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英語で愛されたクラシック音楽(8): ひばりは昇る

ヒバリのさえずりは夜明けの歌。

朝早くに太陽に向かって空高く舞い上がるヒバリ。

漢字で雲雀、雲のスズメ。

雲が浮かんでいる空の高さまで舞い上がってゆくように思えるほどに、高く羽ばたいてゆく鳥だから。

スズメよりも一回り大きいけれども、スズメのように我々の日常に身近だった鳥。

過去形で書かなければいけないほどに、いまではあまり身近では見かけなくなってしまったかもしれませんが、詩の世界で歌われてきた我々のすぐそばで暮らしていた鳥。

19世紀イギリスの詩人ジョージ・メレディスは Lark Ascending という詩を1881年に発表。

大変な人気となり、広く親しまれました。

20世紀になってこの詩から受けた霊感をもとに、同じくイギリスの作曲家レイフ・ヴォーン=ウィリアムズはとてもイギリス的な音楽を作曲しました。

いまではヴォーン=ウィアムズの音楽の方がメレディスの詩よりも知られるようになったほどの名曲です。

世界で最も美しいヴァイオリン音楽だとさえ呼ばれる十六分ほどの名品。

どこまでも限りなく英国的で、イギリス文化の中から生まれた最良のヴァイオリン音楽。でも超絶技巧を見せつけるという曲ではないので、玄人受けする音楽。

技巧を見せびらかしたがるヴァイオリン奏者には不人気なのかも。

この曲は編曲して別の楽器では演奏不可能。

独奏ヴァイオリンをそのまま残して、オーケストラ伴奏を人の歌う合唱に変えた編曲が存在しますが、わたしは合唱版を好みません。

イギリス的音楽とは

弦楽四重奏曲の父ヨーゼフ・ハイドンに「ひばり」というニックネームが与えられた有名な弦楽四重奏曲がありますが、冒頭から超高音で歌われるヴァイオリンの調べが朝早くに囀るひばりを思わせるというための命名でした。

五線譜の外のラ高から、一気に一オクターヴ上の音域へと
舞い上がってゆく第一ヴァイオリンはまるで雲雀の飛翔。
音楽によるジェスチャーの最も素晴らしい例ともいえる作品。
もちろんヴァイオンの最高音域(第三ポジションの)は
ヴァイオリンの最も輝かしい音が鳴るところ

ハイドンらしい明るさ溢れる大傑作ですが、ここでイメージされるひばりは、明るい陽の光の中の元気いっぱいなひばり。

音楽は非常にドイツ的なソナタ形式。

論理的に規則正しく展開されてゆく、理路整然とした音楽。

でもハイドンはそういう定型を少しばかり、ここぞというところで崩すので、何度聞いても新しい発見がある。

元気な雲雀の歌は、聞けば聞くほど元気になれる。

でもヴォーン=ウィリアムズの ひばりは違う。

朝霧が空を覆う北国のイギリスの田舎のひばりはどこか孤高で寂しげ。

空もまた遠く、雲雀の囀りも聴き手からは距離がある。

イギリスの音楽はドイツの音楽のように規則正しく流れてゆかない。

躊躇いがちに二度音程を行ったり来たりする囀り
舞い上がっても行ったり来たり

上がっては下がり旋回する鳥たちのように。

目的地へと真っ直ぐに飛んでゆくようなドイツ音楽に対して、イギリス音楽はいつだって行ったり来たり。

ドイツ音楽は真っすぐに彷徨い続ける。イギリス音楽は同じところを行ったり来たりして、漂い続けるような印象を受けます。

最もドイツ的なオーストリア的なマーラーのような音楽はひたすら自分の個人的な思いの丈を奏で続ける。

ブラームスならば苦悩は、あんなに大袈裟に語られないけれども、作曲家個人の苦悩は共感を求めている。

イギリス音楽は、個人の苦悩や嘆きを歌わない。

ひたすら作者の心に映し出される心象風景の描写に徹して、個人的な感情を直接的には語らない。

20世紀イギリスの作曲家エルガー、ヴォーン=ウィリアムズ、ホルスト、ディーリアス、ウォルトンらの作風はそうした音楽に終始する。

管弦楽法も基本的に地味。

どんなに大管弦楽団を駆使しても、響きがどこかくぐもっている。

エルガーのオーケストラ音楽なんて「イギリスのブラームス」と呼ばれたほどに重厚だけれども、ブラームスのような純粋な心情の吐露がない。

どれもこれも同工異曲とも言えるけれども、それがまた美しい。

後ろ向きな音楽とも言えるけれども、主観的な感情を押し殺したような憂いある情景の音楽は私の人生にとってかけがえのないものです。

メレディスの詩

原詩の美しい詩句は難しい言葉が多くて、英語を母語としない外国人が美しいものとして鑑賞するのは難しい。

メタファーが多くて各行の詳しい理解は一筋縄で行かないけれども、詩を音読すると、英語のリズムの面白さが楽しめます。

一行ごとに4つの強勢(アクセント)と弱勢(アクセントを伴わない部分)あります。

Tetrameterと呼ばれます。海岸でよく見かけるTetrapods(テトラポッド、四本足という意味)と同じ語幹からできています。Tetraで四。

二行ごとに韻を踏みます。Couple (二つ)と同じ語幹を持つ、Couplet(二行韻)という言葉で通称されます。

Tetrameter Couplets (二行韻の四歩脚)!

そういうリズムを味わいながら読むと、英語の響きを楽しめます(意味は分からなくても)。

そして英語詩特有(ヨーロッパ語特有?)の修飾語がどんどん後ろにつながれてゆくという、いわゆる Enjambment (句つながりと訳されます)のスタイルで書かれているので、詩句は鎖のようにいつまでも切れることなく流れてゆきます。

各行の終わりが途切れることなくどんどん続いてゆくのです。

英詩の最も美しい手法と言えるでしょう。

日本語は修飾節は言葉の前に置かれるので、こういう詩は倒置法となり、あまり一般的ではありません。

各行切れ目のない詩行を美しい日本語に訳すには前後を入れ替えないと日本語として美しい詩に訳せません。でもそうなると、原詩とはあまりにかけ離れたものになってしまうのが通例です。

ここでは以下にメレディスの詩をバイリンガル対訳にしてみます。原詩の語順を損なわないように、あまり前後は入れ替えないで逐語訳的に訳してゆきます。

122行とひたすら長いのですが、切れないで各行がつながっているのがわかるでしょうか。

時々、セミコロンで小休止。でもひたすら流れてゆきます。

Ofで名詞をつないだり、形容詞を後ろに置いたり、いろんなつなぎ方がありますね。

つながることで後半になると、最初に語られた言葉の意味が正反対になったりすることがEnjambmentの面白いところ。前の行の言葉が後の言葉と繋がることで、文意はどんどんと変わってゆくのです。

英語は基本的に大事な内容は文の中の後に置かれてゆく。

End-Weight Principleと呼ばれるのですが、そういう英語の特質を生かした素晴らしい語りなのです。

He rises and begins to round, ひばりは舞い上がり、輪を描き始め
He drops the silver chain of sound 絶え間ない、たくさんのつながりを持つ銀の鎖の

Of many links without a break, ような音を地に落としてゆく
In chirrup, whistle, slur and shake, シッシッ、ヒュッヒュッ、シュルルル、フルルル

All intervolv’d and spreading wide, 全てを巻き込みながら、広く撒き散らす

Like water-dimples down a tide 岸辺の波のさざなみのように

Where ripple ripple overcurls さらさら、さざめいて、丸まって
And eddy into eddy whirls; そして渦巻いて、渦巻いて、回りゆく

A press of hurried notes that run 駆けて行く急速な音符のかたまりは

So fleet they scarce are more than one, ほとんど空へと消えてはゆかないが、
Yet changingly the trills repeat 変化しながらトリルは繰り返される

And linger ringing while they fleet, 消えて行くときには鳴り響きながら余韻を残して、
Sweet to the quick o’ the ear, and dear  嗚呼、生者には甘美に、その耳に

To her beyond the handmaid ear, だが小間使いの耳などを超越して、
Who sits beside our inner springs, 我々のうちなる泉に座している彼女には、
Too often dry for this he brings,  あまりにもしばしば、ひばりの歌はつまらない、
Which seems the very jet of earth 大地から噴き出したものみたいに思えるからだ (死者にはひばりの歌はわからない。The quick and the dead は生者と死者という慣用句)

At sight of sun, her musci’s mirth, 太陽の目には、ひばりは楽師の陽気さ

As up he wings the spiral stair, 翼を羽ばたかせて螺旋階段を上がって行くと、
A song of light, and pierces air 光の歌が、大気を貫いて行く

With fountain ardor, fountain play, とても情熱的に戯れながら、
To reach the shining tops of day, 陽の輝きの天辺にまで、
And drink in everything discern’d  そして見惚れる
drink in 
An ecstasy to music turn’d, 音楽への恍惚を知る全てのものに、
Impell’d by what his happy bill 幸せのクチバシが撒き散らした羽根車に動かされ

Disperses; drinking, showering still, その幸せに酔い、それでもなお降り注ぐ、
Unthinking save that he may give 考えてなんていないから与えることを惜しまず

His voice the outlet, there to live ひばりの声は溢れ出て、生き生きと

Renew’d in endless notes of glee, 終わりなき歓喜の響きは繰り返されて行く、
So thirsty of his voice is he,  ひばりは自分の声を渇望してる、
For all to hear and all to know 自分は悦びなのだと聞くこと知ることができる全てのものに

That he is joy, awake, aglow, 目覚めよと興奮して

The tumult of the heart to hear 心のざわめきを聞く

Through pureness filter’d crystal-clear, 透明さを通じてクリスタルクリアに
And know the pleasure sprinkled bright そして輝かしさをまぶした喜びを知る

By simple singing of delight, 楽しい素朴な歌

Shrill, irreflective, unrestrain’d,  金切り声、思慮深さとは無縁、何にもとらわれず

Rapt, ringing, on the jet sustain’d  絶頂にて鳴り響く、飛び出してゆく、いつまでも

Without a break, without a fall, 休みなく、間違いなく

Sweet-silvery, sheer lyrical, 甘く銀色に輝いて、全くリリカルに

Perennial, quavering up the chord いつまでも、和音を震わせて

Like myriad dews of sunny sward 震えながら満たされてゆく明るい陽の中の草むらの

That trembling into fulness shine, 無数の雫のように輝いて

And sparkle dropping argentine; そして銀色にキラキラしながら落ちて行く
Such wooing as the ear receives コーラスを歌うポプラの葉に

From zephyr caught in choric leaves 捕まった西風の懇願のように

Of aspens when their chattering net 木々のおしゃべりが濡れて慄き

Is flush’d to white with shivers wet; 白く輝いたときに、

And such the water-spirit’s chime そして山頂の朝の輝きの中の

On mountain heights in morning’s prime, 水の精の鳴らす鐘の音のように

Too freshly sweet to seem excess, やりすぎだと思えるほどに初々しくあまりに甘美で

Too animate to need a stress; 見せびらかさないといけないかのように活発で
But wider over many heads でももっと広々と多くの者たちの上に

The starry voice ascending spreads, 星のような声は上り、広がって行くのだ
Awakening, as it waxes thin, 目覚る、次第に声が霞んでゆくなかで

The best in us to him akin; ひばりの如き、我々の中の最良の部分よ

And every face to watch him rais’d, そしてひばりの舞い上がる様を見るどの顔にも

Puts on the light of children prais’d, 褒め称えられた子供たちの笑顔が現れる

So rich our human pleasure ripes なんて豊かな人の喜びの成熟

When sweetness on sincereness pipes, 誠実さの上に甘美さが甲高く歌われるとき

Though nought be promis’d from the seas, 海からは何も約束されていないのに

But only a soft-ruffling breeze 柔らかく波打つそよ風ばかりが

Sweep glittering on a still content, 静かな満足感の上に輝きを押し流す

Serenity in ravishment. 恍惚の中の晴朗さに


For singing till his heaven fills, 天まで届く歌声は満たして行く

’T is love of earth that he instils, ひばりが注ぐ地上の愛だ

And ever winging up and up, そしてかつてなく舞い上がってゆき

Our valley is his golden cup, 谷は黄金の器で

And he the wine which overflows 溢れ出るワインはひばり

To lift us with him as he goes: ひばりが行くと我々はひばりと共に浮かび上がる

The woods and brooks, the sheep and kine 森と小川、羊たちと牛たち

He is, the hills, the human line, ひばりは、丘であり、人をつなぐもの

The meadows green, the fallows brown, 緑の牧場に茶色い大地

The dreams of labor in the town; 街の労働者の夢

He sings the sap, the quicken’d veins; 元気さを歌い、快活にさせる

The wedding song of sun and rains 太陽と雨の婚礼の歌

He is, the dance of children, thanks ひばりは、子供達の踊り、種まきする者たちの

Of sowers, shout of primrose-banks, 感謝、土手のサクラソウたちの叫び

And eye of violets while they breathe; 息づく時のスミレたちの目

All these the circling song will wreathe, 全ての円環する歌は花輪をかけるように覆う
And you shall hear the herb and tree, そしてハーブと木の声を聞くことだろう
The better heart of men shall see, 人の心の美しさは

Shall feel celestially, as long 神々しさをみて、感じるのだ

As you crave nothing save the song. この歌を留めておきたいなどと願わぬ限り
Was never voice of ours could say 我々の声では決して口にすることのできない

Our inmost in the sweetest way, 心の奥にあるもの、つながる

Like yonder voice aloft, and link あそこにある高い声のように、最も甘美な方法で

All hearers in the song they drink: 歌の全ての聞き手は酔いしれる

Our wisdom speaks from failing blood, 我々の知恵は衰えて行く血から語られる

Our passion is too full in flood, 情熱はいっぱいにみなぎっている

We want the key of his wild note ひばりの荒々しい歌声の秘密を知りたい

Of truthful in a tuneful throat, 本当に、美しい喉の

The song seraphically free 自由な天上の歌

Of taint of personality, 癖のように個性的

So pure that it salutes the suns とても純粋で、太陽に挨拶する

The voice of one for millions, その声は一声で百万人に匹敵する

In whom the millions rejoice 百万人が歓喜するのは

For giving their one spirit voice. ひばりたちの力に満ちた声


Yet men have we, whom we revere, だが我々が尊敬すべき人々は

Now names, and men still housing here, いまなお住まう彼らの名はここに

Whose lives, by many a battle-dint 彼らの命は数多くの戦いにおいて傷つき

Defaced, and grinding wheels on flint, 歪められ、石の上の砥石車は

Yield substance, though they sing not, sweet 完備な歌は歌わないけれども、糧を生み出している

For song our highest heaven to greet: 空高い天が歓迎する歌は

Whom heavenly singing gives us new, 天上の歌声は我々を新たにさせる

Enspheres them brilliant in our blue, 歌は青空において輝かしく讃えられる
From firmest base to farthest leap, 身近にある大地から、最も遠い地まで
Because their love of Earth is deep, 地上の愛は深いから

And they are warriors in accord 彼らは同じ思いを持つ戦士たちであり

With life to serve and pass reward, 奉仕する人生と得たものを伝えてゆく

So touching purest and so heard 心に響くほどに澄んでいて、聞かれることだろう

In the brain’s reflex of yon bird; あそこの鳥の頭の中の素早い動き

Wherefore their soul in me, or mine, なにゆえに彼らの心はわたしを捉える

Through self-forgetfulness divine, わたしの忘れっぽさを通じて、神々しく

In them, that song aloft maintains, その中で上からの歌はいつまでも

To fill the sky and thrill the plains 空を満たして平地を感動させる

With showerings drawn from human stores, 人の蓄えから引き出したにわか雨と共に
As he to silence nearer soars, ひばりは無音となって舞い上がり、

Extends the world at wings and dome, 世界を翼によって広げてゆく、
天空は
More spacious making more our home, さらに広くなり、われわれの居場所は

Till lost on his aërial rings ひばりの天の輪に消えてゆく

In light, and then the fancy sings. 光の中で、そして我が想いは歌うのだ

最後に音楽付きの朗読をどうぞ。

ひばり讃歌は音楽伴奏とぴったりな詩句であり、こんなにも音と言葉の世界が完璧に再現されたコラボも珍しいと思います。ブラームスがゲーテの詩につけた音楽やマーラーがアイネムの詩につけた音楽は本当に素晴らしいけれども、ゲーテやアイネムにはそれ以外の作曲の可能性がありそう。でもメレディスの詩にはヴォーン=ウィリアムズ以外は考えられない。

ヴァイオリン音楽の大傑作

ヴォーン=ウィリアムズの「雲雀は登る」はヴァイオリン協奏曲ではありません。

協奏曲はオーケストラとソロ楽器との対比が音楽的目的で、オーケストラがソロを引き立てる役に終始するショパンやフンメルの協奏曲のような例も19世紀前半にはありましたが、20世紀のヴォーン=ウィリアムズは「音の詩」としてヴァイオリンをソロ楽器として使いながらオーケストラ音楽を書いたのでした。

ヴァイオリンの魅力は女性の声に最も近いと言われる音を奏でること。

チェロの音域は男声ですが、ヴァイオリンは女声です。

オーケストラの数ある楽器の中でも比較的高い音域を担当する、女性の声に似たヴァイオリンの持つ特に高い音域を駆使して、薄い太陽の光の中でひばりが舞い上がる情景をヴォーン=ウィリアムズはメレディスの詩をもとにして作曲しましたが、表題音楽ではなく、詩から受けた感興を音にしたのです。

テクニックを誇示するヴァイオリン協奏曲ではなく、クラシックの世界では地味なイギリス音楽の一つなので、世界的に有名な20世紀のヴァイオリン奏者たちにショーピースとして愛されてきたわけではありませんが、内省的なイギリス音楽なので、それがまた心地よいですね。

広く親しまれているオーケストラ版

派手な美音がお好みならば、21世紀前半を代表する現代最高のヴァイオリン奏者ヒラリー・ハンの演奏が抜群にいいですね。詩情よりも音楽性の高さが際立ちすぎているという稀有な演奏。

もっと作曲家の意図したようなオーケストラとヴァイオリンの抑制された響きをお求めならば、やはりイギリス系のオーケストラとヴァイオリニストがいいですね。いぶし銀な響きがふさわしい。

初演時のピアノ伴奏版

ピアノ版もとてもいいです。派手さは必要ではないので、オーケストラほどにはカラフルではないピアノは、ヴァイオリンの歌をより美しく対比させる良き伴奏役です。

白い朝もやの中の静けさの中で歌う雲雀(ヴァイオリン)の朝の歌、お好きでしょうか。朝起きてこんなひばりの囁きが聞こえてきたならば、きっとその日一日は素晴らしいものになるのでしょうね。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。