。」
僕は背中に氷で入れられたかの様に冷たい汗が背中を伝う。
「あの時止めていれば……」
僕の後悔は尽きない。昨日見た男女の飛び降りは夢ではなく、本当に起きた出来事だったのだと痛感する。それと同時に、黒猫の言葉と昨日の男女の悲しき視線を思い出す。
思わず母親に聞いてしまった。
「ここから近い花屋ってある?」
母親は驚いた顔して言った。
「商店街の方に行けばあるわよ。」
「わかった」
僕は急いで花と線香を買い、あの吊り橋に花と線香を手向ける。
昨日から聞こえていた水気を帯び、何かを引きずるような音は聞こえなくなっていった。その代わりとはいえ、暖かな日差しがこの森を包み込むように、照らしていた。

100日怪談 98日目終了。

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