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市川マコト 「過去の自分に拍手を送れるものができた」 初のソロアルバム『滴水穿石』リリース:sprayer Interview

市川マコトがアルバム『滴水穿石』を10月6日にリリースした。THE イギーポップ狂 チャコペンシルズ、クレヨンイーターといったバンドのフロントマンとして00年代中頃から活躍を続けてきた彼にとって初のソロアルバムとなる本作には、20代から書き溜めてきたというジャンルレスな全9曲を収録。一人のリスナーとしての尽きない好奇心が、ロックミュージシャンとしての矜持をもって一作にまとめあげている。同作の制作過程や、現在の音楽シーンに抱く思いを聞いた。


長年の蓄積が産んだ初のソロアルバム『滴水穿石』

-『滴水穿石』の制作を意識し始めたタイミングはいつごろだったんですか?

一つのアルバムとしてまとめようと思ったのは今年の頭ですね。それにもきっかけがあって。4曲目の「マチノアグピタ」が、かつてのバイト先で隠れて付き合ってた男女について歌った曲だったんです。で、その二人が結婚するっていう話を今年に入って聞いて。そこでこの曲のことを思い出して、音源にしてプレゼントしたいと思ったんです。その結婚式がちょうど10月にあるので、間に合うように制作を進めていたら、シングルじゃなくてアルバムを作れるかもと。なので、書いたけど世に出してなかった曲を、録音し直したり、リミックスしたり、ブラッシュアップした結果、僕の20代を総括するようなアルバムになりました。曲を書いた時期もバラバラで、一番古いのは10年くらい前の「マチノアグピタ」。一番最近なのは多分「近づいただけ」ですけど、それも数年前くらいですね。昔録音した素材と、新しく録り直したものを組み合わせたりもしています。

-『滴水穿石』というタイトルはどのような思いで名付けられたのでしょうか?

アルバムの内容には特にコンセプトがなかったので、カッコいいタイトルだったらなんでもよかったんです。ただ、字面も響きもカッコよくしたいと思うと、すぐ英語になっちゃうじゃないですか。色んな国の言葉があるのに。だから今回は何か違うタイトルにしたいと思って、中国のことわざを調べてみた。で、『滴水穿石』カッコいいなって、浅いノリで。

-期せずして、市川さんが長年に渡って作りためてきた曲が収録される本作にピッタリのタイトルになりましたね。

はい、そういう意味合いも込められるなと思いました。

-完成しての手応えはいかがでしたか?

元々僕がフォーカスしていたのは、これから作るソロ2ndアルバムなんですよ。それを面白くするために、いま頭の中にあるアイデアを一度外に出しておかないと、先に進めない気がして。だから、良いものにならなくてもとにかくリリースするつもりだったんです。だけど完成してみたら、「今までの自分、すごいじゃん」というか。過去の自分に拍手を送れるようなものができましたね。

-アルバムのライナーノーツには「ロックリスナーとしての彼のルーツを紐解きながら旅するような作品」とありますが、具体的にはどのような影響が本作に表れていますか?

元々、僕の音楽の入り口は70年代のパンクなんです。だけど、20代を過ぎてからはもうちょっと幅広く聴けるようになっていって、その時その時のマイブームをリアルタイムで曲にしているような感覚がありますね。なので影響源は曲によって全然変わりますけど、自然に咀嚼して出てきたものたちばかりです。ただ、レゲエとかダブっぽいディレイのかけ方は、ちゃんと本場のものをリファレンスにしてミックスしていくということにこだわりました。あと、1曲目「錯綜の憧れ」はSTRFKRっていうシンセポップバンドの音作りを真似したいと思って作りましたね。途中からは全然自分の曲にしちゃいましたけど。

-ソロでの制作とバンドでの制作の違いはどのような点に感じますか?

パートが自由なところ。ストリングスも入れられるし、鍵盤も入れられるし。逆に「みんな黙ってて」みたいなのも気を遣わずにできる。

-1曲目「錯綜の憧れ」は、「ああこれは最後の / 最後の最後のチャンスかも」というフレーズに背筋が伸びる、オープニングに相応しい一曲です。どのように制作されたのでしょうか?

コロナ禍あたりに書いた曲なんですけど、当時、音楽を聴くとかマンガを読むとか映画を観るとか、すべてに対するやる気がなくなっちゃって。やりたいはずなのにできない。そういう自分の体験を歌ってるんですけど、同じように「俺もやれてないな」っていう人の「やりたいな」という気持ちを抉るように掘り返せたら、という歌詞になってます。

-ソロだからこその挑戦を感じさせる楽曲も多く収録されています。たとえば3曲目「精霊馬」には民謡のような空気感もあって、これはなかなかバンドで制作できるものではないかも。

「精霊馬」は元々はアコギの弾き語りライブのために作った曲でした。レコーディングにあたってもうちょっと楽しくゴージャスにすることを考えた時に、いわゆるロックサウンドとは違う方向に味付けしたくなって。そこで、知久寿焼(ex.たま)さんっぽくしようと思ってアレンジしました。

-あとは6曲目のインスト曲、「lam森p」もフックになってるなと。

確かに。この曲は昔自分の公式LINEの読者さんにタイトルを募集して、「lamp」と「森」っていう二つの案をくっつけて名付けました。

-そういった多様な楽曲が、ロックというジャンルの自由度を示すような作品になっています。収録曲のバラエティ性は意識しましたか?

それは感じてほしいと思ってましたね。僕自身、自分が聴きたいものを自分で作ってるっていうところもありますし。あれもこれも好きだから、全部知ってくださいっていう気持ちはあるので。色々な方向に散らばっていることを感じてほしい。

-それは、バンドで作品を作る時とは異なる姿勢?

そうですね。バンドのアルバムは、ある程度キャラクターを縛らないと伝えたいことが伝わらないかなと。ソロではその考えから離れて制作できました。

常に対峙するのは自分自身

-2000年代からライブハウスシーンで活躍する市川さんが、現在のインディペンデントなアーティストを取り巻く環境について、感じていることはありますか? たとえば、sprayerのようなサービスを使えば誰でも全世界に楽曲を配信できるようになりましたが。

めっちゃ良い時代になったなと思いますね。やる側にとっても、聴く側にとっても。15年前や20年前はCD出すこと自体がステータスだったけど、だんだんその価値も薄れてきて、でもコストはずっとかかるままだった。でも、今は音源を作ってリリースすることのハードルがすごく低くなったっていう。過去には、素晴らしいアルバムを作ってレコーディングしたのに流通させられないっていうアーティストがたくさんいたと思うので。世に出す一歩を誰でも踏み出せるのはすごいですよね。

-そのような時代の流れが、リスナーの受容の在り方も変化させてるとも思います。アルバム単位で音楽を聴く人が少なくなったとか。そういったネガティブな変化を感じることはありますか?

どうだろう。聴く人は聴く、っていうのはずっと変わらないと思う。僕自身、中高生の時に周りの同級生と同じような音楽の聴き方をしてたかって言われたら、それは違うし。時代によって主流の聴き方は変わるだろうけど、その裏でずっと自分の好きな楽しみ方をしてる人はいるから、そこにアプローチできていれば問題ない。表面的な部分を悲観してもしょうがないかなとは、よく思っています。

-メジャーの音楽シーンについて思うことはありますか?

メジャーって何のことを指すんだろう。たとえばフジロックの一番大きなステージに出演するのをメジャーって呼ぶのならば、それに対しての憧れはあるんですけど、お茶の間への憧れは持ったことがないですね。

-今後の活動についても伺わせてください。まず、市川さんがベーシストを務めるThe Winklicksの新作ミニアルバム『miracle action』が10月11日にリリースされましたが、こちらはどのような作品になっていますか?

生感を大事にした作品になってるかな。フィジカルの強いミニアルバムになったんじゃないかと思っています。

-市川さん個人としての展望はいかがですか?

この間クレヨンイーターで一日限定の復活ライブをやったんですけど、その時にフロントマンとして自分が作った曲をバンドでやる楽しさを思い出して。だから、これまではソロでは曲を作って発表さえしていればいいかなと思ってたんですけど、やっぱりライブをやりたいな。これからゆっくりメンバーを探していかないと。アルバムの曲を演奏するのであれば、どういう編成でどういうアレンジにすればいいのかがわからない状況ですけど……その悩みも楽しんでいければいいかなって感じですね。

Photo by 藤咲千明

-何か具体的な目標はありますか?

目標……ないです。曲を作ってリリースできれば満足。それを止めずに続けていくのが唯一の目標かもしれないですね。

-なるほど。市川さんの創作のモチベーションは、他者からの評価ではないんですね。

うん。自分に褒められたいです。リスナーとしての僕は結構厳しいと思うので、そんな自分をどれだけ納得させられるかを楽しんでます。常に対峙するのは自分自身ですね。

-では最後に、アルバムを聴くリスナーへのメッセージをお願いします。

何らかのきっかけでこの作品に辿り着いた方には、好きな曲が増えるまで何度も繰り返し聴いてほしいというワガママな願望があります。僕は、すべての音楽がスルメ音楽だと思ってるんですよね。スッと入ってこないものも、噛んでいけば味が出てくる。それが、こういうバラエティ豊かなアルバムだと感じやすいと思うので。一年後にもう一度聴いてみたら好きな曲が一曲から三曲に増えてたとか、そんなことがあったら嬉しいです。

Text:サイトウマサヒロ(@masasa1to
Edit:sprayer note編集部


Profile:市川マコト

2007年、THE イギーポップ狂 チャコペンシルズのギターボーカルとしてデビュー。
クレヨンイーターなどのいくつかのバンドや、ラジオパーソナリティーとして、国内外で活躍。
創ることで感じ、感じたことで創る、循環型アーティスト。

商業主義への嫌悪感から、日本で初めてビデオクリップのことを「PV(プロモーションビデオ)」から、「MV(ミュージックビデオ)」へと呼び変えた。

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