『乃木坂46シングル曲が物語る"今"』その4(ハルジオン~インフルまで)
その3では、乃木坂46の「総括」となる年のシングルについて書いてきた。
特に、歴代のセンターを務めてきた生駒、西野にファーカスを当てながらシングル曲に役割を紐解いてきたように思う。
それから2016年を迎え、乃木坂46には大きな変化が度々訪れることになる。その大きな出来事とは、メンバーの卒業や新たな世代の活躍だ。当然シングル曲にも反映されている。
そういった視点から書いていきたい。
ハルジオンが咲く頃
グループとしても重要人物だった深川麻衣の卒業に際し、彼女をセンターに配した形で発表されたこの曲。乃木坂46にとって最初の「卒業シングル」となった。
曲のテーマとしても、「卒業」や深川自身が落とし込まれた、スタンダードなつくりになっている。
モチーフとして現れるハルジオンの花言葉は「追想の愛」。歌詞を見てみても、常に深川を指すであろう「君」と、残されるメンバー達であろう「僕ら」のみが登場し、「君」のことを思い出す描写が主軸だ。
特に、描かれている「君」の様子は、わかりやすいくらいに深川の人柄に通ずるものになっており、聴くたびに、否が応にも深川の影を感じる。
こうした言葉を聴くと、卒業を迎えるまでは、深川の人柄を思い返し、これまでの記憶を反芻して、彼女への想いが高まっていく。卒業して以降は、彼女がグループにいた頃の姿、与えてくれたものを鮮明に思い出せる。
こんな風に、「彼女がグループにいたこと」を曲の中にパッケージングしてしまうような言葉を連ねて、歌詞として仕上げている。
また、実在する深川のことを描く分、物語調に落とし込むというより、全体的に抽象的な描写になっているのも、この曲のポイントである。(この点は、以後の卒業シングルと対比してみるとより効いてくる)
さて、そんな卒業シングルである『ハルジオン~』だが、"別れ"の曲でありながら、曲調としてはどちらかと明るい、前向きな印象を感じるものになっている。
この印象は、作曲者であるAkira sunset氏の作風が大きいと思われる。氏の作る楽曲は、ギターを弾きながらの作曲スタイル故か、ストレートなメロディラインが多く見られる(『狼に口笛を』、『いつかできるから今日できる』辺りがわかりやすいか)。
コード進行の動きも細かく刻んでいない分、王道なポップソングに仕上がり、そこにストリングスの音を重ねて厚みを出したりしつつ、リズムは打ち込みを使用することで、しっとりさせ過ぎないようバランスを取っている。
こうした曲調も相まって、卒業を惜しむ以上に、盛大に送り出し、明るい未来を目指していこう、そんなメッセージが込められているような印象の楽曲となっているように感じないだろうか。
『ハルジオン~』は、深川自身も、乃木坂46も、その先の未来に目を向けている、それを(ファンに、そして深川に)提示するための楽曲だ。
裸足でSummer
当時にして「次世代エース」だった齋藤飛鳥の初センター曲。所謂"夏曲"であり、彼女はこの曲でセンターを務めると同時にツアーの座長も担うことになった。
そんな彼女は、当時はネガティブな発言も少なくなく、特にこの曲の選抜発表時の発言は印象的だ。
さて、ここで個人的な話になるが、当時は「飛鳥センターは、いずれあるだろうけどまだ来ないだろう」と思っていた。選抜に定着してきて、福神にもなり、と着実に成長をしていたものの、まだ早いのではと(深い理由があったわけじゃないが)考えていた。
しかし、今振り返ってみると、前後にはメンバーの卒業があり、年が明けるとその一年に照準を合わせた曲のリリースがあり、その後は後輩も入ってきて、映画・舞台出演も……と、何かとイベント目白押しだ。
つまり、この2016年夏以外に「飛鳥初センター」をやるタイミングがなかったのだ。いつがふさわしかったか、というのを考えると永遠に答えは出ないが、ともかく早かろうがなんだろうが、このタイミングでやるしかなかった(もちろん、その采配が正かったことは今さら語るまでもない)。
もしかしたら、彼女自身も似たような考えが合ったかもしれない。「早すぎる」という想いがあっての、心の準備が出来ていなかったからこその、ネガティブな発言に繋がったとも考えられなくない。
そんな不安いっぱい抱えた飛鳥。だからこそ、彼女が務めるセンター曲・そして全国ツアーのライブを以て、その不安を払拭させてやる必要があった。
注目すべきは、曲中の『HEY!』という掛け声。飛鳥達メンバーによる慎ましやかなレクチャームービーもあり、ライブでは掛け声と共にタオルを頭上に掲げる振りが今まで続く恒例となっている。
この振り付けに『裸足で~』の役割が詰まっているように思うのだ。
ライブ会場で実際にやったことがある方は、何千、何万人もの観客が、曲に合わせてタオルを掲げるあの光景を思い出して欲しい。あの光景こそ、文字通り「会場が一体になった」姿ではないか。メンバー達も振り付けで両手を高く挙げている。まさしく会場にいる全員が『HEY!』のリズムに乗せて一つになっているのだ。
まだ強く自信を持てていなかった彼女が、自分がセンターとして、座長として行われているライブで、ツアーを彩るテーマ曲である『裸足~』において、会場全体が一つになった光景をまざまざと見せつけられるのだ。
そんな体験が、彼女にとって大きくないはずがないのだ。自分に与えられた役目をがんばってきた、その答えとなるものが目の前で行われるのだから、『4th year Birthday Live Blue-ray・DVD』のCMでも度々見られた涙も納得というものだ。当初抱えていた不安も、少なからず晴れたのではないか。
その光景を作りだし、飛鳥に見せつける。それによって得られる彼女の"成功体験"。こうしたギミックを持っているのが『裸足でSummer』という楽曲だ。
サヨナラの意味
乃木坂46にとって二枚目の卒業シングル。今回のセンターにして卒業メンバー・橋本奈々未は、グループからの卒業を以て芸能活動からも引退した。その分、『ハルジオンが咲く頃』の時の深川と比較して、今回の卒業=別れの意味合いが強く、それが楽曲にも反映されている。
『ハルジオンが~』の項にもちらっと書いたが、『サヨナラの意味』の歌詞はあちらと違い物語調、架空の登場人物を描いている。冒頭の〈電車が近付く気配が好きなんだ〉という描写が、実在の風景ではないものと、架空の人物(「僕」)の心情とを掛け合わせて描いており、ここで「僕」視点で進む物語であることがわかる。
そんな『サヨナラの~』の物語は「君」と「僕」のストーリー。〈サヨナラに強くなれ〉という印象的なフレーズは、僕が僕自身に言っている言葉だ。その悲しみを押さえ込んで、〈この出会いに意味がある〉〈腕を離して/もっと強くなる〉と自分に言い聞かせている。
つまりこれは、「君」との別れに直面した「僕」の悲しみ、辛さ、それそのものが描かれている歌詞だ。それを無理にでも受け入れようという「僕」の心情が描写されている。
そんな「僕」に、聴き手は自分のことを当てはめずにはいられない。そして当然、「君」に当てはまるのは橋本だ。
〈電車が通過する/轟音と風の中/君の唇が動いたけど/聞こえない〉このシーンでは、橋本からの言葉を受け取ろうとしてしまうし、〈後ろ手でピースしながら/歩き出せるだろう/君らしく…〉このシーンは背中を向けて去って行く彼女の姿を思い浮かべてしまう(『5th year Birthday Live Blue-ray&DVD』のCMで、その瞬間が切り取られている!)。
特に、『ハルジオン~』では残された「僕ら」の視点で「君」を語る描写だった分、深川とメンバー、という構図が浮かびやすかった。引き換え、『サヨナラ』は「君」と「僕」。そして、その2人の物語として描かれる分、実在のものとの距離がある。
それ故、歌詞で描かれる物語の登場人物に聴き手が自分を投影し、強く共感してしまう。そうすることで、彼女との別れを曲から強く感じてしまう。『サヨナラ~』は、そんな楽曲だ。
『ハルジオン~』との対比で考えると、作曲者にも注目したい。『制服のマネキン』『君の名は希望』『きっかけ』等でおなじみの杉山勝彦氏だ。氏は幼少期からクラシックの素養があり、また鍵盤を主に作曲活動に利用しているらしく、繊細なメロディラインを得意とする。
メジャーアイドルである乃木坂46の楽曲である以上、ある程度ストレートなコード進行を軸にしているが、ピアノならではの細かなコードが随所に見られ、その分メロディにも聴き手をハッとさせるフックが仕込まれている(<悲しみの先に続く/僕たちの未来>の部分なんかによく現れている)。
氏が作る曲はピアノで始まるイントロが印象深いが、今回は特にアタマの1音目が強い三連符が特徴的だ。そこから徐々に楽器の音が重なっていくことで、一層感情が高まる。そうして気持ちが際立たせて歌に入る構成により、より曲に没入していく。
こうしたフックを組み込んだ構成によって、強く心を揺さぶるメロディに完成しており、橋本との別れを彩る劇伴として非常に秀逸だ。
ある意味「杉山曲」の王道的な仕上がりで、ここぞという時に配される氏の存在感をより感じる一曲にもなっている。
『ハルジオンが咲く頃』と『サヨナラの意味』は、グループにとって大きな存在だった2人のメンバーの卒業を題材として、歌詞においても、曲においても、似て非なる表現を行った、対となる楽曲と言える。
インフルエンサー
さて、そんな大きな別れと、新たな世代の活躍が見られた2016年を終え、2017年最初のシングルが『インフルエンサー』。後に、この年のレコード大賞・大賞を受賞し、紅白歌合戦でも披露され、更にはあのヒム子との計3度のコラボレーションを果たす、名実共に乃木坂46の代表曲となる。
節目のタイミングを迎え、グループとしても多くの変化を経た上での一曲目のシングルとして、エースたる白石・西野をWセンターに配し、選抜メンバーも当時最多、そして「歴代最高難易度のダンス」に挑戦したこの一曲。
これらの要素や、リリースのタイミング、その後の功績を見ても、明らかに「グループの代表曲」になるべくしてなった…というか、"あらかじめそうなるもの"として用意されたことは間違いないだろう。
しかし、そんな『インフルエンサー』、「代表曲」ではあることに異論はないが、「ヒット曲」を狙っていたとしたら、いくらか懐疑的だ。というのも「一般層に浸透しにくい」要素がてんこ盛りなのだ。
ダンスはそう簡単に真似できないほど難しい
歌は細かく性急な符割&音程の移動も激しく歌いやすいとは言い難い
「乃木坂46の曲」らしからぬラテン調で、かつ色っぽいダークな雰囲気
これらの特徴は「カラオケで歌いにくい」とも言い換えられる。この要素は、ヒット曲としては意外と重要なポイントだ。『ヘビーローテーション』、『恋するフォーチュンクッキー』等は、まさしく真逆の要素を持っていることからわかるだろう。
だからこそ、このポイントに着目してみたい。
そう簡単に真似できない事を行うということは、それだけ高い技術を要することでもある。また、これまでとは異なる作品を発表することは、それだけ印象の強さを生む。
そうすることで「見て聴いて、わかりやすい変化」を表に出した楽曲だ。有り体に言えば、それまであまり乃木坂46に詳しくなかった、何となくしか知らなかった層にも届く「変化」を用意したのではないか。
「乃木坂46がこれまでとは違う」、そんな印象を与えるための要素を意図的に盛り込んだように思うのだ。だからこそ、レコード大賞、紅白歌合戦という、お茶の間に届く場にも紐付けられた。
更に、最初から予定されていたかどうかは定かではないが、ヒム子とのコラボも効果的な働きをしたように思う。単純に話題性としても十分だし、これまで「公式お兄ちゃん」として大事な存在だった日村勇紀氏とのコラボという事実が、これまで乃木坂46を追ってきたファンにとっては記録的な出来事だ。その分、『インフル~』がグループにとってもより重要な意味を持つ楽曲となる。
乃木坂46にとって大切な存在だったメンバーの卒業を経たからこそ、そのタイミングで、より先へ、より外へと目を向けなければならなかった。そんな意識が現れ、またわかりやすいくらいに効く要素を持って用意されたのが、この『インフルエンサー』という楽曲だ。
こうして、「変化」というキーワードがグループにとってより鮮明になっていった1年強、それを経た乃木坂46は、更なる変化を求めていくことになる…気がする。
その5につづく。
明日飲むコーヒーを少し良いやつにしたい。良かったら↓。