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Gavotte en Rondeau:「ロンド形式のガヴォット」

久しぶりにコンサートでヴァイオリン協奏曲を聴いてきました。

ピョートル・チャイコフスキーの有名なニ長調協奏曲。

ソリストは、ポーランドのヴィエニャフスキ国際ヴァイオリンコンコールにも出場した経験のある、地元の美人キウィ・ヴァイオリニスト Amalia Hall。

数年前のコンサートで彼女の演奏を聴いた時には、弾いた曲がヴィエニャフスキの第二協奏曲でした。

その日の彼女は音色には艶がなく、まだまだだなあと少しがっかりしましたが、こうして数年ぶりに聴いて、精進したのだなあ努力してきたのだなあ、となかなか感心しました。

コロナ禍で演奏会を開けなかった彼女の数年ぶりらしいオーケストラとの共演。前回よりもずっと良かったです。

St Paul Collegeでのコミュニティコンサートでした

さて、チャイコフスキーの有名な協奏曲。

非常にカラフルで派手で演奏効果の上がる音楽です。

ソロパートは、超絶技巧で細かい音符を弾きまくるわけですが、久しぶりに聞いて正直、こんなにたくさん音符が必要なのかなあと首をかしげました

オーケストラがメロディを引いている場面では、ソロヴァイオリン奏者は絶え間なく分散和音などを掻き鳴らします。

別にオーケストラの奏でるメロディの対旋律になっているわけでもなく、「こういうのは音楽的に必要ない音だなあ」と改めてチャイコフスキーの音楽に不信感を募らせたわけですが(対位法の大家のブラームスなどにはこういうことがない、超絶技巧のパガニーニは似ているようですが、後ろのオケは伴奏に徹してソロヴァイオリンを邪魔しない)、ソロを務めたヴァイオリニストの奏でた美音はとても楽しめるもので、耳にはご馳走でした。

「音楽的に必要ない音」は指がよく動く技巧を見せつけるための「ショー音楽」には必要な音楽、自分は好みませんが。

チャイコフスキーは聴衆を喜ばせるコツを本当によく知っている作曲家ですね。

線の細い音色の彼女は端正に全ての音を弾き終えて、観客は大喜び。

こういうスタイルのチャイコフスキーも悪くはないです。

以前聞いた男性ヴァイオリニストの演奏はオーケストラをも圧倒するような大きな音を奏でて聴衆を驚嘆させました。

きっとこの豪快タイプがよりチャイコフスキーらしい。でも繊細なチャイコフスキーもいいものです。

満場のStanding Ovation。Bravoの嵐!

そして舞台裏から戻ってきた彼女はアンコールを一曲披露してくれました。

派手で巨大なチャイコフスキーの協奏曲のあと、その小さな音楽に、大きな協奏曲以上の感銘を受けました。

この動画のように、にオーケストラを後ろにして。

この動画の演奏者もまた、繊細な音の大言壮語しないバッハ。

音の大きくない、分厚いと形容されることのない、優しいヴァイオリンの音色が好きです。

バッハの無伴奏パルティータ第三番

アンコールで弾かれたのは有名なバッハの Gavotte en Rondeau(フランス語で「ロンドのガヴォット」、英訳すると Gavotte in Rondo)。

誰の耳にも心地よい楽しいリズムを持つ舞曲(ガヴォット)でありながら、後半は短調に陰り、不思議な深みをたたえます。まさに真の名曲と呼ばれるにふさわしい音楽。

ガヴォットは八小節で繰り返される弱拍アウフタクトで繰り返される舞曲。四分音符で書かれていても、2分の2拍子で演奏されるのが常で、音符が4分音符でもアクセントは2つだけ。強弱のアクセントに癖があります。まるで英語のようですね。

コンサート会場で、隣の席の年配のご婦人が連れに

What's the name of this piece, dear? I love it.  Sounds like a jig. 
この曲はなんだ、素敵だね、ジグみたい

と喜んでいました。

有名曲でも知らない人がたくさんいたコンサートでしたね。日曜日のマチネーなので、子供もたくさんいました。

連れの女性もまた曲を知らなかったので、こちらを向いて今度は自分に訊いてきました。

なのでバッハの無伴奏パルティータ第三番ホ長調のガヴォットだよと教えてあげました。きっと彼女は初めて聞いたのでしょう、でもこうして感動しているのは素晴らしい!

コンサートホールのお客さんはみんなフレンドリーです。おそらく音楽への愛を共有して仲間だから。とても良いコミュニティー。インターヴァルではほかにも何人かと知らない人と言葉を交わしました。

やはり音楽っていいですね。

ジグとガヴォット

大衆ダンスの Jigは、音楽の世界ではフランス式スペルのGigueで知られていて、実はバッハもたくさんジーグは書いています。でもリズムが激しいジーグよりも、上品で分かりやすいガヴォットの方がわたしはずっと好きです。

この曲はヴァイオリン以外の楽器にもしばしば編曲されて、演奏されてきました。

ピアノ版ではラフマニノフ編曲が有名です。

ギターによる演奏。

リコーダー版も。

サックスでも。

この曲が素晴らしいのは、ガヴォットという普通は二部形式の舞曲がロンド形式という枠を得て(ロンドは「輪舞曲」と訳される、同じメロディーが何度も繰り返される音楽)ガヴォットのリズムによって書かれたロンド主題が何度も少しずつ姿を変えて戻ってくるのが見事なのです。

ロンドはどこで終わるという決まりのない永遠に繰り返されてもいい音楽。

きっとバッハはガヴォットが好きで、このリズムをずっと楽しんでいたかったのでロンドにしたのでは。無限に変容してゆく様は万華鏡のよう。変奏曲形式を好まなかったバッハらしい音楽。

ロンド形式ではない、普通のガヴォットには、こんな曲もあります。バッハの有名なフランス組曲第五番から。

同じリズム。最初の2音は弱拍なので、三拍目にアクセントです。次は六番。

フランス組曲以外でも、イギリス組曲第三番のガヴォットは特に有名。

どれも大好きな曲です。でもロンド形式のガヴォットが一番好き!

バッハのロンド形式のガヴォット、モーツァルトもロンドを得意としましたが、モーツァルトに相通じる優雅さと寂寥感に溢れています。

久しぶりに実演で聴いたバッハの無伴奏パルティータでした。

音楽の面白さは解釈の面白さ

10年ほど前にバロックヴァイオリンの世界的大家ジギスムント・クイケンの実演でこの曲を聴きました。

現代ヴァイオリンよりも低く調律されている渋い音色のバロック・ヴァイオリンもいいですが、艶のある現代ヴァイオリンの音色で弾かれると、別の曲であるかのように、違った色合いを帯びて素敵です。

解釈の違い、世界を別の角度から眺める喜び。

音楽の場合は楽器を変えると、全く別の音楽のようにさえ聞こえてくる。

同じ人生でも見方を変えると楽しくなったり、つまらなくなったりします。同じ人生でも心の持ち方が違う人が体験すると全く別のものになる。

全ては心の在り方の問題。

音楽は解釈で、楽譜に書かれた音符を誰もがいろんな解釈をして奏でるのです。解釈できる域に達しない音楽家もいますが、演奏して音楽を表現できるようになった演奏家は誰もが自分だけのバッハを奏でようとします。

人生もまた同じ。

誰もが一つしか体験できない人生、どんな風に使うか、どんな風に考えるか、見つめるか、すべて解釈(生き方)次第。

昨日は曇って全てを陰らしていた空、今日は晴れ上がり、同じ世界が昨日とは別の世界のようにも見えるのです。

帰り道、そんなことを考えていました。

コンサートに出かけた日曜日と出かけなかった日曜日、出かけた日曜日の方が楽しかったですね。

音楽のある世界と、ない世界。

わたしは音楽のある世界を選びます。

タッタ、タラララータタ、タッタッ、ター!

明るく澄んだ繊細なヴァイオリンの音色、ニュージーランドの暖かな春、とても心地よい日曜日の午後でした。


ほんの小さなサポートでも、とても嬉しいです。わたしにとって遠い異国からの励ましほどに嬉しいものはないのですから。