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英語詩の言葉遊び(3): taught us = tortoise

「不思議の国のアリス」の言葉遊びの続きです。

「不思議の国のアリス」には二十種類を超える日本語翻訳があるそうです。

わたしの手元にはアリスの日本語版は福音館の大正生まれの生野幸吉さんの1971年の古い本しかないですが、それ以降に出版された新しい翻訳は同じ本ではないのではと疑いたくなるくらいに、原作の言葉遊びの部分の喩えと言葉が異なるはずです。

それほどに翻訳しにくいのです。

英語の言葉遊びだから。

翻訳家泣かせとも言えるし、翻訳家が自分らしい翻訳を作り出せる最良の作品とも言えます。

方言でも口語体でも丁寧調でも擬古文でもきっと面白い。

外国語である英語の言葉遊びは、どんなに努力しようと完璧には訳せないし、いくらでも解釈の幅があるので、個性的な翻訳本をいくらでも作り出せてしまう。

例えば、次の文をどう訳しますか?

難解パートはあえてカタカナにしておきますね。

ちなみにTurtleは海亀、Tortoiseは陸亀で、別のタイプのカメを指すことが一般的です。

カメはカメでも種類は違うのです。

“ The master was an old Turtle—we used to call him Tortoise——” 
“Why did you call him Tortoise, if he wasn’t one?” Alice asked.
“We called him Tortoise because he taught us,” “said the Mock Turtle angrily. “Really you are very dull!”

「先生は年寄りのウミガメでした。でも我々は先生をトータスと呼びました」
「どうしてトータスと呼んだの、リクガメでないのに?」アリスは尋ねました
「トータスと呼んだのは、我々を教えたから(トータス)したからだよ」とニセ海亀は怒りながら言いました
「本当にとんでもなくバカだな」

Taught us とTortoiseの発音は全く同じ
こんなシャレは訳しようがない
だから翻訳者は悩ませられるのです
taught us は一語にして続けると、Tortoiseと同音になるのです

ニセ海亀スープの歌

前回は「教訓が口癖でダジャレ好きなの公爵夫人」を紹介しましたが、今回はニセ海亀 Mock Turtleが語るおかしな英語の話です。

アーサー・ラッカムの描く、子育て中の不機嫌な公爵夫人

ニセ海亀なんて生き物は現実には存在しないのですが、不思議の国Wonderlandには存在するのです。

Arthur Rackham アーサー・ラッカムの描く
ニセ海亀とアリスとグリフォン
ニセ海亀は牛の頭に後ろ脚に尻尾、
でも体は海亀の甲羅に覆われていて、前脚はヒレのあるウミガメ仕様

「不思議の国のアリス」第九章は物語後半、最終場面の裁判の直前に置かれていて、ニセ海亀の歌を含んだ次の章は、まさに「不思議の国のアリス」のナンセンスのクライマックス。

メロディに乗せて歌われるための歌が含まれています。

この歌は、作者が意図した通りにパセティックに哀愁を漂わせた歌い方がいいですね。

原作の中の歌はもともと、ジェームズ・セイルズ James Sayles の「Star of the evening」という19世紀の歌のパロディなのですが、今では原曲は忘れ去られています。

ニセ海亀のスープを讃える歌

20世紀初頭のヴィクトリア朝時代終わり頃の女流作曲家リサ・リーマンは、後期ロマン派的に最高にロマンティックな作曲をしたりしているけれども、歌詞とのミスマッチの激しさがなんとも言えません。

でもこの作曲は美しすぎて歌詞とはチグハグです。これも作曲家によって意図されたナンセンスの一部かも。

美しい貴婦人よ!と恋する若者が歌う歌みたい笑

Beautifulの日本語訳は「美しい」ですが、美味しい食べ物を褒め称える言葉としても普通に使われます。だからビューティフル・スープなのです。

Beautiful Soup, so rich and green, 最高に美味しいスープ、なんて豊穣で緑色
Waiting in a hot tureen! 熱い陶器のスープ鍋の中で待っている
Who for such dainties would not stoop? 誰がこんな珍味に飛び付かないでいられようか
Soup of the evening, beautiful Soup! 今夜のスープ、最高のスープ
Soup of the evening, beautiful Soup!
Beau—ootiful Soo—oop! 最っ高のスゥゥプ!
Beau—ootiful Soo—oop! 最っ高のスゥゥプ
Soo—oop of the e—e—evening, こーんやのースゥゥプ!
Beautiful, beautiful Soup! 最高の、最高のスープ!

“Beautiful Soup! Who cares for fish, 最高のスープ、誰が魚とか鶏肉とか
Game, or any other dish? 他のものなんてなんて欲しがる?
Who would not give all else for two 誰がこんなに美味しいスープにたったの二ペニーをださないなんてことあるかい?
pennyworth only of beautiful Soup? 二ペニーの美味しいスープに?
Pennyworth only of beautiful Soup?
Beau—ootiful Soo—oop! 最っ高のスゥゥプ
Beau—ootiful Soo—oop! 最っ高のスゥゥプ
Soo—oop of the e—e—evening,
Beautiful, beauti—FUL SOUP!” 最高の、最っ高なスープ!(Beauti=Beaty=美しいもの、美味なもの、と止めて、最後にフルスープなので、ビューティフルとお皿いっぱいのスープをかけています)

筆者拙訳

ちなみにMock Turtle Soup と検索すると、レシピが見つかります。

ミドリ海亀のスープは非常に美味しくてグルメだと伝えられていますが、そのようなフレンチレストランの高級食材を庶民は食べれないので、「ニセ」海亀のスープが18世紀のイギリスで考案されたのだとか。

つまり、アリスのニセ海亀スープは由緒正しい英国料理!

Green Sea Turtle=アオウミガメ
歌ではなんて緑と歌いますが、日本語ではアオ!
現在では保護動物なので、スープにして食べることは違法です
一度賞味してみたいものですが。
本物の海亀の肉は市場に流通しませんが、
養殖された別の種類の亀が海亀スープとして食されています。
こちらは普通に食べてもいいので、今度試してみたい
カメ肉スープはチキンのモモ肉と蛤と豚肉を一緒に煮込んだような味わいだとか
海亀の肉の代わりに
牛肉の頭部を香辛野菜と煮込んで作ったスープが「ニセ海亀スープ」
本来は仔牛肉の脳味噌などの頭部の肉を煮込んだものらしいのですが
牛肉の安い部分を長時間煮込んでスープにすると
このような名称で呼ばれるのです
ハートの女王様の大好物らしいです笑
レシピはいろいろありますが、どれも味付けが違うようです
原作のイラスト作家テニエルの描いたニセ海亀は、
牛の頭を持った大海亀として描かれているのは、牛肉スープだからです

1951年の人気ディズニーアニメではニセ海亀は登場しません。でもちゃんと歌まで書かれて、最後になって割愛deleteされたのです。

「不思議の国のアリス」の中で音楽付きでメロディに乗せて歌われることを前提として書かれた詩は、おそらくこの歌だけ。

いろんなヴァージョンがありますが、わたしが最も気に入ったのは、次のテレビ放映のために制作された歌。

この歌はどこか悲しげでユーモラスなのがいいです。哀愁のニセ海亀なのですから。

現在でも「ニセ海亀スープ」は缶詰として売られています。牛肉と野菜煮込みスープなのですが。

わたしの住んでいるニュージーランドで見かけたことがないのは残念。
脂身のない牛肉で作られていると書いてあります
レモンを添えるといいのですね
イギリス本国ではいまだに人気だとか

ニセ海亀の身の上話

グリフォンに連れられてアリスは、ニセ海亀の悲しい身の上を聞かされますが、言葉が造語だらけで、日本語版で読むと全く別物になってしまう章と言えるでしょう。

なぜニセ海亀が泣いてばかりで、あまりにも何事にも悲観的なのかは説明されていないし、本文を読んでもよく分かりませんが、おそらくわかる必要もないのです。

こういう性格のキャラで、悲観的な人生観を持つ人のステレオタイプなのでしょう。

ニセ海亀のスープが好物らしいハートの女王が怒ってばかりいるようなものかも。

おそらくウミガメは月夜の番に岸に上がり、涙を流しながら卵を土の中に産むことが知られています。ニセ海亀が鳴きっぱなしなのはウミガメは泣くものだと広く知られていたから。

ちなみにグリフィンとグリフォンは同じ想像上の生き物。

アメリカ英語ではグリフィンが多くて、イギリス英語ではグリフォンなことが多いのです。

さてグリフォンとニセ海亀の章、作者ルイス・キャロルの造語力の多彩さを楽しめる楽しい場面です。

“Now, at ours, they had, at the end of the bill, ‘French, music, and washing—extra.’”さて我々の学校では、課外の授業料の支払いには「フランス語、音楽、洗濯その他」と書かれていたのです
“You couldn’t have wanted it much,” said Alice; “living at the bottom of the sea.” 「海の底じゃたくさんのことは教えてもらえないわよね」とアリスは言いました
“I couldn’t afford to learn it,” said the Mock Turtle with a sigh. 「お金がなかったんだよ」とニセ海亀はため息をつきながら言いました
“I only took the regular course.” 「僕は正規の授業だけ受けたんだ」
“What was that?” inquired Alice. 「それはどんなの」アリスは訊きました
“Reeling and Writhing, of course, to begin with,” the Mock Turtle replied; 「ReelingにWrithingさ、もちろん、はじめにね」ニセ海亀は答えました(ReelingはReading=読み、Writhingは書き、つまり読み書きですが、意味としては「釣りのためのリールの巻き方」に「悶え苦しむ」。音が一字違うだけで全く意味が変わり、これでは何のことだか分かりませんが、これが言葉遊び)
“and then the different branches of Arithmetic—Ambition, Distraction, Uglification, and Derision.” 「それで算数の違う分野の、Ambition=addition、Distraction=extreaction, Uglification=multiplication, derision=devisionを習ったのさ(加減乗除と言うべきところ、足し算=向上心算、引き算=注意散漫算、掛け算=汚し算、割り算=嘲笑い算を習ったと言うのです。似た言葉で言い換えたのですが、元ネタを知っているの笑えるかも。日本語翻訳では意味が理解不能)
“I never heard of ‘Uglification,’ ” Alice ventured to say. 「汚し算なんて聞いたことないわ」とアリスは思い切って言ってみました
“What is it?”The Gryphon lifted up both its paws in surprise. 「何だって?」グリフォンが前足を両方とも驚きのあまりに跳ね上げました
“Never heard of uglifying!” it exclaimed. 「汚し算を聞いたことないとは」大声を出して言いました
“You know what to beautify is, I suppose?”「綺麗算は知っているんだね、そうだろ?(綺麗算=Beatifyは正しい英語、Beauty=美しくする=美化する、でもUgly=醜いの動詞形は英語には存在しません)」
“Yes,” said Alice doubtfully: 「知ってるわ」とアリスは疑う気持ちを持ちながらもそう言いました
“it means—to—make—anything—prettier.”「Beautifyは綺麗にすると言う意味だ」
“Well, then,” the Gryphon went on, 「すなわち、だから」グリフォンは続けました
“if you don’t know what to uglify is, you are a simpleton.”「Uglifyを知らないなら、あんたはおバカさんということだ」

この部分は翻訳者泣かせ
注釈でもつけないと英語なしでは理解不能

Quadrilleはカドリール?

第十章はエビのカドリールという章名で、章の終わりは上記のニセ海亀の歌で締め括られますが、「エビのカドリール」というダンスにつけられた歌は、ティム・バートンの映画の挿入歌が秀逸です。

カドリールはフランス起源のダンスなので、カタカナ表記はカドリーユがより正しいのですが、英語ではカドリールなのでそのままにしておきます。

カドリールは4人一組で踊るダンスなので、この歌では一緒に踊る仲間を誘うのです。

“Will you walk a little faster?” said a whiting to a snail, 「もう少し早く歩けないかい」鱈はカタツムリに言った
“There’s a porpoise close behind us, and he’s treading on my tail. 「僕らの後ろにはネズミイルカがついてきていて、僕のしっぽを踏んでるんだよ
See how eagerly the lobsters and the turtles all advance!  見てみなよ、どんなにエビと海亀は前に進んでいるか!
They are waiting on the shingle— あいつらは岸に上がって待っているよー
will you come and join the dance? 早く来て、一緒に踊らないかい?
Will you, wo’n’t you, will you, wo’n’t you, ダンスしにおいでよ
will you join the dance? ダンスに入りなよ
Will you, wo’n’t you, will you, wo’n’t you, 入りなよ、入らない、入りなよ、入らない?
wo’n’t you join the dance?” ダンスに入りなよ

“dance?“ You can really have no notion how delightful it will be 「踊り?」君はそれがどんなに楽しいことか、少しだって分からないだろう
When they take us up and throw us, with the lobsters, out to sea!”  あいつらが僕らを捕まえると、エビを海に放り投げよう
But the snail replied “Too far, too far!”, and gave a look askance— だがカタツムリは「遠すぎる、遠過ぎだよ」と流し目でちらり
Said he thanked the whiting kindly, but he would not join the dance. カタツムリはタラに親切にありがとうと言ったが、ダンスには入りたくないようだ
Would not, could not, どうしてだい?踊れないのかい?
would not, could not, どうしてだい?踊れないの? 
would not join the dance. ダンスには入りたくない
Would not, could not,  どうしてだい?踊れないの?
would not, could not, どうしてだい?踊れないの?
could not join the dance. 踊れないのかい?

“What matters it how far we go?” his scaly friend replied. 殻付きの友達は答えたさ「なんでこんなに遠くまで行くんだよ」
“There is another shore, you know, upon the other side.「あっちの方には知っての通り、対岸がある」
The further off from England the nearer is to France—「イングランドからもっと言った一番近くはフランスさ」
Then turn not pale, beloved snail, but come and join the dance. 最愛の友のカタツムリはでも青ざめることなく、そしてダンスに参加した(フランスではエスカルゴとしてカタツムリが食べられる土地だから、普通はカタツムリは青ざめる)
Will you, wo’n’t you, will you, wo’n’t you, 踊らないかい、踊らないの?
will you join the dance? 踊らない?踊るの?
Will you, wo’n’t you, will you, wo’n’t you, 踊らない?踊るの?
wo’n’t you join the dance?” カドリールに入りなよ?

エビではなく、人間の躍るカドリールの動画がありました。

こんな踊り。これがエビやカタツムリやタラならば、さぞ楽しいことでしょう。

エビの聲!

そして最後は旧約聖書からのパロディ。

作中で語られているように19世紀に人気だった「怠け者の歌」という詩をもじったパロディ詩です。

旧約聖書の愛の歌集の言葉をパロディにした、アイザック・ワッツの「怠け者の歌」はアリスの書かれた頃には広く知られていたのでした。でも今では誰も知りません。

格調高いジェームズ王欽定聖書では次のようなパッセージです。

Song of Solomon 2:12 ソロモン王の歌 第二章12節
The flowers appear on the earth; 花たちは地上に現れる
the time of the singing of birds is come, 鳥たちが歌う時が来たのだ
and the voice of the turtle is heard in our land; そしてキジバトの声が我らの大地に聞かれるのだ

The voice of the turtles として知られた一説ですが、
カメではなく
TurtleとはTurtle diveのこと
シェイクスピアでもTurtleといえばキジバトのことなのです
でもThe voice of the turtleを作者ルイスは
文字通りにカメと読み替えてパロディにしています

この聖書の言葉をワッツは次のようにパロディにしました。

第一聯だけ掲載します。ここは完璧にオリジナルの文型を少しいじっただけの名編作でしょう。脚韻は

  • complain / again

  • bed / head。

“’Tis the voice of the sluggard; I heard him complain,「怠け者の声だ、あいつが文句を言うのを聞いた
‘You have wak’d me too soon, I must slumber again.”「早く起こし過ぎだよ、もう一度寝るよ」
As the door on its binges, so he with his bed、ドアは閉じたまま、怠け者はそのままベッドに潜り込む
Turns his sides and his his shoulders and his beauty head,綺麗な頭を肩の下に置いて横向きになって、…

‘TisはIt isの省略形
イティ・イズではなく、ティス
こうするとシラブル二つが一つになり、詩文のシラブルの数を減らすことができるので
詩作ではよく見かけます

アリスでは変容して以下のようになります。

“’Tis the voice of the Lobster: I heard him declare ,「エビの声だ、あいつが喋り出すのを聞いた
‘You have baked me too brown, I must sugar my hair.’ 「焼きすぎた、あんたは僕を茶色に焦がしちゃった、髭の部分に砂糖を塗らないと
As a duck with its eyelids, so he with his nose  アヒルが瞼でやるように、エビは鼻を使ってやるんです
Trims his belt and his buttons, and turns out his toes. ベルトの部分もボタンも整えて、つま先を広げるんです

When the sands are all dry, he is gay as a lark, 浜辺がすっかり乾いたら、雲雀みたいに大はしゃぎする
And will talk in contemptuous tones of the Shark: そして上から目線のサメみたいに話し出す
But, when the tide rises and sharks are around, でも上げ潮になってサメたちが寄ってくると
His voice has a timid and tremulous sound.” エビの声はびくびくして臆病になる」

なんでエビの歌が脈絡なしにこんな歌になるかは
元ネタを知っていないと笑えません
不思議の国のアリスは古典となった19世紀の作品なので
こうして説明しないと理解できない部分もあります
同時代真の誰もが笑えるネタも100年以上経つと分からなくなるのです

脚韻も二行ずつ綺麗に整えられたリズムの良い詩ですね。

  • declare / hair, 

  • nose / toes, 

  • lark / Shark, 

  • around / sound

と綺麗に整えられています。

英語は音読してリズムを味わうのが一番なのだと思わずにはいられません。こういう楽しい詩を読むと。黙読では味わえないものが英語詩にはあります。

次回は「アリス」に載せられた数々の詩の中の最高傑作である、騎士道物語のパロディの「Jabberwocky」についてです。私の大好きな英語の詩です!

アーサー・ラッカムの描いたアリス
諸藩に採用された有名なテニエルのものよりも
7、8歳の少女らしさが表現されているように思えます

ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。