英語詩の言葉遊び(9):語呂合わせの慣用句
今回は重い文学テキストはやめて、短めの軽い話題を。
英語の特性:綴りと発音が異なること
英語は「音」にこだわる言語です。
アルファベットは表音文字なのですが、スペルと発音がほぼ一致しない英語においては、書き言葉の美はあまり価値がないと言わざるを得ない。
理由は、英語と無縁なはずのフランス人のノルマン王朝にイングランドが12世紀から数百年間も支配されていたことが主因。
支配者たちが集う宮廷ではフランス語、庶民は二流で俗なイギリス語という二重構造は、フランス語風の英語の書き言葉の発達を促したのですが、黒死病による人口減少とフランス勢力の影響の後退のために、いわゆる大母音推移 Great vowel shift という現象が15世紀から17世紀ごろまで発生しました。
フランス語宮廷風な英語が庶民の喋る英語と融合して、書き言葉はフランス流、でも喋る言葉はローカルな英語流となったのです。
ローマ字っぽいフランス的な発音が書き言葉に残り、そのまま変化せず、ローカルな英語発音が国中で使われることとなって、英語はフランス語的な綴りを英語独自の音で読むという現代英語の基礎が完成。
後世の我々にはなんとも迷惑な英語世界の大変化。
こうして英語はローマ字読みできない言葉に変わり果てたのです。
イタリア語やドイツ語はローマ字読みでもほとんど発音に問題ないのに。
NAMEはローマ字(フランス語・ラテン語)的にナーメだったのが、二重母音のネイムに変化したなど、英語は書き言葉からは発音がわからないという難しい言葉になったのです。
例えば、英語のAは、二重母音「エイAi」にも「ア=æ、ɑ、ə」にも読める。単語ごとに読み方が違う!例外だらけでほとんど法則なし。
そんなわけなので、英語は音読されることによって、英語という言語の真価が姿を現します。
言葉そのものの発音がこれほど徹底的に変化した例は世界でも珍しい。
一方、日本語では、音の要素は英語ほどにはさほど重要ではない。日本語はなによりもヴィジュアルなのです。
日本語は音読よりも、紙に書かれた文字を鑑賞する方が大事。
日本語という表意文字の漢字と表音文字の仮名を併用する、世界でも稀なる言語を有する日本という国は、大衆的な習字の伝統を持ち、美しい書を愛する文化を大切にしてきました。
我が日本国はこの伝統を誇らしく思うべきですね。
英語の飾り文字はきわめてマニアックな世界!
喋る音が絶対に書き言葉よりも大事な英語なので、アクセントで教養が推し量られたりもします。
外国人でも、オックスフォード英語を喋るとか、優れたアクセントで英語を駆使できると一目置かれること間違いなし。
でも難しい語彙を駆使して英語を喋ると偉いということは英語世界ではあまりありません。
それよりもPlain Englishと呼ばれる、わかりやすい英語を立派に使いこなせることがもっと大事で、古い言い回しや古い英語をたくさん含んだ格調高い英語をかけたりできるようになる必要は法律家にでもなろうとしない限り必要ないのです。
英語では日本語に存在するような教養の有無を問われるような故事成語を駆使する必要はあまりありません。衒学的 Pedanticであると嫌われるのが関の山。
シェイクスピアや聖書のフレーズくらいは知っておくといいのは確かですが。
でもわかりやすい慣用句はコミュニケーションを円滑に進ませるために、とても愛されています。
特に人気なのは、音が楽しい英語慣用句。そして音の楽しさを生かした言い回し!
音声重視の英語
こんな表現、聞いたことないですか?
なんでミツバチ?といえば、それはBusyとBeeが同じB音で始まるからです。イソップに働き者と評された働きアリも、花粉を集めるのにあくせくしてるミツバチと同じくらいに忙しそうですが、Busy as an Antでは響きが美しくない!
Busy as a BeeはBの頭韻 Alliteration で出来ている。さらに Busy と Bee は脚韻を踏んでいる。
英語ではこういう表現が非常に好まれるのです。
おなじBでは、As bold as brassもいいですね。
音を揃える
英語を書いたり喋ったりする中で、英語の音を揃えることができれば、もう超一流の英語の使い手。
長くて複雑なフレーズでなくてもいい。
次のような短い慣用句的なフレーズを覚えてしまって使ってみると間違いなくウケます。
音が揃うと英語は楽しく、美しいのです。
英語は非常に音楽的。響きで言葉に統一感を与えるからです。
日常的に使われる音を揃えた慣用表現はたくさんあります。
最初の音が揃う場合
Cool as a cucumber キュウリのように冷たい。カッコいいという意味では使わない笑
Fit as a fiddle ヴァイオリンのようにぴっちりと調弦されている=ピッタリと合っている
Dead as a doornail ドアに打ち込まれた釘のように完全に死んでいて動かない。14世紀ごろから使われていた表現。シェイクスピアが史劇「ヘンリー四世第二部」で使い、チャールズ・ディケンズが「クリスマスキャロル」で使用したほどによく知られた慣用句。
Slow as a snail カタツムリのようにのんびりだ。Snail Mailという表現もあります。これも脚韻を踏んでいますね。
Sweet as sugar 砂糖のように甘い
響き(母音)とリズム(強弱アクセントのパターン)が揃う場合
Lean and mean 欠乏していて卑劣という意味ですが、ハングリー・スピリッツに飛んでいて、ガムシャラである、必要最小限の労力で成果を上げると言った場合に使われます。でも、そんなスパルタ式で禁欲的なやり方は嫌われることも。倹約して切り詰めて必死に何かをするときに使われます。ストイックなトレーニングに励むボディビルダーが好きな言葉。
Silly Billy イギリスの道化師のよくある名前。Billyはウィリアム Williamの愛称ですが、コメディの舞台でこの名前を見かけたりしますね。揶揄うことに使ったりもします。嫌がる人もいるので使い方に要注意ですが、知っておくといいですね。 I am Silly Billy. I show you a trick なんて言いながら隠し芸をするといいかも。日本語で言えば、与太郎みたいなもの。
Rough and tough 辛くて困難なこと。見るからにやり遂げるのが大変な仕事に直面すると使えますね。
Happy as a clam (満潮時の)ハマグリのようにハッピーだ。後半が省略されていて、本来は at high tide 「満潮時の」が続きます。hæpi:とklˈæmの母音が一致して響きがいいのです。
Wild goose chase 無駄な努力。野生の野鴨を追いかけても決して捕まえられない。S音で韻を踏んでいます。グース・チェイス。
High as a kite 二重母音のAI(ハイ・カイト)で韻を踏むけれども、最後の音が違うので、いわゆる不完全脚韻。凧のように高い。
Easy peasy 楽勝だよっていう時に使いますが、Peasyに意味なし。響きがいいから付け加えるだけ笑。語呂合わせ。
Quick as a wink クウィック・アズア・ウィンクは韻が綺麗ですね。あっという間という意味。
Keen Beans ビーンズは特に意味はないのですが、キーンとビーンズは韻を踏んでいるので、とても熱心だという意味でよく使われます。
韻文の楽しさ
英語詩は頭韻もありですが、基本的に脚韻が最も大事。
喋る音楽であるラップも脚韻 Rhyming が不可欠。英語のラップが面白くて、日本語がいまいちなのは、日本語は本来はライミングを重んじないから。
英語圏で大変な人気となり、今では市民権を得ている英語俳句のように、日本語ラップはよそよそしい。詩作の大好きなわたしは英語俳句には否定的です。
英語の音の特性が生かし切れていないからです。意味に重きが置かれて、英語の言葉遊び要素がなくなってしまっていて、所詮輸入された外国語の詩のスタイルだなと私は思ってしまいますが、その話はまたいずれ。
音で遊んでみてくださいね。ラップの話もまた今度。
ことわざにも、音が整った素敵なものがたくさんあります。イソップ寓話集には次のような言葉があります。
劇詩人シェイクスピアの劇の名前は韻を踏んでいて、タイトルからして非凡。
英語の言葉の中の音楽のお話でした。
次回はまたルイスキャロル。それからドクター・スースを語りましょう。
英語世界にはまだまだ楽しい韻文がたくさんありますね。
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