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エリザベス女王のダイエット

イギリスのエリザベス女王が崩御されてもうすぐ三か月。

早いものですが、彼女は間違いなく、伝説として語り継がれることになる女王様です。

英国史上、最も興味深い女王様は、永遠に大英帝国の礎を築き上げたエリザベス一世であり続けるかもしれませんが、エリザベス二世もまた、伝説になるにふさわしい方です。大英帝国は彼女の代になって失われたのに関わらず。

もう一人のエリザベス女王


エリザベス一世は母親アン・ブーリンが父親ヘンリー八世に処刑され、カソリックの異母姉メアリー(プロテスタントへのあまりの迫害ゆえにBloody Mary血塗れのマリーと呼ばれました)に疎まれて、ロンドン塔に送られて、処刑寸前だったにもかかわらず、25歳で女王となりました。

そして誰とも結婚せずに、自分は国家と結婚していると宣言して、北の海の果ての弱小国だったイングランドを、欧州最強の新興大国へと立て直した女王。

私生活のエピソードもまた、あらゆる面で傑出していて、何度読んでも面白い(周りに侍り仕えた人たちには、なんとも恐るべき絶対専制君主なのですが)。

いつだって真っ白なお化粧で顔を塗り固めていたエリザベス一世
シェイクスピア時代の英国君主だったので、自分は彼女に非常に興味があります

同じ「エリザベス」なのですが、名前以外にもいろいろ共通点があります。

王位を継承する方として生まれてこなかったことは、エリザベス一世も二世も同じ。

だからでしょうか。

生まれながらの王(女王)ではないので、女王であることを長じてから意識した人として、「女王でない人生」の意味を知り、だからこそ、「女王としての生き方」を真摯に受け止めて生きたのだと思います。

王様であることが嫌で仕方がなかった、退位した叔父のエドワード八世や、王であることの心労により精神衰弱を患った、エリザベス一世の数代前のヘンリー六世とは全く違う考え方を持っていたのです。

エリザベス女王の個性

乗馬を好み、競馬を愛して、コーギー犬をいつも傍らに連れ、96歳で亡くなられた彼女の死因は「老衰 Old Age」でした。

大した病気も患わずに100年近い年月を健康に過ごして、生涯現役だったことは驚異的なのですが、伝説として注目されることになりそうな女王様の資質の一つは間違いなく彼女のダイエット。

食生活が彼女の長命を支えました。

健康寿命と生命寿命がほぼ同じだった人生を歩まれた女王様。

彼女の食生活に学ぶべきことはたくさんあるはずです。

王族だから贅沢して庶民には手の届かないようなものをいつも食べていたわけではありません。洗練されたものを食べ続けていたことは間違いありませんが、その洗練の内容が注目に値します。

悪い水を飲まないで厳選されたミネラルウォーターだけをを飲んだりしました。

水道水が飲めない英国の食生活事情を鑑みると、賢明な選択ですが、生涯にわたってこうだとすれば、凄いことです。水の味が変わればすぐに気がつかれたことでしょう。

わたしは海の幸の産地である兵庫県明石に住んでいたことがありますが、明石の水は本当に美味しかった。それ以前は大阪の淀川から提供される水を飲んでいましたが、本当に味が違います。

水が変わると体調を壊すというのは本当です。明石の美味しい水(普通の水道水)を飲んでから、大阪の水がそのまま飲めなくなりました。

イギリスの水は、日本の田舎やニュージーランドのようには美味しくはないし、衛生的でもないのです。

水以外にも、いろいろ無農薬野菜や放し飼いの鶏による卵とか、健康食材はたくさんありますが、より気にかけるべきは、何を食べるか以上にいかに食べるか。

そこで注目すべきはこの古いことわざAdage

王様の朝御飯、侯爵の昼食、貧乏人の晩御飯!

One should eat breakfast like a king, lunch like a prince, and dine like a pauper.

このことわざは、王様の食べるような上等の料理を朝ごはんに食べて、お昼は王様よりも格が落ちる貴族のお昼を食べて、最後の夕食は貧乏人のようにつましく質素な食事をとるべきという人生訓。

でも皮肉屋の英国作家サマセット・モームは、国際的に「まずい」と言われる英国料理を弁護して、「英国では一日に三度、朝食を摂るのが良い」などといったそうです。

実際にAll day breakfastというメニューが利用できるレストランもたくさんあります(笑)。下の画像はほんの一例!

それでも大したことないかも笑。

英国風の朝ごはんは晩ごはんに比べると美味しい。晩御飯の貧弱さとのギャップが激しくて可笑しく思えるくらいに。

でも英国由来の料理は多くは調理法が単純で(オーブンに入れただけの野菜に肉)味付けも食卓に置かれた塩コショウを好みで付けるなどするのですが(料理人は特に味付けしない?)、素材だけの味で食べているだけで、特に不健康なわけではありません。

アメリカンファーストフードよりもずっと健全な食べ物(笑)。

アフタヌーンティーと呼ばれるマフィンやスコーンは本来は朝ごはん由来の食べ物。

マフィンやスコーンは英国由来なのに、世界中で愛されている (そう言われていますが、フランス由来な気もします)。

でもハイティーで食されるクロテッドクリームと伝統的な英国純正スコーンやマフィンよりも、いろいろなナッツを入れたり、小麦粉のタイプを変えてみたりした方がより美味しくなることもあったりしますですが(笑)、英国式朝ごはんはいいですよね。

エリザベス女王はケロッグ社のスペシャルKというシリアルが大好きで、これにミルクとフルーツなどをいれるというシンプルなブレイクファースト。そして判を押したように毎日同じ。

若かったころはオムレツなどのタンパク質も取られていたと思いますが、晩年の女王様の朝ごはんは質素なものでした。

女王様(故ダイアナ妃)のシェフとしてバッキンガム宮殿で11年も女王様の食事の世話をされたダレン・マクグラディさんのインタビューがこちらに紹介されているので、訳出してみましょう。

女王様のシェフ、ダレンさんの言葉

女王陛下の食生活に関する数多くの情報がネット上に溢れています。どれも興味深いのですが、出典が書かれていないものが多いのです。ダイアナ妃に好まれたダレンさんですが、女王に仕えた彼の言葉は信憑性の高いものでしょう。

Darren, …said of the Queen's savoury choices:
"For a main course she loved game, things like Gaelic steak, fillet steak with a mushroom whisky sauce, especially if we did it with venison.
女王様の味付けの選択として「主菜には鳥肉やガーリックステーキ、キノコのウィスキーソース付きのフィレステーキ、特に鹿肉を陛下は好まれました」とダレンさんは言われました。

スモークサーモンのパテ(テリーヌ)

"For a first course she loved the Gleneagles pâté, which is smoked salmon, trout and mackerel. She loved using ingredients off the estate and so if we had salmon from Balmoral from the River Dee, she'd have that, it was one of her favourites. We used a repertoire of dishes, mainly British and French food. We cooked a lot of traditional French food like halibut on a bed of spinach with a Morney sauce."
「一つ目のお皿では、スモークサーモン、鱒や鯵のグレンイーグルのテリーヌを大層好まれました。ご自分の地所でとれた食材を愛されたので、サーモンはバルモラル城の傍のディー川から取り寄せました。食事のメニューは、ほとんど英国風かフランス風の料理でした。我々はほうれん草の上にもるねーソースを添えた巨鮃オヒョウ(ヒラメのような平べったい魚)のような伝統的なフランス料理をよく料理しました」

美味しそう(笑)
Halibut オヒョウは私の住んでいるところでは手に入りませんが、
Sole 舌平目でこういうのをよく作ります。

The chef added: "But the Queen never was a foodie. She always ate to live rather than live to eat. Prince Philip was the foodie. He'd want to try any new dishes all the time and got excited about new ingredients, whereas the Queen, if we had a new recipe, she'd have to look at the whole recipe before saying, 'Yes ok let's try it'. But for the most part she stuck to the same dishes week in week out."
そしてさらに次のようにシェフは付け加えられました。
「でも女王陛下は決して食通ではありませんでした。陛下は食べるために生きるよりも、いつでも生きるために食べられたのです。フィリップ殿下はグルメでいらっしゃいました。殿下はいつだって新しい料理を試され、新しい素材に出会うと大喜びなされましたが、一方、女王陛下は新しいメニューを載せると「これで結構です」といわれる前に全てのメニューに目を通したものでした。しかしながら、週のほとんどを同じメニューにこだわるのでした」

他にも女王陛下はチョコレートが中毒なほどに大好物で、晩年は砂糖の少ないカカオ80%以上のダークチョコレートを好んで食されていたのでした。チャールズ皇太子(当時)が見えられると、一緒にチョコレートを楽しまれたのだそうです。

女王様の食卓から

色々調べた中で、女王の食生活から学べたことは、誰でも自分の食べるものに対してポリシーを持つことが長命につながるのでは、と思えたことです。

ダレンさんの言葉にあるように、おそらく世界中の珍味を楽しめる立場にあり、一度は口にしたであろうにも拘わらず、グルメになろうとはせず、生きるために健康的なものを食べたのでした。

さて、女王様のメニューなどから考量して、私としては理想的な一日の食事はこんな風かなと思えます。

  • 朝御飯はしっかり食べる。フルーツを食べる。炭水化物も取る。特にタンパク質を摂る。ツナやサーモンの缶詰やソーセージや卵焼きなんか簡単にできますね。

  • サラダ、そしてお腹に持たれない肉・魚のある食事。炭水化物はあってもなくてもいい。

  • 炭水化物なし。量も少なめで。でもデザートは食べる(笑)。夕方早めにとること。

女王さまは外食(旅行をされて自分のお城以外での食事)されるときには決して貝類など、食中毒を引き起こす可能性のある食べ物は決して口にされなかったそうです。健康第一。人生の楽しみは控えめに、がポリシーだったのかもしれません。

具体的に何を食べられたか、探せばまだまだ見つかりますが、美味しいものに目がないグルメなフィリップ殿下のように「美味しいものを食べるために生きる」ではなかった96年の生涯でした。

ですが夫君フィリップ殿下はなんと99歳まで生きられた方でした。

ですので、エリザベス女王式食生活が絶対的な長生きの秘訣というわけでは全くないのですが、なんでも食べるわけではなく、自分は健康のためにこういうものを食べると意識されて生きてこられた姿勢は素晴らしいものです。

生きるために食べるか (公務第一!)。
食べるために生きるか (個人の人生第一)。

まあ人それぞれでいいのですが、生涯現役だった女王さまらしさは何を食べてきたかに端的に表れています。

「君が何を食べているか言ってくれたまえ、君がどんな人か言い当てて見せよう」
元祖グルメのフランスのブリア=サラヴァン (1755-1826) の言葉
炭水化物を食べないと太らないという考察は現代においても素晴らしい。
1825年に書かれた美食礼讃は今でも読む価値ありです。
女王様の人柄は食生活から確かに読み取れます。

フィリップ殿下存命中には、女王は長年朝食を殿下と一緒にとることはなかったという暴露記事に近いニュースも流れましたが、女王には殿下の「王様の朝ごはん」が自分のポリシーに反するものだったのでしょうね。

無理して嫌なものを一緒に食べるよりも、別の部屋で違った朝食を取ることができるのも王族ゆえ。やはり女王さまは我儘を押し通せる権力者なのでした。

生き続けることが仕事の一部だった、生涯現役を貫き通した女性の食生活の秘密。なかなか面白いリサーチを楽しめました。


参考文献:

Eating Royally: Recipes and Remembrances from a Palace Kitchen

ダレンさんの書かれた本、日本では入手困難なようですが、なかなか面白い読み物です。

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。