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女は顔 男も顔 -Act2-

以前に書いたエントリ 女は顔 男も顔
実は、これには後日談がある。人は、ある人物を嫌いになるあまり、たとえその人物が命の恩人になり得ても非礼で返してしまうお話。

2012年。
当時の会社は入社○年目という節目ごとに同期で集まって研修を行う決まりになっており、5年目だった僕は「中堅社員研修~チームリーダー候補としての心構え~」を受けることになっていた。
28歳で「中堅」扱いになってしまう弊社、いかに離職率が高いか想像に難くはないだろう。
まあ、当時僕が在籍していた部署は平均年齢が高く、チームリーダーになれるのは最年少でも30代半ばなので、本社の花形部署に配属されたキラキラ同期たちとは住む世界が違っていた。なので、「本社の花形部署配属」が前提のこの研修を受けてもまったく意味がなかった。

当然ながら、この研修には山本さんと吉沢君も参加していた。さぞかし結婚まで秒読み段階の仲睦まじいツーショットを見せてくれるのかと思いきや・・・

お互いを完全に避けている。

後で信頼筋に聞いたところ、吉沢君は男として自信がついたのか、2010年頃に後輩の子に浮気してしまい、あえなく破局したのだそうだ。
同期同士で破局なんてしたら、気まずさで退職しそうなものだが・・・。

研修の内容は全然覚えていないので割愛するとして、この研修は社外の研修施設で受けるものだった。その日は朝から雨が降っていて、会場の最寄は東京メトロ半蔵門線の某駅だった。
当時はまだ横浜に住んでいたので、渋谷まで出て東横線の武蔵小杉経由で帰ろうと半蔵門線ホームに行くと、見覚えのある後ろ姿。
山本さんだ。
「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」じゃないが、不用意に接近して、また変に「つきまとわれている」みたいな勘違いをされても嫌なので、ホームの反対側に行くか・・・

いや、俺は何も悪くないのに、何で俺がこんないちいち配慮しなきゃならない?本当にバカバカしい!

などと一人で考えていると、
山本さんが、
足を滑らせて、

ホームから線路に転落した。

ホームにほとんど人はいない。と同時に、「間もなく、1番線に、東急田園都市線直通・・・」と自動放送が流れ始める。
大学時代にJRの駅で駅員のアルバイトをしていたので、次の瞬間には反射的に非常停止ボタンまで走っていき、親指で押していた。
駅構内に爆音でブザーとサイレンが流れ始め、付近の電車は全て非常停止の措置を取る。

※どんな音か気になる人は、以下の動画の10秒くらいから。(音量注意)

後方を見て電車が接近していないことを確認してから山本さんの様子を見る。結構痛がってるが意識はあり、大きな怪我もしていなさそうだ。
近くにいたサラリーマンのおじさんも何事かとやってきたので、「ちょっと引き上げるので、手伝ってもらえますか?」と頼み、山本さんに声をかける。

「大丈夫?怪我は?動ける?」
既に上半身を起こしていた彼女は頷き、よろよろと立ち上がった。
おじさんと協力してホームの上に持ち上げる。

「いや危なかった・・・」
そういった僕の顔を彼女が見る。助けたのが僕だと悟るや否や、

即座に目をそらし、

立ち上がって、

去ろうとする。

「いやおいおいおい・・・」
「・・・」スタスタ
「ちょっと!大丈夫なん?」
「・・・」スタスタ

流石の僕もイラっとしてしまい、
「それが命の恩人に対する態度かよ!?俺が何したんだよ!」と叫ぶ。
おじさんも訳が分からないまま「おい君!ちょっと待てって!」などと言うが、構わず階段を駆け上がって行ってしまった。

呆然とする僕とおじさん。
そこへ駅員が「どうしましたかあああああああ」と叫びながら改札階から猛ダッシュしてくる。遅い。

駅員「何がありましたか!?」
僕「いや、人が落ちたんで助けたんですけど・・・」
おじさん「女の子が落ちたんで引き上げたんだけど、すぐ行っちゃって」
駅員「行っちゃった?」
おじさん「君、知り合いっぽいけど何かあったの?」
僕「いやまぁ、会社の同期なんですけど、何か嫌われてて・・・」
おじさん「あっ(察し)・・・でもそれでも黙って立ち去るのはひどいよなぁ」
駅員「・・・良く分かりませんが事情を聴かせてください」

その後、非常停止ボタンの復旧措置を行い、電車は5分ほどの遅れで運転を再開した。僕とおじさんは駅の詰所へ連れていかれ、事情聴取をされた。
駅員「防犯カメラで確認できました。この女性を助けたら、すぐ立ち去ってしまったと」
僕「そうなりますね」
駅員「・・・わかりました。次からは気を付けてください!」
ぼく(・・・何故俺が怒られる?)

詰所を出てから、おじさんに「巻き込んでしまいすみませんでした」と詫びた。
おじさんは「いやいや若いのに立派だよ。色々大変だろうけど、頑張ってな!」と言って去って行った。本当にいい人である。

ちなみに、この事件は特にニュース記事等にもなっていない。

おわり

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