見出し画像

どうして英語ってこんなに難しいの?: (3) 英語の歴史編

今回は英語の難しさを、英語の歴史という視点から紐解いてみたいと思います。

英語の学びにくさは、規則性のなさに問題があるとしばしば言われます。

英語の親戚のドイツ語のように、全てのドイツ語古来の言葉は第一音節にアクセントが付くというような規則性が有れば、英語も学びやすいのですが、どうも英語は非論理的で不規則なのです。

そのわけは、英語の歴史を学べば大抵は説明できます。

古代英語の成り立ち

よく知られるように、英語はゲルマン語系ではない、数多くの外国語に影響を受けて完成されました。

ブリテンと呼ばれたイギリス本島由来のアングロサクソン系の言語が英語の源なのですが、ガリア(現在のフランス)を征服したローマ帝国は海の向こうのイギリス本島まで支配権を伸ばしました。

第四代皇帝のクラウディウス帝の頃。しかし数百年を経て、5世紀末のローマ帝国の崩壊により、イギリス本島は戦乱の時代に突入。

そのイギリス戦国時代に活躍したのが、アーサー王伝説として伝えられることになる、アルトリウス(諸説あり)。しかしながら、島国イギリスは海の向こうのデンマークやノルウェーやアイスランドからの侵略を受けて荒らされるのです。

イギリス本島の本来の住民だったケルト民族は、海賊たちに征服されて西の地に逃げてゆきます。そこが現代にはウェールズ Wales と呼ばれる地方。

オックスフォード大学のホロビン教授によると、古代英語ではwealhという言葉は奴隷という意味だったそうで、つまり海賊たち(古代ブリトン人)に奴隷として狩られた人たちはウェールズのケルト人だったのです。のちに英語の奴隷を意味する言葉はスラブ人のSlaveが使われるようになりますが、このように言葉には血塗られた歴史が隠されています。

ケルト民族のルーン文字やドルイド僧や妖精の物語は今でも我々の心を魅了してやみません。

さてイギリス本島を荒らし回った海賊たちは現在のデンマーク地方出身で、デーン人と呼ばれています。いわゆるヴァイキング。このヴァイキングたちはやがて英国王となるのです。

しかしながら、デーン人のイギリス支配は、ウィリアム制服王がフランスより侵略してくるまでのこと。

ここで古代英語という、フランス語やアングロサクソン語やデーン語(古代デンマーク語)などの融合からなる言語が誕生。やがてチョーサーなどの文人がのちに登場して英語は洗練された言語として成長してゆくのです。

名作漫画 Vinland Saga

以上の教科書的な英語の歴史の背景を楽しみながら学ぶことが出来る素晴らしい漫画が存在するのをご存知でしょうか?

2005年より書き継がれてきて、アニメにまでなった超人気漫画「ヴィンランド・サガ」のことです。

わたしは歴史漫画を読むのが好きなのですが、前半部の戦闘シーンの血腥い描写に辟易して、その昔に無料で読んだ第一巻を読了後、もう読まないと決めたのですが、最近になってあるサイトで無料版が三巻まで利用できることを知り、最初の三冊読んで、これは絶対に読まないといけない漫画だと、今更ながらに悟り、大人買いして、今年2022年5月に発売された最新刊第26巻まで、数日かけてようやく今日読み終えました。

未完の名作である井上雄彦「バガボンド」もまた、無刀の境地を極める物語でした。
「ヴィンランドサガ」には、バガボンドが描けなかった、その先の世界が描き出されているように思えます。

幸村誠先生、ありがとうございました。

ここ数年で最良の読書の一つでした。最初はヴァイキングたちの戦争と侵略の描写ばかり。でも主人公トルフィンの父であるトルーズの言葉が大いなる伏線となり、殺人鬼トルフィンは、長い苦悩の人生の果てに剣を持たずに戦う真の戦士となるのです。

ネタバレしたくないので、詳しくは書きませんが、人生とは、敵とのたたかいではなく、自分自身との戦い。復讐は復讐しかうみださないのです。

お前に敵はいない

という父トルーズの言葉は深い。

真の英雄とは、敵を殺しまくる人ではなく、人を活かす人。真の活人剣とはなんであるかを、改心したトルフィンは我々に教えてくれるのです。

復讐鬼はやがて復讐される側となり、復讐されても仕方のないトルフィンは赦しを求めて、贖罪のために生きてゆく。殺されても仕方のない自分が自分の罪を贖うすべとは何なのか。本当の償いとは。

26巻で完結ではありませんが、最新巻の最後の場面ほどに感動的なシーンはそう多くはありません。ここまで読めれば大満足。物語もほとんど終わりに近いと言えます。無駄な引き伸ばしをしないでハッピーエンドにして欲しいものです。

涙溢れてくる深い思いに満ちた物語。まだこの漫画を手に取られたことがないと言われる方は是非。殺し合いを否定して、ヴィンランドに理想郷を作り出さんとするトルフィンの物語です。

殺戮シーンの苦手な方も、愚かしい戦争シーンが後半への大いなる伏線であると知れるようになると、もう最後まで読み終えないと寝ることもできなくなってしまいますよ。ですので時間のある休日にでもどうぞ。

このトルフィンの苦悩、やはりバガボンドの沢庵和尚の「強いものは皆優しい」という言葉に通じ合います。
トルフィンはまだ本当に強くなれていないのです。


さて、ヴィンランドサガに全く英語は出てはこないのは、古代英語と呼ばれる文字が完成する前の物語だからです。

でもケルト人が伝えたとされる古代ルーン文字は、教養ある天才技師のヒルドさんがこんなふうに子供たちに教えていたりもします。

ルーン文字を教えるヒルド

世界史で習うウィリアム制服王の英国征服は1066年で、トルフィンの時代の英国王は、のちに大王と呼ばれることになるデンマーク王クヌート。1019年ごろが26巻の舞台。物語はウィリアム制服王の時代よりも半世紀も前の話なのです。

クヌート(カヌート)大王もまた、このサーガ Saga (物語という意味のOld Norse語またはアイスランド語。つまり太古の英語)のもう一人の主人公とも言える人物です。

さて、わざわざヴィンランドサガのことを語ったのは、ルーン文字を語りたかったからです。でもどうしてルーン文字?

英語固有の音

英語は大変に発音の難しい言語であると前回書きましたが、難しいというのは、外国人には発音できないから。

日本人はトンガやフィジーやニュージーランドのマオリの言葉をネイティブのように発音することが出来ます。同じ太平洋言語圏の言葉なのですから。

英語話者や中国語話者は、マオリ語の発音は難しいと異口同音に語りますが、日本語を母語とするわたしには、It’s a piece of cakeなんですね。超簡単という意味。

だって普通にアイウエオの発音でいいのですから。短い母音だとかに悩む必要なしです。ローマ字読みすれば、マオリ語やサモア語の地名なんてネイティブそのもの。でも英語ネイティブには難しいのです。

ParaparaumuとかTaurangaとか、英語話者にはまともに発音できません。我々にはローマ字読みで完璧。そして英語的なアクセントは付けないこと。英語の人は全ての音を平板には読めないのです。

というわけで、母語にない音素は訓練しないと非常に難しいというのは、古今東西どこでも同じ。古代英語をアルファベットで表記しようとしたキリスト教宣教師などはブリテン人の難解な音を書き表すことができずに非常に苦労したのです。

外国人が英語を喋るのに苦労する音の筆頭はTH です。舌を軽く噛んで外に噴き出す息を濁らせるのですが、こういう特殊な発声は世界言語の中でも非常に稀なのだそうです。でも、この音こそが英語を英語たらしめるもの。

古代語のTH

現代英語ではTとHを合わせて、これを発音記号のθやðとして使用しますが、大昔からそうではなかったのです。

ラテン文字のアルファベットで表記できないので、古代英語話者は、ヴィンランドサガのトルフィンの時代のルーン文字、Thornと呼ばれる文字を使ったのです。

この字を使ってthの音を表記していました。英語のアルファベットは最初から26字ではなかったのです。

このThornも時代と共に以下のように変化してゆきます。

他にも古代英語にはWはありませんでした。

ダブリューは文字通りダブル・ユー。UUが引っ付いてWになったのです。

Thornとそっくりに見えますが、Wynnという字で、これがuuなのでした。

他にもTheはYを斜めにして Theを書いたりしました。現在でも

Ye Olde Booke Shoppe

なんてお店の看板を見ることがありますが、古本屋を古めかしく表現しているのです。レアな本が眠っていそうなお店かもしれません。

こういう古代語の英語はこんな風です。12世紀ごろの英語。OとEを引っ付けたœという母音もありますね。フランス語風でしょうか。

He said : a certain man had two sons. the younger son said to his father, father, give me… が現代風。

聖書ルカ伝より「放蕩息子」のお話。
Thornが何度も使用されているのがお分かりでしょうか?

まとめると、英語のThは無茶苦茶難しいということ。

ヴィンランドサガのすぐ後の時代の古代人も困っていました。外国にない音だから、外国で作られたアルファベットでは書きようもなかったのです。

Thank youとか、that, this, those, these, thy, them, their, thine, thee などなど、最も英語で大事な言葉は、このThornで本来は書かれていたのでした。

練習しましょう、早口言葉

英語を喋ってなかなか TH が通じないと言われる方、頑張りましょう。

最初はこんなふうに大袈裟に舌を前に出して練習しましょう。慣れるとここまで舌を出さなくていいですが、発音の綺麗な人は必ず口を大きく動かしてこれに似た感じで舌を噛みます。

日本語にない音なので、舌と口の中の筋肉を毎日訓練して発音できるようになるしかないのです。英語発音は筋トレ。この早口言葉を毎日練習すれば、数ヶ月後には苦もなくTHを発音できるようになります。私も随分頑張りました。

このサラブレッド ThoroughbredsはRも入っていて、練習し甲斐があります。

Thrillは日本語にはないRとLも入っています。Iは短いアイなので、日本語のイのように唇を開かないで。

この早口言葉を呪文のように唱えて、毎日録音してみて下さい。そのうちに最初の頃の発音と練習を重ねた後の発音を比べてみて、違いがわかるようならば、嬉しくなりますよ。外国語上達の早道は、自分の発音を録音してどんなふうに他人には自分の音が聞こえるのかを知る必要があります。頑張って下さいね。

参考文献

オックスフォード大学英文学教授のサイモン・ホロビン Simin Horobin先生のこの本は楽しく読めました。たった170ページなので英語歴史の面白さを短時間で堪能できます。英語で書かれていますが、読み易くおススメです。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。