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英国で愛されたクラシック音楽(2): 遅れてきた英国最大の作曲家ベンジャミン・ブリテン

ウィリアム・シェイクスピアの「夏の夜の夢」よりインスパイアされて生まれた音楽について書いてきましたが、三回目の今回が最終回。

メンデルスゾーンやイベール、ドビュッシーの素晴らしい音楽を紹介しましたが、やはり英語を母語とする英国の作曲家の作品を取り上げないのは寂しい。

英国がドイツやイタリア、フランスのように、西欧音楽史上に特筆される大作曲家を全く持つことがなかった理由はいろいろ挙げられますが、自前で優れた音楽家を育成せずに、経済力に頼んで、ヘンデルやハイドン、パガニーニーメンデルスゾーンなど外国の優秀な作曲家を招聘する伝統を作り出したことは残念なことでした。

娯楽音楽を消費するという文化生活を世界で他の国に先駆けて作り出したのは、確かに歴史的に意義がある。

でも娯楽優先で、芸術音楽を国を上げて作り出そうという気概はなかった。

わたしはそう思います。清教徒革命における音楽教育の伝統喪失云々よりも、こうした文化への姿勢の後世への影響が深刻。

19世紀20世紀前半の英国において、最も人気のあった英国人作曲家は、「ペルシャの市場にて」で知られる、軽音楽のアルバート・ケテルビー (1875-1959)

そして英語オペレッタのギルバート&サリヴァンでした。この早口言葉の歌はとても楽しい。

こういう深み度外視、日替わりで音楽教養に乏しい大衆に提供されるような、ポップで分かりやすい音楽が愛されたのです。

20世紀になると、真に英国的な真面目なクラシック音楽と呼ばれる音楽が書かれるようになり、エドワード・エルガーやレイフ・ヴォーン=ウィリアムズがようやく登場。

でも彼らの音楽技法は時代遅れな19世紀的なものでした。作風は英国的音楽の特徴である、音楽的になかなか盛り上がらぬ田園的懐古的で、郷愁を誘う調べという英国調の響きを確立したのは評価されますが。

どんなに彼らの音楽が美しくても、音楽史家に革新的であると呼ばれるものではありませんでした。

やがて1930年代に天才ベンジャミン・ブリテン (1913-1976) が現れるも、既に調性的芸術音楽は何を書いても書き尽くされていたのでした。

ブリテンは、まだブルーオーシャンなジャンルを捜しました。

ブリテンの答えは、サリヴァンのようなミュージカルではない、本格的な英語オペラ。

オペラは母音の豊かなイタリア語で歌われるべき音楽。英語に似た強勢の言語であるドイツ語はオペラに相応しくないとされたこともありましたが、モーツァルト、ヴェーバーの実験を経て、ヴァーグナーは喉を酷使する大音量のドイツ語オペラを、イタリアオペラとは別の次元にまで高めたりもしたのです。

だから次は英語というわけでしたが、英語は長い音符を歌うに難しい言語なので、サリヴァンの早口言葉言葉のような音楽がお似合いだったのです。

大英帝国は瓦解しても、世界の覇権を引き継いだのは同じ英語国のアメリカ合衆国。

アメリカのジョージ・ガーシュウィンは、オペラとミュージカルの中間の特徴を持つ「ポーギーとベス」を英語で書いたりしましたが、本格的英語オペラはベンジャミン・ブリテンの登場まであり得なかったのです。

このように、ブリテンの英語オペラは非常に意味深い。ミュージカルではない、ベルカント歌唱的な唱法の本格的英語音楽劇なのです。

そんな数あるブリテンの英語オペラの大傑作の一つが、シェイクスピアの「夏の夜の夢」に基づくオペラでした。1960年の作曲。

正直、わたしが聞いても歌われたセリフは聞き取りにくい。

英語はオペラに向かないなあ、という残念な思いは何度聞いても払拭できないのですが、お話を知っているので、楽しみやすい。

音楽は複雑、非常に幻想的で、無垢な児童合唱による妖精の歌と恋に溺れる人間たちの世俗的な音楽の対比は秀逸。

一番の見どころは、最終章第三幕の幕切れ直前、人間たちが合同結婚式を終えたお屋敷に妖精たちが姿を現し、彼らの結婚を祝福します。

シェイクスピアの書いた妖精の歌から、パックのエピローグまでが素晴らしい。

インド風な舞台の動画がこちら。すごい舞台です。英語は分かりやすい。

最後の歌は、ブリテンらしくない、誰にでも子供にでも唄えるような単純な歌。

ですので、オーストラリアの歌手, クリスティーナ・アヌ (1970-)とディヴィッド・ホブソンはポップスに書き換えて歌っています。

アヌはオーストラリア北端とパプアニューギニアとの間のトレス海峡諸島出身のアボリジニ歌手。なかなか悪くない。

シェイクスピアの書いた英語の歌詞を掲載しますので、この節回しで歌ってみて下さい。

祝福の歌。三組の新婚のカップルを夜明けまで妖精たちが祝福しますよ、という歌。

Now, until the break of day,
Through this house each fairy stray.
To the best bride-bed will we,
Which by us shall blessed be;
And the issue there create
Ever shall be fortunate.
So shall all the couples three
Ever true in loving be;
And the blots of Nature's hand
Shall not in their issue stand;
Never mole, hare lip, nor scar,
Nor mark prodigious, such as are
Despised in nativity,
Shall upon their children be.
With this field-dew consecrate,
Every fairy take his gait;
And each several chamber bless,
Through this palace, with sweet peace;
And the owner of it blest 
Ever shall in safety rest.
Trip away; make no stay;
Meet me all by break of day.

ブリテンで最も有名な音楽は、バロック時代の英国の作曲家ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲。

ブリテン Brriten は英国 Britain とほとんど同じ発音。英国紳士的な抑制という英国らしさを味わうに最良の音楽。

ブリテンは二十世紀最大のオペラ作曲家の一人と呼ばれてはいますが、ブリテンのオペラがシュトラウスやプッチーニのオペラのように愛されているとは到底いうことはできません。

でも英語圏限定で時々上演されています。特に「夏の夜の夢」はシドニーオペラハウスでは定期的に上演される習わし、私もぜひ機会があれば舞台でシェイクスピアの言葉による音楽付き夢幻劇を楽しんでみたいものです。

もっと親しまれて欲しいですね。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。