いびつにうねる悪意と毒とサイケデリア The Halcyon:sprayer Interview
2023年末、電子音楽家・大山田大山脈としても活動する安島夕貴(Vo,Synth)を中心に結成された5人組バンド・The Halcyon。畠山健嗣(Gt / The Ratel)、モリモトアリオミ(Gt / Closed Circle)、サエキユタカ(ex.都心)、eda(Dr / souk/yokujitsu)とそれぞれ豊かなキャリアを持つメンバーが集い、今年6月19日に初のシングル『相似形/水仙』をリリース。8月12日に同作のリリースパーティで初ライブを行い、本格的な活動を開始した。
彼らの楽曲には、陶酔感と緊張感という一見矛盾するフィーリングが融け合いながら共存する。緩やかに蕾を開くギターと、とっくに枯れてしまったドラムスが、奇妙に手を取り合うサウンドデザイン。淀む音の中から、突如として眼前に迫る鋭利な言葉。
その陰には、直接的なリファレンスとなったPortisheadからの影響、個の差異が生む歪みをも飲み込む共同体としてのバンドのアティチュード、そして安島が重きを置いているという「悪意」があるようだ。
Portisheadからの影響
-まずは、バンド結成の経緯について教えてください。
安島夕貴(Vo,Synth):私が前のバンドを休止してから5年くらい経って、またバンドをやりたくなってきたので、去年の5月くらいにSNSでメンバーを募集したんですね。そしたら応募してきてくれたのがベーシスト2名で、その片方がサエキさんでした。サエキさんは以前からライブハウスのブッカーとして良くしてくださっていた方で、たまたま今バンド活動をあまりやってないという状態だったので、暇な人の方が良いだろうということで、お声がけしました。
サエキユタカ(Ba):安島ちゃんは歌がめちゃめちゃすごいし、歌詞も面白いし。もうバンドはやらないのかと思ってたんですけど、募集しているのを見て、この人の後ろで弾きたいって思って連絡しました。あと、死ぬほど暇だったので……。
安島:その後、ギターの畠山さん、モリモトさんと知り合って。畠山さんは、The Ratelのライブを観に行った時に「大山田大山脈さんですよね?」って話しかけてくださったんです。「ギター、素晴らしかったです。私もバンドやりたいと思いました」っていう話をしたら、「やりましょう」って言ってくれて。
-そして、残るはedaさんですね。
安島:edaさんがやってらっしゃるYOKUJITSUの楽曲にゲストボーカルとして私が参加して、何度かライブでご一緒させていただいてたんです。いくつもバンドをやってるから、忙しいかなって思ってたんですけど、「少しなら叩いてもいいよ」とのことで。
eda(Dr):調子に乗ってね(笑)。上から目線で申し訳ないですけど。
安島:その時点では正式な加入ではなかったんですけども、スタジオに入ったら楽しそうだからやってみるってことで、入ってくれました。
-大山田大山脈としてのインタビューでは、「自分の歌をずっと聞いていないといけないので、『歌疲れ』していた」「歌詞を書くのも結構苦痛で、言葉が入ってこない音楽をやりたかった」と語っていましたが、それから再び自身がフロントに立つバンドを結成するまでには、どのような心境の変化が?
安島:確かにバンドを休止した時には歌に疲れてて、歌のないテクノとかばっかり聴いてたんですよ。その結果、大山田大山脈っていうプロジェクトが立ち上がったんです。でも、元々は歌が好きだったので、また歌を入れたものをやりたいっていう気持ちはずっとあったんですね。
それから、リミックスの依頼をいただくようになり、歌モノを扱うようになる中で、曲を上手く掌握できるようになった感覚があって。大山田大山脈を経て、作曲や編曲にちょっと自信がついてきて。
-自分自身で最初から最後まで楽曲を手がけることで掴んだものがあった?
安島:まさにそうです。なので、また人を巻き込んで一緒にやってみたいと思うようになっていきました。
-そうして始動したThe Halcyonですが、当初はどういったバンド像を目指してらっしゃったんでしょう。たとえば、リファレンスになった他のアーティストだったり。
安島:実は、端的に言いますとPortisheadです。
サエキ:一番最初に言われたんですよね。Portisheadの2ndアルバムの1曲目(『Portishead』収録の「Cowboys」)みたいな雰囲気でやりたいって。
-そこは明確なビジョンがあったんですね。それはなぜ?
安島:せっかく前身に大山田大山脈っていうプロジェクトがあったので、それを活かすような形にしちゃえっていうのはあって。Portisheadって、すごくダークな音楽で、エレクトロニックなサウンドや打ち込み、HIPHOPの要素を掛け合わせてすごく良いものを作ってるバンドだと思うんです。そういう意味で、やりたいことに一番近いのがPortisheadだった。
-メンバーの皆さんは、そのビジョンをスッと飲み込めました?
サエキ:うーん、どうなんだろう。
安島:でも私は、サエキさんのベースにトリップホップ的な、ヌルっとしてるけど主張が強いイメージがあったので、ピッタリなんじゃないかなと思ってました。あとedaさんは、「デモ音源を聴いた時点でPortisheadかなと思った」っていう話を聞きました。
eda:音楽が直接的に似てるわけじゃないですけど、イメージ的に。Portisheadのニューヨークでのライブ盤(『Roseland NYC Live』)を聴きながら、こういうドラムを叩けばいいのかなと思いつつ。
-The Halcyonは「実験的かつ普遍的な音楽の創造を目指す」バンドとのことですが、大山田大山脈ではレフトフィールドなテクノを制作していたのに対し、このバンドでは必ずしもとことんオルタナティブなことをやるわけではないということですよね。
安島:そうですね。実は大山田大山脈でもそうなんですけど、覚えられないようなメロディーは作りたくないっていう気持ちがありまして。そういう柱がありつつ、実験的な要素を加えていくっていうことをやりたいとは思ってます。
-ちなみに、The Halcyonというバンド名はどういった由来で名付けられたんですか?
安島:Halcyonっていう英単語には「平穏な」とか「穏やかな」っていう意味があって、そこから睡眠薬の名前にもなってるんですけど、依存性の高さから乱用されてしまったりするんです。そういう、本来穏やかなものが、受け取る側次第で違う作用に変容していくのがすごく面白いなと思って。
eda:へえ。
安島:大山田大山脈でも『Zolpidem』っていう睡眠薬の名前を冠したアルバムを出してるんですけど。それとちょっと地続きなところもあって。
-安島さん自身も、たとえば明るくてポップな音楽を聴いたときに、その中の暗い部分を掬い取って受容することがあったりする?
安島:それはあると思います。The Beach Boysが大好きで。やっぱりバックグラウンドを知ってるからだとも思うんですけど、初期の彼らの音楽って、とっても明るい雰囲気なのに、どこか悲しく、切ないものに聴こえる。だからこそ好きだったりして。捉えようがいくつもあるようなものって魅力的だと思います。
「お決まりのバンド構成はどうでもいい」
-楽曲制作はどのような流れで行っていますか。
安島:まず私が元となる曲を打ち込みで作っていきます。だいたいベースとリズムと歌が入っていて、キモになるフレーズが入ってたり入ってなかったりみたいな状態で。それをみなさんに聴いてもらって、アレンジをしてもらうという形ですね。デモを作って以降はあまり口出ししてなくて。
eda:あんまりNOとは言われないですね。
サエキ:いま遅刻してる(畠山)健嗣くんが、曲の方向性を決定付けてくれるというか。
(ここでちょうど、遅刻していた畠山健嗣(Gt)が登場)
サエキ:今回配信された「水仙」もデモはすごいシンプルだったんですけど、健嗣くんがイントロのギターを付けた時に、この曲はめっちゃ良い曲になるぞと思って。
畠山健嗣(Gt):そんなこと言ってくれてなかったじゃないですか(笑)。
-安島さんの詞曲はもちろん、畠山さんによるギターフレーズもバンドの音楽性の鍵を握っているんですね。
畠山:安島さんが提示してくれるものが主ではあると思うんですけど、コンポーザーの気持ちが変わるような何かを勝手にぶち込むのが、性格的に気持ち良いというか。安島さんとは根本的に好きなものが結構近いと思うんですけど、物事をそのまま素直に進めるのが好きなタイプではないので。ちょっとおかしなことにしたいっていう。
安島:さっきお話した「実験性」を担ってるところがあります。
eda:だから、「あれやってみよう」「これやってみよう」ってアイデアをすごい出してくれて。
畠山:提案したものを試してみて、全員「ちゃうなあ」みたいなことももちろんあります。
eda:引き出しが多いですね。すごいなと思う。
サエキ:入ってくれて良かったって感じですね。
-アレンジ面では、ツインギターがどちらも存在感のあるリード的なフレーズを繰り出すのが特徴ですよね。
畠山:バッキングギターをやれる素養のある人間とそうじゃない人間がいると思うんですよね。こういう時はサポートに回ろう、みたいな優しさがある人とない人。その後者の、割とへんちくりんな二人が結果的に揃っちゃったので。そうなると、割とニューウェーブっぽく、80sっぽくなるっていうのはあったかもしれない。
今、The Smithsをオマージュした曲を作ってるんですけど、ジョニー・マーのギターって別にバッキングでもリードでもないなって。Siouxsie And The Bansheesとかもそうだと思うんですけど。上手くもないし、優しいバッキングを弾くわけでもない、よくわかんないギタリストが二人いるとこうなっちゃう、っていう結果論だと思います。
安島:私はギターのことを詳しくわかるわけではないですけど、バッキングがあってリードがあって、っていうお決まりのツインギターの構成はどうでもいいな、もっと面白いことができそうなのに、って思ってた節があって。ウチのバンドは変なことができて良かったなと思います。
イメージのズレがうねる初シングル「相似形/水仙」
-sprayerから配信された初のシングル「相似形/水仙」ですが、この2曲はバンドで最初に作った曲だったり?
安島:最初に作った2曲です。「相似形」からでした。
-2曲ともに、独特のサウンド感がキモになっていると思います。レコーディングおよびミックスは畠山さんが担当されていますが、どのような意識で取り組んだのでしょうか。
畠山:バンドを15年以上やってるので、コンポーザーやギタリストとしては出したい音や作りたい曲をやれるようになってきたなと思うんですけど、エンジニアリングに関しては正直まだ歴が浅いんですよね。始めたのがコロナ禍になってからなので。こうにしかならなったっていう…。
-ギター、シンセ、ボーカルといった上モノが空間を広げているのに対して、とりわけドラムのサウンドがすごくデッドな感じというか。そのギャップが面白いと思いました。
畠山:ロックっぽい音、ロック・カタルシスみたいなものはもういいだろうと思っていたかもしれないです。長年バンドやってきて、そんなのやっても売れないしおもろくないやんっていう。
友人のバンドマンが作った防音室でレコーディングをしたんですけど、いわゆるレコスタ的な音空間ではないので、デッドにならざるを得ないっていうのもあって。でも、エアー感のある音だったり、スタジアム感だったりは別にいらないだろうと思っていたので。録り音はデッドだけど、上モノに空間系が漂うという構図は、気持ち悪くて、それが気持ち良い。でもやっぱり、結果的にこれにしかならなかったんだという気もしますけど。
-リズム隊と上モノの間に、ある種の隙間みたいなものを感じるんですよね。その隙間に風が吹いてるようで、すごく冷ややかで、それが不穏なバンドのムードにフィットしてるというか。
畠山:それこそ、さっき話にも出てきたPortisheadに通ずるところがあるのかもしれない。Portisheadのジェフ・バーロウがやってるBEAK>っていうバンドがあって、2017年の『HOSTESS CLUB ALL-NIGHTER』でライブを観たんですけど。幕張メッセのスピーカーから、あのPortisheadのドラムの、サスティンもなくてくぐもったよくわからないしけた音が鳴ってて(笑)。その時に、「なるほど!エンジニアリングとかPAってこういうことなんやな!」って思ったんですよね。
-逆に言うと、初めて楽曲をレコーディングしたことで、その先のライブでのサウンドメイクにおけるサウンドメイクのイメージが固まったということもあるんですかね。
安島:どうですかね。でも、私は「ロック・カタルシスはもういいよね」っていう意見に完全には賛同しないです(笑)。「カタルシス、あっても良くない?」っていう派閥はバンドの中にあって。
-別に喧嘩をするわけではなく。
サエキ:確かに、メンバー間でその辺の意見の違いはありますね。俺も"ロックバンド"にならないようにしたいっていうのはあるから。
畠山:でも、普通のロック・カタルシスはいらないって思うのと同時に、ギタリストとしては普通のロックをやろうとしたり。どっちとも取れないことをしたいっていうのはあるのかもしれないですね。
-そうした方向性の違う音が重なった時に、結果として何が起こるかというのもバンドの面白さですしね。
畠山:安島さんが「こういうイメージの曲なんです」って話したこととまったく関係ないことをやって、「こういうのはアリなんですか?」って聞いたら「全然アリです」とか言われる、みたいなことも結構ありますね。
-そのズレをあえてそのまま生かしていく。
安島:そうですね。それが人と一緒にやることで生まれるものだと思ってるので、なるべく生かしていった方がいいかなって考えてます。
悪意と異物を潜ませて
-サウンドはもちろんのこと、歌詞も気になります。「水仙」はギリシャ神話に登場する美少年・ナルキッソスがテーマになっていますよね。
安島:「ナルキッソス」は水仙の学名でもあって。水仙をモチーフに選んだのは、毒のある植物の名前を使いたいという理由です。その学名がギリシャ神話と繋がりがあったので、それを利用したという形ですね。
-配信ページに記載されているライナーノーツには、「ナルキッソス(=水仙)的な物事に宿る神話性を唾棄する。」とありますよね。安島さんの表現には、物語的なものへの愛着と不信が同居しているような印象があって。
安島:あらゆる既存の物語に対して、プスッと少し毒を入れるというか。そういう反逆心はあります。常に悪意を持って歌詞を曲を作ってるんですよ。
サエキ:ああ、それはすごいわかる。
-それは何に対する悪意なんでしょう。
安島:人に向かってるわけではないんですけど……難しいな。予定調和なことがあって、それが物語性だったりすると思うんですけど、そういうものに対してサイケデリックなうねりだとか、ちょっと違って見えるような仕掛けだったりを含ませたいって思ってます。
-「水仙」では、幻想的な描写が続いた後に吐き捨てられる「だからどうしたナルキソス野郎が」というラインが棘になっていますよね。
安島:聴き流せてしまうような言葉が7割くらい、殴られるようなフックになる言葉が3割くらいというバランスには気を付けています。それと、昔からあまり歌詞に使われていない言葉をどんどん盛り込んでいこうという気持ちはありました。
まだ音源になっていない「悪魔の手先」っていう曲がありまして、その歌詞に「麻雀」っていう言葉が出てくるんですけど、メンバーがみんなその曲のことを「麻雀」って呼ぶようになっちゃって。ライブで披露したときも、みんなに「『麻雀』って言ってました!?」って言われちゃって。そこは匙加減が必要ですけど、そういう目を疑うような言葉を使いたいと思ってます。
畠山:抽象性が高い、サイケデリックな雰囲気の中で、急に「麻雀」って言われると、現実に振り戻されるよね。
-それによって、楽曲の世界が一気に目の前に迫ってきますよね。ところで、初めて「水仙」を聴いた時には、『The Bends』のころのRadioheadを思い出しました。
安島:Radioheadは大好きです。
eda:初期のRadioheadみたいっていうのは3人くらいに言われた。
-安島さんがTwitterで「Karma Police」を弾き語りしている動画も拝見しまして、「なるほど!」と。あと、カラオケでBjörkのモノマネをしている動画も……。
畠山:お騒がせしている動画(笑)。この間、uri gagarnの威文橋さんから「新しいバンドのボーカルの人、Björkの動画めっちゃいいね!」って、急に連絡がきました(笑)。
安島:ありがとうございます(笑)。
-今後の活動について伺わせてください。直近のリリースなどの予定はどのように考えていますか?
安島:まだアルバムを録れるほどの曲を作れてないので、今年中に曲数を確保するのがバンドの当面の目標というか。録り始めは来年になるのかなという気がしてますね。曲を作りつつ、ライブは月1ぐらいでできたらいいなという感じで動いております。
畠山:デモ自体はもうめちゃくちゃありますよね。
eda:10は超えてますよ。
サエキ:こういう構成にしたいとか、こういう曲を入れたいとか、既に考えている段階ではあります。
-では最後に、The Halcyonとしてみなさんが目指しているバンド像を教えてください。
安島:まあ………………Radioheadですかね。
一同:(笑)。
畠山:確かに、日本にRadioheadみたいなバンドっていない。でも、俺は割とNirvanaかなって思ってるんですけど、このバンドは。
安島:Nirvanaにもなりたい。
サエキ:じゃあ僕はPortisheadで(笑)。
eda:バンドって隙間産業で、特にオルタナの人たちはみんながやってないことをやるじゃないすか。隙間産業のちょうど良いところを突いていけたらいいですよね。
-安島さんは以前のバンドでフジロックのルーキーに出演された経験もありますけれど、そういった大きなマーケットに対する興味は?
安島:基本的には、ライブよりも音源で良いものを作りたいっていう気持ちが強いんですけど。でも、今度はルーキーではなく普通に呼ばれたいっていう思いはありますね。
サエキ:深夜のRED MARQUEEに出たいですね。
Text:サイトウマサヒロ(@masasa1to)
Edit:sprayer note編集部
Profile:The Halcyon
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